無水カレー
主人公による料理教室回。
そしてまた投稿時間ミス。
「おーおー、派手にやってるなぁ……。まぁ、あいつらなら加減してくれているだろうけど」
太陽が真上を過ぎた時間帯。
ラメオ鉱山までの道のりを半分ほど走破した俺達は、昼食を採るために街道脇の開いたスペースで休憩に入っていた。
飯の準備に関しては俺一人で十分である。
ルシアはともかくレイラがいると邪魔になりそうだったので、ならばと二人は近くの森で模擬戦をしているらしい。
いや、だって、菜箸を使おうとして真っ二つにへし折る奴が料理できると思うか?
「なら、俺一人でやったほうがいいよなぁ……」
というわけで、昼食は俺一人でレッツ・クッキングである。
野外なので凝ったものは作れないが、それならそれで色々とやり方はあるのだ。
(野外飯の定番と言えば、カレーだよな)
もはや言うまでも無いほどの定番中の定番で、バーベキューと並ぶ野外飯の王様。
今日の昼食はカレーだ。
指輪物語ではルーからではなくカレー粉から作っているので、今回も一から作ることにしよう。
そうと決まれば、俺はアイテムボックスから簡単な調理台と大きめの土鍋、白米が入った袋を取り出す。
水は事前にルシアが魔法で生成して瓶に入れていてくれたので、それを使って米を洗っていく。
量は……六合くらいかな。レイラが大量に食べそうだし。
ちなみに飯盒を使ってもよかったのだが、土鍋なら米を洗う際に楽でいい。
アイテムボックスがあれば場所をとらないので、ネックになる大きさも問題ない。
(そう考えると、魔法って結構便利だよな……)
ルシア産の水(意味深)を瓶から汲み取りながら、俺は何となしに思う。
たとえ森で遭難したとしても、アイテムボックスや水魔法の使い手がいれば何日も生き延びることが出来るのだ。
もっとも、水や食料だけで本当に生き残れるのかと言われれば、それは否と返さざるを得ないのだが。
(日本のどこかならともかく、こっちの森とか山にはモンスターがいるしな)
実際、俺は米の磨ぎ汁を近くの木々に与えながらも、周囲への警戒は行っていない。
気配探知スキルでサーチしても周囲2キロメートルに脅威生物反応は二つ(ルシアとレイラ)しかないのでおそらく大丈夫だとは思うが、何があるか分からないので念のためだ。
(っと、洗米終わり!)
いつの間にか磨ぎ汁が透明になっていたので、慌てて洗米を止める。
料理人の父に教わっていたのだが、米は磨ぎ始めてから二分経過すると汚れた水であっても吸水し始めるらしい。
加えて、米の磨ぎ汁は汚れと共に旨みも排出させているので、やりすぎても駄目。
つまり何が言いたいのかと聞かれれば、洗米は速さと磨ぎ方が命ってことだ。
「んで、吸水している間にカレーのほうを……」
そう言って、俺は作業台の上に包丁とまな板、適当な野菜と肉、そしてバターを置く。
今回のカレーでは、野菜は基本的に微塵切りだ。
野菜ごとに切り方を変える必要が無いので楽チンだし、微塵切りのほうが調理法の問題で失敗しづらい。
野菜を切り始めると、トトトトと走る包丁の音が心地良い。
そのまま全部微塵切りにしたくなるが……。
(それでも、牛肉は一口大に切る。これだけは普通のサイズだ)
そうだ。
カレーといえば、ゴロゴロの肉。
日本人の俺はそう思っているので、異論は認める。
確かに挽肉のキーマカレーも悪くないが、野外で食べるなら断然ゴロゴロ肉だと思う。
「よし。全部切り終わったし、かまどの準備に取り掛かるか」
次に準備を始めたのは、土のかまど。
闘気で身体性能を上げてから軽く地面を掘り、二つの細長い穴を作る。
片方がカレー用で、もう片方が飯炊き用だ。
細長くしたのは空気の通り道を作るためなので、この形状が結構重要になる。
「着火も雷撃魔法で楽勝ですな。さすがご都合主義」
と、そんな事を言いながら、俺はアイテムボックスから二つのかまどへ炭を投げ入れる。
そのまま雷撃魔法で両方の炭に火をつけると、今のうちにカレー用の鍋を取り出して火の上に置いた。
そして、微塵切りにした大量の食材にショウガとニンニクを少々、そしてバターを入れて蓋をし、弱火で火を通していく(ここ重要)。
「んで、今のうちにカレー粉作りっと!」
カレー粉は小さい頃から両親の配合を手伝っていたので問題ない。
ターメリックとか、クミンパウダーとか、カルダモンとか。
地球の大型スーパーから輸入したスパイスを、配合を間違えずに一定の量で混ぜ合わせるだけだ。
量を買えばカレールーよりも安上がりで美味しく作れることもあるので、料理が趣味の人は是非ともチャレンジして欲しい。
ルーで時間を買うか、スパイスから作ってオリジナル性を出すかの差だな。
って、俺は誰に向かって言ってんだ?
