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グレイブドラゴン②

前回の話ですが、作者が「テキーラサンライズってオレンジと赤で綺麗だよな~。まるで夕焼けみたい……あれ? サンライズって、日の入りじゃなくて日の出じゃね?」と気付いたので、表現を朝焼けに修正してます。

完全にやらかしたよコンチクショーめ。

混乱させてしまった読者の方には本当に申し訳ない……。


では気を取り直して本編はじめます。


 この世界にも曜日の概念はある。

 日本と同じように月月火水木金金……違うな、これじゃ社畜だ。

 正しくは日月火水風雷土となっている。

 魔法の属性に曜日が則してある(日が光、月が闇を表すっぽい)のはいかにも異世界らしいところだが、七日で一週間の流れは変わらない。

 木曜日が風、金曜日が雷に変わっているので少々ややこしいものの、休日なんてものがほぼ存在していない平民にとって曜日など大した意味はない。

 やっぱりブラックじゃないか異世界。


 とまぁ、何故俺が曜日の話をしたのかというと、指輪物語の定休日は火曜であることを言いたかった為だ。

 その日に大人数の予約が入っているならともかく、日本人の俺としては一週間に最低一回は休みたいところである。

 ルシアだって羽を伸ばしたいだろうし、後々従業員を雇うことになったら体調には気を遣って欲しいと思う。

 お客さんに開けてくれと言われようとも、ここは譲れないのだ。




 そんな定休日の早朝。

 ダリウィンから依頼された『ラメオ鉱山のグレイブドラゴン討伐』を遂行する為に、ルシアと二人で王都を出ようとしていたのだが……。


「なんでお前がいるんだよ、レイラ」


 西門から街道に出た直後、そこには俺達を待ち構えていたらしい知り合いの姿があった。

 その姿を視界に入れた途端に俺の横でブリザードが吹き荒れた気もするが、とりあえず今はスルーだ。


「そこの魔族! なんでいきなり奴は私に喧嘩を吹っかけてきたのだ!? ついにお前の正妻を決めるときが来たのか!? そうなのか!?」

「意味分からんことを言うな。ルシアに聞くだけなら昨日でも良かっただろ」


 それを言いたいが為だけに早朝から出待ちするなんて、よほど時間のある馬鹿しかやらないだろう。

 俺達が昼に出発する気だったらどうすんだよ。


「昨日と言っている時点でお前には心当たりがあるようだが、まぁいい。私がここにいるのは、お前達のクエストに私も同行するためだ!」


 と、そんなことをのたまっているのは、他ならぬレイラ・ブレイドヴァルク軍務総督である。

 外見は、燃えるような赤髪のポニーテールが印象に残る女性だ。

 俺と同じくらいの背丈なので、女性としてはそこそこ高い身長だろう。

 年齢は……確か、十九歳くらいって言ってたかな。

 鍛錬で引き締まった肢体は白銀の甲冑で包みこまれ、端正な顔では勝気そうな蒼い瞳が煌々と輝いていた。

 

「いや、同行するって……俺達は、」

「これを見るがいい!」


 俺の言葉を食い気味に遮ったレイラは、俺達に近寄ると一枚の手紙を渡してきた。

 軍のトップなのに護衛の姿は無いが、むしろ護衛が護衛対象に護衛される立場なので護衛は必要ないのだ。ゴエーがゲシュタルト崩壊しそうだ。

 それとルシアさんや。そろそろ霜が降りてきているんでドライアイス化をやめてもらえませんかね。


「えーと。『武器用の竜骨が足りなくなってきたので、レイラ女史も討伐隊として参加させ、剥ぎ取り素材を軍部に流してやって欲しい』……お、おう」


 渡された手紙は、まさかのダリウィンからであった。

 いやまぁ確かに、良い武器は兵士の命を守るために必要だと思うよ。

 それに俺達が直接入手すれば費用も浮く。

 でもそれだと市場しじょうに出ないから、国の経済循環的な意味ではまずいんじゃないだろうか。

 冒険者ギルドにこの手紙を見せたら、あいつ失職ものだぞ。いや、見せないけどさ。

 

 俺はそう思いながら、手紙の文章を読み進めていく。


「『正直なことを言えば、君に貴重な素材を預けると無駄なことに使うからやめてほしいのだよ。竜骨のオタマやグリフォンの羽根布団など無駄にも程があるではないか。そういえば、先々週はオリハルコン製の鍋を作ったのだったかな?』」


 別にいいじゃん!

