忍法・火焔つつじ
さすがに『血流剣』も鉄扉は斬れず、攻撃がやんだ。
「ふう……とりあえず、一息ついたのですぅ……」
「でも、石灯籠をも切断する奴の妖術剣法……一時しのぎかも……」
「そうだな……とりあえず……」
松田半九郎が紅羽を見ると、胸元の忍者装束が大きく切り開かれ、晒し木綿で覆われた胸がはだけているのが見えた。
紅羽が気づいて、赤面する。
「きゃあああああああぁぁぁ!!!」
「へぐっ!!」
思わず半九郎の頬を鉄拳で殴った紅羽。
ゴキリッと嫌な音がした。
「ああっ……ごめんなさい……松田の旦那……つい、反射的に……」
「痛ぅぅぅぅ……前にもこんな事があったな……いや、こちらこそ済まぬ……」
とりあえず、松田の黒二重羽織を紅羽に貸して、事なきを得た。
蔵の外から外壁が揺れる震動が起こった。
続けてもう二度目。
さらに三度目……赤沼血汐丸は土蔵の剥がれ落ちた壁を狙い、破壊して、中に入るつもりのようだ。
土蔵の壁は海鼠壁といって、壁面に平瓦を並べて貼りつけ、瓦の継ぎ目に漆喰をカマボコ状に盛り立てて塗り固めたもので、継ぎ目の盛り上がりが海に棲む海鼠に似ているからそう呼ばれる。
亡霊屋敷となって、手入されず風化したとはいえ、火事や地震にも耐えうる頑丈な造りだ。
しかし、赤沼血汐丸の妖術斬撃にいつまで耐えられるか……
「いずれ、この土蔵も破られそうだ……その前に討って出るしかない……」
「そのようですね……松田の旦那……」
「でも、あの鎧には武器が通じないのですよ……」
「黄蝶、紅羽……鎧武者への攻撃は兜と胴を狙っても鉄壁の守りで無駄だ。しかし、構造上、鎧の隙間が弱点となる。目・首周り・脇の下・金的・内腿・手首などを狙え!」
戦国時代の甲冑をつけた者同士の戦闘は『介者剣術』と呼ばれ、平和な江戸期の甲冑をつけていない戦闘を『素肌剣術』と大別する。
戦国時代の剣術は敵の頸動脈を狙う袈裟斬りが主流であった。
そして、介者剣術は最後に組み討ちをし、相手の首を取った事が多かった。それゆえ、『組討術』というものが発達し、柔術が生まれたとする説がある、
「なるほど……さすが、松田のお兄ちゃんなのです」
「やはり、松田家には先祖伝来の鎧兜があって、詳しいのでしょうねえ……」
「いや……松田家の鎧はすでに曾祖父の代で質屋に流れた……」
顔に暗い影を落とす新九郎に「なんか、ごめんさない……」と、紅羽が謝る。
その時、土蔵の壁が大きな音とともに破壊され、大穴が開いた。月光とともに血汐丸の鉄血鎧が見える。
「ふふふふふふ……覚悟して、余の生け贄となれっ!!」
魔道界の鎧武者が大太刀をふるい、血の帯刃が中にいる者を蛇のごとく襲った。
太刀を構えた紅羽と円月輪を構えた黄蝶が『血流剣』の死の帯に巻かれ、二人の胴体ごと切断された!
「やったか!!」
しかし、紅羽と黄蝶の斬殺死体は朧に霞んで消えていった。
「天摩流幻術・朧月」だ。
本人の〈神気〉で造りだされた幻影分身のため、本人か偽物かわかりづらいのだ。
〈神気〉はは人間をふくめすべての動植物が持つ生命エネルギーで精神力、気力ともいう。
おへその下にある臍下丹田(たんに下丹田ともいう)にこれをため、人体にある十二本の神気の通路〈径脈〉を通して全身に元気を与える。
逆にこれがないと元気がなくなるのだ。
その隙に三人は鉄扉を開けて外に出ていた。
巨人武者がふり向くと、正面に紅羽がいた。
「天摩忍法・火焔つつじ!」
紅羽が赤い神気に包まれた太刀を青眼に構えて、八の字に乱舞させた。
すると、刀から飛散した火の粉のごとき〈神気〉がふくれあがり、漏斗状で先が五裂した桃色の躑躅花へと変化し、闇夜に百花繚乱とばかり咲き乱れ、花弁が巨人武者に舞い飛んで鎧甲冑を覆いつくす。
思わず、両手で花弁地獄をかきむしろうとしたが、ハッと気がついた。
「莫迦め……さきほどの蝶と同じ幻戯だな……同じ手にのるか!」
我に返った血汐丸は両目に殺気を感じ、面具の覗き穴を左手で覆った。
紅羽の十方手裡剣が籠手ではね返された。
その隙に下方から黄蝶が走りこみ、左の脇の下へ円月輪を投擲していた。
「ぐあああああっ!!!」




