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テキーラ・サンライズ

異世界は15歳以上で飲酒可です。



 闇夜の大通りを、酒場の喧騒が包み込む。

 そんな王都の一角で、つい先日十五歳の誕生日を迎えた少年は震える足を押さえていた。


「ううぅ……緊張するなぁ」


 少年の容姿は女顔とも言える顔立ちで、くすんだ金髪を小さく紐でまとめている。

 同年代よりも背丈が小さい彼は肝っ玉も小さいらしく、目の前にある扉までの一歩が踏み出せないようであった。


「もう。さっさと入りましょ。あんまり外にいたら、せっかくお洒落してきたのに汗かいちゃうわ」


 少年が迷いに迷っていると、後ろにいた勝気そうな女の子がトンッと背中を押す。


「うわあっ!?」


 唐突に加わった衝撃で、彼は店の入り口横にある花壇へと顔を突っ込みそうになる。

 その直前で危なげにたたらを踏むと、彼は背後の幼馴染に振り返って文句を言った。


「な、何するのさ! そりゃあ、コニーは去年成人したし、お酒飲むのが初めてじゃないから怖くないんだろうけど……」

「わたしは初めてでも怖くなかったわよ。それに、主役がこんなところでウジウジしてちゃ駄目じゃない。今日はティク君の誕生日のお祝いをしに来たのよ?」


 そう。今日はティクと呼ばれた少年の酒場デビューであった。

 本来は父親が酒場に連れて行くことが通例となっているが、ティクの両親はお酒に耐性がない。

 そのため、親戚である郵便屋へと相談したところ、ティクと幼馴染であるコニーがその役を買って出たのだ。


(なんでよりによってコニーが……)


 ティクは自分より一つお姉さんの少女を見やる。

 彼女の容姿は、同年代ではかなり整っているほうの顔立ちだろう。

 自身と同じ色の髪はショートカットに切りそろえられ、お洒落した衣服から覗く手足は小麦色に焼けている。

 生憎女性としての起伏は乏しいものの、それがまた彼女の魅力を損なうことなく健康的な色気を放っていた。


(うぅ。お酒は怖いって話だし、コニーの前で何かしちゃったらどうしよう……)


 彼は酒に関する話を両親から聞いていた。

 飲むと幸福感から我を忘れてしまい、何をしでかしても次の日はさっぱり記憶が消えてしまうのだ、と。

 ゆえに、何か失態をしてコニーに迷惑をかけてしまうのではないかとの恐怖が、彼の心で不安を呼び起こしていた。

 

 ましてや、相手は片思いしている女の子なのだ。

 恥を忍んで父へその件を打ち明けても笑ってスルーされ、それどころかニヤニヤと変な目で見られる始末。

 咄嗟に思いついた「夜遅くなるし女の子は危ないよ」という訴えをしても、コウモリ郵便屋の親戚に「大丈夫大丈夫。むしろ、ボウズが危険だな」と訳の分からない理由で退けられていた。


 そうやって昨日までの光景を思い浮かべて憂鬱な気分に染まっていると、ティクの右手を暖かな感触が包み込む。

 下を向いていた視界の端には、女の子の細っこい腕。


「わ、わあっ!」


 慌てて顔を横に向けると、漂ってくるのはコニーの素朴な香り。

 お日様の暖かな匂いと女の子の体臭が混じりあい、少年の背中をぞくぞくとした感覚が駆け上がる。


「何やってんのよ。ほら、行きましょ」

「ま、待ってよぉ……」


 情けない声を上げ、ティクは幼馴染に手を引かれて後へと続く。

 扉を開けて清涼な空気とオランゲ色の光につつまれると、少年はやっとのことで立ち直った。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」


 室内の涼しい空気よりも少し冷たい声が聞こえたので、ティクとコニーはそちらの方を向く。

 彼らから少し離れたところには、片手に空き皿を抱えた魔族の給仕が立っていた。


(うわ。綺麗な人だなぁ……)


 銀色の髪が揺れ、ルビーの紅い瞳が少年を射抜く。

 給仕が魔族であるとコニーから伝えられていたので驚きは無いが、これほどの美しさだとは聞いていない。

 そのままポーッと放心状態になりつつ、視線を下に滑らせようとして……。


「い、いたたたたた! コニーってば、痛い痛い痛い!!」


 隣にいる幼馴染が手を砕き折るかのような力で握り締めてきたので、慌てて意識を戻すティク。

 コニーを見れば、彼女は怒りを示すかのごとくプイッとそっぽを向いていた。 


(あぁ。やっちゃった……)