 俺が入手したんだから俺の好きに使わせろよ!

 つーか、レイラがここにいるなら本人が単騎で行けばいいのに。

 ……いや。そういえば俺はレイラを抑えるために依頼を受けたんだから、彼女を同行させるのは都合が良いのか?


「『君が討伐依頼を受けたと知れば、おそらくレイラ女史は仕事を放り出してでも駆けつけるだろう。王国軍の事後処理は僕に任せて、君達は脅威を取り除くことに集中したまえ』」


 さすが外交大臣、根回しが早いことで。

 たぶんこの手紙も、依頼の話を持ってきた後にレイラの所で『明日、勇者殿に会うことがあれば渡してくれたまえ。彼がこれを読めば、君が同行することにも納得するだろう』と預けたに違いない。

 統括組織が異なるのに事後処理がどうこう言っていたりするが、もう突っ込むのは疲れたからいいや。

 あの胡散臭い男のことだし、妙なツテでも使うのだろう。

 

「まぁ、レイラが来ても別に問題は無いんだが、どう考えても過剰戦力だよな。俺達は今からドラゴン討伐に行くんであって、帝国に戦争吹っかけるわけじゃないんだけど……」


 そう言って、俺は手紙から顔を上げる。 

 ただでさえ『雷迅勇者』と『氷壊魔王』が揃っているというのに『紅蓮剣聖』まで加わるのだ。

 相手が一国だったとしても完全なオーバーキルであり、最強の子犬決定戦に核兵器と化学兵器と生物兵器を参戦させるようなものである。 


「その点に関しては心配ないぞ! この討伐に私が関与する事は、国王からも歓迎の意が出ている」

「国王から!? まさか……」


 俺は信じられないような面持ちをするものの、よく考えれば国王の懸念は分からないわけでもない。

 今の俺は異名持ちだが、魔王打倒の旅路とは違って一般の冒険者兼レストランオーナーである。

 ルシアにいたっては奴隷モドキのウェイトレスでしかない。

 そのため極端な話になるが、冒険者ゆえに道端で殺されようとも自己責任なので、それを利用して他国の間者が俺達を暗殺する可能性はゼロではないのだ。

 国のお抱え冒険者になれば別であるものの、俺はレストランを開くために素性を捨てている。

 故に、他国から何かあっても、『あの死んだ男は勇者ダッタンデスネー。うちの臣下が暴走しちゃってゴメンナサーイ』で済むかもしれない。


 だが、俺と共にレイラがいるとすれば話は変わってくる。

 軍務総督の彼女がいると分かっていて何かを仕掛けるなら、それはフェリレース王国を敵に回すのと同義。

 知らずに手を出す馬鹿がいれば呆気なく踏み潰され、ダリウィンにとって格好の外交材料となる。


(あいつ、そこまで読んで手を回してやがったな……)


 ダリウィンにしてみれば、過剰戦力である事は周知済み。

 それよりも、軍部に借しを作り、なおかつ国王を巻き込んで敵対組織の炙り出しを優先させているってことか。

 まったく。やってくれるよホント。


「とりあえず、レイラを連れて行ったほうが全て丸く収まるって事だな?」

「うむ! け、決してお前のことが心配というわけではなくてだな……」


 そりゃそうだろ。

 一緒に戦ったことがあるんだから、俺がそう簡単に死ぬようなタマじゃないってことは十二分に知ってるだろうに。

 あと、そんなに腰の剣をガッチャンガッチャン出し入れしてると、さやつばが痛むぞ。


 明らかに武器の寿命を縮めているレイラを尻目にしつつ、俺は隣のルシアに向き直る。


「どうも俺達には、レイラを連れて行く以外の選択肢が無いらしい。さすがに国王まで一枚噛んでいるんなら、もうどうしようもないだろ」

「……はい。そうですね」


 手紙をヒラヒラと振りながら言うが、俺の軽さに反してルシアの表情は重い。 


「どうした?」

「い、いえ。その、せっかくヒロ君と休日デートができると思っていたのに、面倒なピグルに邪魔をされ、なおかつ引き連れて散歩をしなくてはならない恥の上塗りに気分が落ち込んでいると言いますか……」