「とまぁ、これで調合したスパイスを数分ほど焦げ付かないように炒めれば、これでカレー粉の完成だな」
このために、俺は炊飯用のかまども火を着けていたってわけ。
並行して作ることができれば、それは一番無駄がないのだ。
カレー粉から作るのは無駄じゃないのかと突っ込むのは野暮だよ?
(そして、ここで秘密兵器を二つ登場)
最後に俺がアイテムボックスから取り出したのは、大量のトマトと紙パックの野菜ジュース。
ぶっちゃけ野菜ジュースは無くてもいいが、事故が怖いので保険だ。
煮込むための水? フフフ、そんなものは必要ないのですよ。
これは野菜の水分で煮込むカレーだからな。そのために微塵切りにしていたんだよ。
「後は、ぶつ切りにしたトマトと野菜ジュースを、野菜の鍋に入れて煮込むだけ。野菜の水分が少ないと最後に焦げ付く事故が起こることもあるけど、野菜ジュースがあればそれも心配ないわけだ」
ここまでくれば、残りはほぼ見ているだけでいい。
本当は炒める順番があるし、店で出すときにはココナッツミルクやベイリーフ、すりリンゴを入れたりもしている。
肉は牛筋を使っているので煮込む時間も桁違いで、一晩寝かせるために味も違う。
今回は野外でやるために結構妥協してあるから、自家製カレー(簡易版)ってところかな。
この手順さえ知っていれば、素人でも一時間ちょっとで最後まで出来る。
煮込む時間が半分を占めるため、カレー粉を作らないのであれば作業時間は三十分ほどだと思う。
「で、最後に四十分間ほど煮込むから、このタイミングで飯の土鍋もセット」
後は火加減を見ながらアク取りをして、しばし待つだけで完成だ。
あ。最後にカレー粉を溶かして少し加熱するのを忘れるなよ?
ご飯の方は……まぁ、また別の機会にしようか。
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それから数十分後。
簡易テーブルを出して食事の準備が整った俺は、大声でルシアとレイラを呼んだ。
今回のメンバーは全員燃費の悪い身体をしているため、質素な木皿にはこれでもかとカレーライスを山盛りにしてある。
「お昼ご飯はカレーですか。ヒロ君の作るカレーは美味しいですから……おかわり、してもいいですか?」
「ああ、ご飯は多めに炊いたからな。カレー自体は少し手を抜いたけど、悪くはないと思うぞ」
二人は模擬戦が終わって休憩していたらしく、予想したよりも早く姿を現した。
ルシアは指輪物語で賄いカレーを食べたことがあるので馴染みの味だろうな。
妥協したから味は落ちるけど、そこまで問題は無いはずだ。
「ほう。これが『かれー』というやつか。初めて見るな」
「興味津々なのは嬉しいが、先に手を洗え」
レイラの視線の先には、簡易テーブルの上に置かれたカレーライスの山。
彼女は吸い寄せられるように近づいて行ったので、俺が水瓶まで引っ張るハメになった。
なんで大人のお守りをせにゃならんのだ。
「それじゃ、みんな席に……って、地べただけど。手は洗ったな?」
「はい」
「うむ!」
三人で円になり、カレーライスの皿と水のコップを取り囲んで手を合わせる。
ルシアが俺の右隣で、レイラが俺の左隣だ。
面子もそろったし、食うとしますか。
「「いただきます」」
「私が永らえるための命に感謝を」
俺とルシアはジャパニーズスタイル、レイラは異世界スタイルでいただきます。
……食前の祈りだけ見るとレイラは凛々しい麗人なのに、あぐらをかいてるところは武人気質だな。
逆にルシアは女の子座りで、深層の令嬢って感じだ。
(っと、そんなことより飯だよ飯)
ちょっと二人に見とれてしまった自分を恥じつつ、俺は自分の皿とスプーンを取りあげる。
すごくどうでもいい話だが、レイラのスプーンだけは竜骨製だ。
(うん。匂いは、まぁ、カレーだな)
自分の皿を膝の上に載せると、香辛料の美味しそうな匂いが漂ってくる。
嗅覚的には間違いなくカレーだ。
というか、カレーの外見でカレー以外の匂いがしたら、それは劇物か何かだろう。
カレーに打ち勝つ匂いってそうそう無いぞ。
(肉は……結構いい感じだ)
木のスプーンでひとさじ掬い上げてみれば、そこに乗っていたのはごろりとした牛肉。
スプーンにギリギリ乗っかる様なサイズで仕上げていたので、田舎風カレースープ以外は何も纏わりついていない。
じゃがいも? にんじん? ライス?