 せっかく幼馴染がお祝いしてくれるというのに、別の女の子へ目移りするとは何事だろうか。

 その心中を察した給仕の魔族はクスクス笑うと、少年に近寄って耳打ちした。


「今の行動は減点ですよ? せっかく綺麗な女性が隣にいるのですから、しっかりエスコートしてあげてくださいね」

「は、はいっ!」


 心身まで凍るような息吹を受け、ティクは目が覚めるような感覚を感じる。

 その瞬間、近くで呑んでいた魔法使いの老人が感嘆を露にしたので、十中八九何かやったのだろう。

 彼の背筋が先ほどより伸びているのを見て、魔族の給仕は満足そうな顔をした。


「それでは、こちらのカウンターが空いておりますので、どうぞお掛けくださ、」

「あっ! ちょっと待って!」


 給仕が案内しようとすると、途端にコニーが声を上げる。

 そのまま魔族を引っ張って行くと、ティクから離れたところで内緒話を始めた。


『今日はカップル席って空いてないの?』

『申し訳ございません。カップル席は三日後まで予約でいっぱいでして……』

『くっ。し、仕方ないわね……』


(……何を話しているのかな?)

 

 当然その話はティクに聞こえていないが、戻ってきたコニーの表情がすぐれない事を見て良い話ではなかったのだろうと直感する。

 その顔色を見て、今度は間違えないように、優しくカウンター席までエスコートするティク。

 彼女の椅子を引いてから隣に腰掛けると、置いてあったメニューを取って二人で眺めはじめた。


「へぇ~。ここって、いろんな種類のお酒があるんだね」

「そうよ。わたしのおすすめは……この辺かな。甘いお酒が多いし、ティク君も気に入ると思うわ」

「うん。じゃあ、それにするよ。食べ物は……これとかどうかな?」

「悪くないわね。わたしはそっちも好きだけど」


 先ほどの険悪そうな空気は何処へやら、楽しそうに話し合って注文を決めていく二人。

 彼が先ほどまでヘタレていた事や他の女性に目移りしていた事は、コニーの記憶から綺麗さっぱり消したらしい。

 確かに、ティクがシャッキリした理由が他の女であることは嫌だったし、カップル席が空いてなかったことは殊更に残念だ。

 しかしそれでも、険悪になって今日一日を台無しにするよりかはマシだった。


「給仕さん、注文お願いします!」


 あらかたディナーの内容が決まり、ティクが手を挙げて給仕の魔族を呼ぶ。

 すぐに注文を受け取れるよう近くにいたらしく、滑るようにして二人の傍へとやってきた。


「えーと、お酒はテキーラサンライズを1つと、ブルーラグーンを1つお願いします。あと、このチーズクラッカーを1つ。それと……」


 濡れタオルを受け取ってメニューへ視線を戻そうとすると、彼の視界の端に妙なものが映り込む。

 

(……焦げ痕?)


 彼が気付いたものは、魔族が着ている給仕服についた傷跡。

 まるで剣にでも斬られたかのようで、スカート端の白いフリルに長い切れ込みが入っていた。

 それだけならばお洒落のスリットだと解釈することも出来たのだが、切り口が黒く焼け焦げているとなれば話が別だった。


「ちょっと。それ、どうしたの?」


 その焦げ痕にコニーも気付いたらしい。

 指を差して指摘すると、魔族の顔が初めて気付いたとばかりに驚愕した。


「し、失礼しました。先ほどピグル狩りに出かけた際、少々手傷を負ってしまいまして……」


 そう言って、恥ずかしそうにスカートの端を押さえる。

 別に下着が見えるような深い切れ込みというわけでもないのだが、給仕魔族の表情はこれ以上ないほど屈辱の赤に染まっていた。


「ピグル狩りに行く程度で、あんな焦げ痕ができるものなのかしら……」

「さ、さぁ?」


 注文を伝え終わり、いそいそと厨房に戻る魔族の背を見ながら疑問を交わす二人。


 ピグルは比較的温厚な動物であり、敵対した際の攻撃も突進が精々と言ったところ。

 そのため、間違ってもあんな焦げ痕がつくことはありえないのだ。

 つまり、ピグル以外の何かに遭遇したとしか考えられない。


(でも、火の魔法を使えるモンスターなんて、王都の近くにはいないはずなんだけど……)