「正直なのはいいことだけど、お前たいがい失礼なこと言ってるからな?」


 オブラートに包むどころかマスタードと唐辛子でコーティングされた罵倒である。

 そのまま小声で「そうです……邪魔なピグルを廃棄すれば、今日は二人きりで……」などと危ないことを言い出したので、俺は溜息をつきながら口を開く。


「分かった分かった。今週の風の日は予約が入っていないから、店を閉めてルシアとデートにしよう。それじゃ駄目か?」

「ッ!?」


 何気なく放った言葉の効果は絶大だった。

 先ほどまで沈んでいたルシアの表情は青天の如く晴れやかになり、周囲には嬉しさを表現するように小さな雪が舞っている。

 さむっ!


「ほ、本当でしょうか!? 私のために、お店を休んでまで……」

「ああ、本当だよ。ルシアのために、店を閉めてまでデートしたいんだ」


 だって、このままだと付近一帯が氷雪地帯になりそうだし。

 木曜……風の日を選んだのは、単に一週間で一番お客さんが少ない日だからなんだよね。


「嬉しい……。で、では今日のクエストを早めに終わらせて、明後日までの仕込みを頑張ります! ヒロ君とのデートのために!」


 そう言うと、ルシアは地面を凍らせ、スケートで滑るようにして街道へと進み出していった。

 途中でトリプルアクセルを軽々と決めている辺り、すごく嬉しそうですね。

 

「ふぅ。とりあえず化学兵器の説得は終わりっと。それじゃ俺達も出ぱt「私との『でーと』は無いのか!?」耳元で叫ぶな剣術馬鹿!」


 ルシアに続いて歩き出そうとした俺の聴覚に、特大ボイスが侵入する。

 いつの間にか目の前にはレイラの端正な顔があり、その瞳では蒼い炎が燃えに燃えていた。

 つーか、あんまり顔を近づけるな。

 お前は黙っていれば普通に美人なんだから。


「だ・か・ら! わ、私との『でーと』は無いのかと聞いている!」

「……は?」

「来週の火曜は定休日なのだろう!? その日に予定は!?」

「い、いや、特に無いけど……」

「うむ! ならば、その日は私と『でーと』だ! 異論は認めない! 早い者勝ちだ!」

「ちょ、おま……」

「では行くぞ! 置いていかれるなよ!」


 ものすごい勢いで話を進められ、何がなんだか分からないうちに来週の予定が一つ埋まってしまう。

 そして、異論を返すどころか機会を与えないと言わんばかりに、レイラは地面を削りながらの全力疾走で街道を駆け抜けていった。

 途中でジグザグ走行をしている辺り、すごく嬉しそう……なんだけど、街道整備の請求書は軍部に行くんだろうな。


(ホントお疲れ様です、シルヴィ総督補佐官)


 眼鏡をかけた厳格そうな女性の姿を脳裏に浮かべながら、俺は静かに手を合わせる。

 そういえば、前に彼女がムニエルを食べに来ていた時は、換毛期じゃないのに抜け毛で悩まされているって言ってたな。

 どう考えてもレイラのせいだよ、それ。

 次に地球から食材を取り寄せるときは育毛剤も輸入しとこう。猫の獣人に効くのかは知らないけどな。


 脳内の取り寄せリストに新たな品を書き込みつつ。

 遥か先まで行った二人の土煙を眺めながら、俺はゆっくりと一歩を踏み出したのだった。







 おまけ。

 

 