邪道だろ。牛肉なら単品で勝負が出来る。
そんな付け合せはもう一回スプーンを動かして食べろ。
(ん。やっぱり注ぎ水せずに野菜で煮込んだ肉は旨いな……)
そのまま転がり落ちそうな塊を口に入れれば、かみ締めるたびに出てくる肉汁が舌を喜ばせる。
普段の指輪物語で出している肉はじっくり煮込んだホロホロの牛筋であるものの、こっちはこっちで旨い。
(トマトの酸味が効いてる効いてる。まぁ、もうちょっと煮込めば甘さと辛さが両立できるんだけど、今は仕方ないな)
今度は具を乗せずにカレースープ単体を味わう。
微塵切りにした野菜の旨みが溶け込んでいるので、これが肉汁に絡んで濃厚な味を出していた。
肉と違ってスープは馴染んだ味(ちょっと劣化)で変わらないが、それがまたいい。
あれだ。お婆ちゃんのカレーで安心するみたいな感じ。
田舎風でもシティ派でも英国風でも、肉親から伝えられた味は美味しいのデース。ヒエー。
「ふぅ。お外でもこんなに美味しいカレーが食べられるなんて……」
「いやいや、外だからこそ旨いんだよ」
ルシアはホクホク顔でスプーンを動かし、カレーライスを小さな口で食べ進めている。
バーベキューしかり野外カレーしかりで、こいつらは外で食べるからこそ旨い。
どうでもいいことだけど、バーベキューってスペイン語で『丸焼き』を意味するらしいな。
何かしらのお祝いの時、でかい豚を庭で丸焼きにしても家族だけじゃ食べられない。
だから、他の家からも人を呼んで、大人数で食べながら一緒に楽しむ。
それが転じて『野外の食事』を意味するようになったそうだ。
以上、閑話休題でした。
「それで、レイラはどうだ? 人によっては匂いが駄目な奴もいるんだが……」
「ふぁんあ? ほえおひらいらやふあいうおは?」
「……すまん。食事中に話しかけた俺が悪かった」
口いっぱいにカレーを食らっているレイラを見て、俺は苦笑する。
たぶん、『何だ? これを嫌いな奴がいるのか?』と言いたかったのだろう。
シマリスかお前は。
まぁ、作った飯をスプーンが止まらずに食べ進めてくれてるってのは、料理人として結構嬉しかったりする。
食べ方は少々下品かもしれないが、野外飯でそういうことを言うのは野暮ってものだろう。
俺達以外に人もいないしな。
「……ん? ルシア、ご飯粒ついてるぞ」
一心不乱に食べ進めているシマリスから目をそらすと、ルシアの頬に白い米粒がついていた。
時々思うんだけど、こういうのって何で本人は気付かないんだろうな……自分の皮膚なのに。
「えっ? ど、どこでしょうか?」
慌ててルシアがカレーの皿を置き、そのまま頬を弄るが微妙にヒットしない。
白魚のような細っこい手が、ほんの少しだけ違うところを何度も掠めていた。
「その上、いや、そっちじゃなくて……あー。少しだけ、じっとしていろ」
そう言って俺は身を乗り出し、ルシアの頬からご飯粒を取ってやる。
おおぅ。肌スベスベだな。
「あ、ありがとうございます」
「ん。気にすんな」
律儀に礼を言って来たルシアを尻目に、俺は指についた米粒を口の中へ入れる。
すると、真隣からポンッ!と火の手が上がった。
「ひっ、ヒロ君……あの、か、間接き、きっ」
「ん? どうした?」
俺が水を飲みながら隣を見ると、ルシアの顔がまるで茹でタコのように真っ赤に染まっている。
そのまま頭にコップを乗せたら瞬間沸騰しそうだ。
お前、炎の魔法も使えたんだな。
「い、いえ。その、何でも……ありません……」
なぜか、ルシアが小さく縮こまってしまった。
そのまま食事を再開しているものの、さっきはパクパクと食べていたのがモソモソになっている。
お腹が痛いのだろうか?
