赤沼血汐丸
「なっ……なぜ……貴様……わしの道具のくせに……」
(ふははははは……雷音寺……お前は他者を道具としか思っておらぬ……だが、己が道具にされる事は考えたこともなかったようだな……)
「なっ……そんな……そんな…………」
妖刀血汐丸の刀身が妖人・雷音寺獅子丸の体内から血液を吸い尽くしていった。半九郎・紅羽・黄蝶は、突然、己の胸に大太刀を刺した雷音寺を唖然として見上げていた。
――なぜこんな事に……あの時、印籠を取りに戻らねば……
しかし、命が尽きかけた雷音寺獅子丸……いや、高橋権左衛門の脳裏に東軍流道場で仲間たちと剣術修行に勤しんだ、辛くても楽しい日々が浮かんだ。
――あの時がわしの人生でもっとも楽しかった……いや、河馬山と五里と剣術稽古をし、道場破りをした日々も……嗚呼……わしはなんという事を……こうなって、当然の報いだったのだ……
闇空に飛翔した妖人は地面に落下し、真っ黒な灰塵と化して崩れ倒れた。
その後に大太刀・血汐丸が赤黒い妖気を発し、紅羽たちを圧倒した。
「くうぅぅぅ……あの刀……なんて凄い妖気なのです……」
「きっと、あの妖刀が雷音寺の血と妖力をすべて吸い尽くしたんだわ……」
「なんだと……仲間割れか?」
三人の前で、妖刀が宙に浮かび上がった。
刀身から血が迸り、血の筋が螺旋をえがき、飴細工のようになにかを形成していった。
やがて、小札で形成された厳星兜・鎧胴・袖をまとった室町時代の古い甲冑『大鎧』となった。
そして、身の丈十尺(約3m)の巨人武者になった。
顔は面頬で覆われ、両目の部分から禍々しい赤光を放った。
右手に大太刀が握られる。
この巨人武者こそ血と怨念で造られた悪霊集合体であった。そして、凄まじい妖気と覇気が発され、鎧甲冑を中心に草がビリビリとなびき、紅羽達の髪と袖も風に煽られる。
「血が……鎧甲冑になった……」
「ふははははは……これぞ妖術『鉄血鎧』……余は強き者の血を啜りあげ……ついに復活したぞっ!」
「あれが……赤沼血汐丸の怨霊……」
「その通りよ……大田道灌に復讐し、江戸城を強奪せんがため、刀に取り憑き怨霊となったが、彼奴め……余を神域で封印しおって……だが、もう奴もすでに滅び去った……そして、武蔵国は江戸となり、こうも繁栄したとはな……」
「そうよ……もう、恨む相手がいないんだから、さっさと成仏しなさいよ」
紅羽が怨霊武者・血汐丸に叫んだ。
「いや、この余が……徳川幕府になりかわり、武蔵国の……いや、関東の覇王になってやろうではないか……」
「大昔の怨霊が……何をたわけた妄念を語る!」
半九郎が剣を青眼に構え直した。
「ふふふふふふ……血迷った執念かどうか……余の実力を見るがよい……」
血の大鎧で出来た赤沼血汐丸の大太刀から、血流が迸り、一筋の血の川となって伸びた。
それは血液中に含む鉄分が凝縮され、鋼の液体金属となった刃であった。
「妖術・血流剣!」
血の刃が赤黒い帯と化し、三人を襲う。半九郎の刀が血の帯刃を薙ぎ払う。
白い霊光が輝いた。
が、霊刀の力は効かず、『血流剣』は折れ曲がって、半九郎の頭部へ、真っ向唐竹割りに斬撃を送る。が、瞬転の反射神経で横に転がってさけた。
左腕に激痛が走った。黒羽二重の背中を斬られただけで無事であった。
「くっ……秋芳尼殿の霊刀が効かぬとは……」
次に『血流剣』の血の帯は黄蝶を狙って宙を飛来する。怯えて体が硬直する黄蝶を、紅羽が帯ごと掴んで横に引っ張った。
間一髪、胸前の紫紺の忍者装束が斜めに斬られただけで助かった。
二女忍は、松の木の後ろに転がって隠れる。
が、血流剣の刃が一閃し、樹木が斜めに切断されて、ずれ落ちた。
「くっ、血の固まりなのに、なんて斬れ味なのよ……」
再び繰り出される血流剣の死の帯が迫る。
紅羽は移動して、風化した石燈籠の影に隠れ、懐から十方手裡剣を出して打つ。
だが、赤沼血汐丸の着込んだ大鎧の小札(短冊状の鉄板)で撥ねかえした。
『血流剣』と同じく、『鉄血鎧』も、血液に含む鉄分を凝縮した液体金属なのだ。
しかし、これは気を引くためのフェイント。
草むらに隠れた黄蝶が血汐丸に肉迫していた。
そして、黄蝶の鎖付きの円月輪が頭部に投擲。
次いで、跳躍した紅羽の太刀が胴体を横に薙ぐ。霊刀が激突し、夜目にも白い霊光が輝いた。
しかし、これも厳星兜と胴丸で撥ねかえされ、血汐丸は無事である。
「そんな……霊刀が効かないなんて……」
「ふはははははは……完全復活した余は無敵よ……死ね死ね死ね死ね…………」
血の帯刃が紅羽を両断戦と迫る。
くノ一は石灯籠の裏に隠れるが、次の瞬間、石燈籠が斜めに切断され崩れ落ちる。紅羽はその前に跳躍して避ける。
「みんな、とりあえずここに避難するのですっ!」
「なるほど……いいぞ、黄蝶!!」
黄蝶が、雷音寺獅子丸と妖刀血汐丸が潜んでいた亡霊屋敷の蔵の入り口から叫び、手招きする。
紅羽と半九郎が追撃してくる死の血帯をジグザグに走って掻い潜り、蔵の出入り口に飛び込んだ。
その途端、分厚い鉄扉が閉じ、血流剣が弾かれた。
「おのれ……ネズミどもめ……」
こちらのミスで消えたか、アップロードし忘れた原稿です。
前後のつながりがなく、ご迷惑をおかけしたことを謝ります……