 街道から外れた森の中で向き合っていたのは、二人の少女。

 片や、白銀の糸がキラキラと輝き、氷土の上で彫刻の如き美しさをたずさえた魔族。

 片や、紅蓮の糸がゴウゴウと揺れ、あかく燃え盛る直剣が情熱のいろどりを加える人間。


「先手はお譲りします。いつでもいいですよ」

「うむ! いざ参る!」


 赤と白。

 相反する力が二人の間でせめぎあい、両者劣らぬ気力合戦を繰り広げる。


 先に動いたのは、その言の通り紅き少女のほうであった。


「でりゃあああああっ!」


 裂帛の気合と共に瞬時に距離をつめ、炎の軌跡を残して剣を振り下ろす。

 それは迷うことなく正確に、か細い少女の頭へと吸い込まれた。


 ゴアッ!


 剣が頭蓋へと触れた瞬間、直剣の刃から爆炎が迸った。

 そのまま地面まで一刀両断にすると、雑草の海を炎の風で塗り替える。

 周囲の木々を何十本という単位で薙ぎ倒しながら、灼熱の衝撃波は広範囲に拡散した。


「ちっ! やるな!」


 それだけの破壊を巻き起こしておきながら、紅き少女は楽しそうに笑う。

 唐竹割にしたはずの相手がただで終わるわけも無いとは分かっていたが、氷像で身代わりにした瞬間は目で追うことが精一杯だった。


「その一撃、迂闊に受けるわけにはいきませんからね」


 紅き少女の背後から、冷たい声が響き渡る。

 バッと音を立てて振り向くが、少女の脚は地面に縫い付けられたように動かない。


「ちっ!」


 瞬時に視線を落とすと、緑から赤に塗り替えられた地面は新しく白銀の氷で染まっていた。

 紅き少女が気付いた時には、凍てつく風が既に膝上まで昇ってきている。


「このまま終わるわけではないのでしょう?」

「当然!」


 チラリと背後の声を見やると、紅き少女は目を瞑った。

 戦闘中にもかかわらず、相手に付け入る隙を与える行為。

 その意味に白銀の少女が疑問を浮かべると、


 次の瞬間。



「はあああっ!!」



 爆炎の刃は、凍てつく少女の目前にあった。


「ッ!?」


 咄嗟に右腕を顔の前へ持って行き、降り注ぐ直剣を受け止めようとする。

 紅蓮の凶器がそのまま華奢な白銀の腕を切断しようとして……。


「ぐっ! それは、魔導闘法か!?」

「そ、そちらは、氣装闘法ですか……」


 紅蓮に燃える直剣は、揺らめく濃密な魔力に阻まれ。

 白銀に彩られた掌底は、燃え盛る濃密な気力に阻まれ。


 それぞれ袈裟斬りとカウンターボディーブローを放った体勢で、時が止まったかのように静止していた。


「……やはり、昨日は本気を出していなかったのですね」

「当然だ。制限されたお前の力で私が勝ったとしても、それでは嬉しくも何とも無いではないか」

「どうでしょうか。今でも大して本気を出していないのでは?」


 ここに画家がいたのであれば、一にも二にもなくペンを取って書き残していただろう。

 誰もが見惚れそうな姿勢で、二人は静かに言葉を交わす。


「無論。これは、ただのお遊びに過ぎないからな。剣聖と魔王で殺しあえば、焼け野原の一つや二つで済むはずが無いだろう」

「ふふっ。生まれる地獄は、溶ける事なき永劫の氷土かもしれませんよ?」

「フッ。そうだな……」


 不敵な笑みが終わりの合図だったのだろうか。

 二人が殺気を消すと、先ほどまでの圧力が嘘のように霧散した。


「分かっていたことだが、私とお前が決着をつけるとなれば……」

「ええ。それは、女としての意地を賭けた戦いになるでしょうね」



 二人の少女は天を仰ぎ、そう遠くないであろう未来へと思いをはせる。

 何処までも続く空に、愛する人の声が響いたような気がした。


補足

レイラはルシアの正体を知っていますが、他人の目があるときにはただの魔族として扱っています。

同じように、他人の目があるときには主人公のことを「勇者」と呼んだりもしません。


書き貯めがなくなったので、次の更新からは数日ごとになります。


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