「ルシア。体調が悪かったら言えよ?」
「え、ええと、むしろ体調はすごく良くなったのですが、あの、やはり恥ずかしいと言いますか、私から仕掛けることとは違って心の準備が……」
意味が分からん。
でも、微妙に嬉しそうなのは何でだろう。
頬に手を当ててちょっとだけニヤけているし。
と、俺が首をひねっているところで、今度は剣術馬鹿が騒ぎ出した。
レイラはすっかり綺麗になった木皿を投げ捨てると、立ち上がって直剣を抜きざまに俺へと突きつけてくる。
「お、お前! 破廉恥だぞ! 結婚前の淑女の肌に触り、あ、あろうことか、か、間接きっ……!」
何でルシアが縮こまったことで、お前が騒ぐんだよ。
腹が減っていると人間はキレやすくなるってやつか?
「よく分からんが……カレーのおかわり、食べるか?」
「食べる!」
一瞬も躊躇いがない即答だった。
やっぱり一杯じゃ足りなかったんだな。
「分かった分かった。ほら、皿を取って来い。注いでやるから」
「わ、私が怒っているのはそういうことではない!」
知ってる知ってる。
酔ってる奴が『酔っていない!』って言う様なもんだろ?
騒ぎながらもそうやって素直に皿を回収しに行く辺り、いい証拠じゃないか。
「くっ。これが胃袋を掴まれると言うことか……」
レイラはそう言いながら皿を持ってくると、そのまま俺に手渡してきた。
食器はさっき投げ捨てられた際に土にまみれていたので、ルシア水(意味深)を使って軽く洗い流す。
「お、お前は女の扱いというものを分かっていない! これだから男は……」
剣を収めてからドスンと音を立てて座り、コップから水をがぶ飲みしているレイラは何だか機嫌が悪いようだ。
これは次の一杯も大盛りにしてやらないとな。
…………あれ?
「おい、レイラ」
「だいたい、何で私がこんな男に……。た、確かに料理は上手いが、朴念仁すぎるだろう……」
「おい、レイラ」
「何だ! 次の『かれー』はまだか!?」
「お前が飲んでいるものなんだが……」
「これはそこの魔王が精製した水だろう!? 言われなくとも知っている!」
「いや、水じゃなくて。それは俺が飲んでいたコップだ」
「…………は?」
どうやらレイラは、近くにあった俺のコップを自分のものだと勘違いして飲んでいたらしい。
レイラの目がコップへ、正確に言えば口をつける部分へと滑り……。
「あ、え……う、あ……」
こちらはルシアとは違って静かに、しかしルシアと同じ真っ赤な一面に染まる。
燃えるような色のポニーテールも相まって、首から上はまるで達磨か何かのようだ。
そして、先ほどの喧騒がまるで白昼夢だったかのように、態度が激変して小さくなってしまった。
「ど、どうしたんだ?」
いつもとは百八十度も違うレイラの様子に、さすがの俺も動揺する。
いや、だって、これ尋常じゃないだろ。
「な、何でも、ない……気にするな……」
そう言って、レイラはカレーの皿を受け取る。
その動作からはいつものハキハキとした騒ぎっぷりが感じられず、まるで別人になったかのようだった。
頬が少しだけ嬉しそうに釣りあがっている辺り、余計に意味の分からなさを加速させている。
(えっ? な、なにこれ!?)
真っ赤になって縮こまってしまった女性陣二人。
カレー自体は少しずつ食べられているものの、その進みは先ほどよりも遅い。
妙な空気になってしまった中。
俺は自分のカレーを食べ終わるまで疑問符を浮かべていたのだった。
受けに回ると弱いヒロイン(確信)。