 彼の言うとおり、魔法が使えるモンスターがいるとすれば、それは迷宮か魔族領のどちらかである。

 まさかピグルを狩るためだけに迷宮へ潜るなんてことも無いだろうし、魔族領へ行くには王都から馬車で二週間ほどかかるのだ。

 

 二人して首をひねりながら会話をしていると、数分で飲み物が到着する。

 その際に焦げ痕と切り傷が綺麗さっぱり消えていたので、おそらくは着替えたのだろう。


「お待たせいたしました。こちら、『テキーラ・サンライズ』と『ブルー・ラグーン』になります」


 そう言って、魔族の給仕は二つのグラスをカウンターに置く。


「うわぁ……」

「綺麗ね……」


 それぞれのグラスに描かれていたのは、赤い朝焼けと青い海。

 決して両立し得ない二つのいろどりがオランゲの明りで照らし出され、幻想的な光景を作り出していた。


「最後に、こちらが『チーズ・クラッカー』になります。付け合わせからお好きなチーズを乗せてお楽しみください」


 そして二人の中心に置かれたものは照り返るような砂浜。

 陶器の白皿には何枚もの薄いパンが並べられ、周囲には岩礁のようにデザインされた多種多様なチーズが盛られていた。

 あえて食べにくそうな配置にしてあるのは、カクテルとの調和を優先した店主の計らいなのかもしれない。


「では、ごゆっくり」


 そう言って給仕が静かに下がるが、二人は気付かない。

 内陸の王都で暮らしているために一度も行ったことのない海。

 少年は両親から御伽噺のように聞かされていたし、絵本で読んだこともあるが、それでも一生かけて届くかどうか分からない遠い世界。

 それを、まさかこんな店で見られるとは思いもよらなかったのだ。


 カランッ。


「「っ!」」


 見とれていた二人の時間は、奇しくも朝焼けの氷が溶ける音によって解凍される。

 慌ててお互いにグラスを取ると、苦笑しながらチンッと突き合わせた。


「誕生日、おめでとう。これからもよろしくね」

「うん。ありがとう、コニー」


 ティクは恥ずかしそうに、コニーは心底嬉しそうに。

 それぞれのグラスに口をつけた。


(うわっ! これ、おいしい!)


 ティクが最初に感じたものは、オランゲ果汁の酸味。

 しかし、後から後からでてくる甘みがそれを塗り替えていき、不思議な味を口内に行き渡らせる。


(このオランゲ、すごく甘いなぁ……どこで買えるんだろう?)


 オランゲは庶民にも馴染み深い果物なので、彼は今までに数え切れないほど口にしている。

 だが、ここまで甘いオランゲは生まれてから一度も食べたことがない。


(……ん?)


 口の中で果汁を存分に味わっていると、ほんの少しの苦味があることに気付く。

 両親から聞いてはいたが、どの酒も基本的には苦いらしい。

 ともなれば、この苦味が酒なのだろう。


(あれ? 思っていたほど、苦くない?)


 オランゲの甘味と酸味に阻まれているので、注意しなければ気付かないほどに薄い。

 これが酒だというのであれば、まったく恐れるに足らないではないか。

 

(なんだ。お父さんの言ってた事は僕を驚かせるためだったんだ……)


 そこに気付くと、彼はジュースでしかないとばかりに飲み進めていく。

 そうしてグラスの半分ほど喉へと流し、幼馴染のほうに向き直った。


「これ、すごい美味しいよ。そっちはどう?」

「こっちもいいわね。リモンが酸っぱいけど、この味がたまらないわ」

「な、なんだか大人っぽいね……」

「当然よ。ティク君よりも一つお姉さんなんだから」


 グラスから口を離し、コニーは満足そうに舌なめずりをする。

 その光景に妙な色気を感じ取ったティクは、慌ててグラスのほうへと視線を流した。


「あれ? コニーのグラスは、僕のより小さいね。なんでだろ?」


 彼は首をかしげながら、自身とコニーのグラスを見比べる。

 先ほどまでは気にならなかったが、これでは同じ値段で出しているのに不公平ではないか。

 そう言おうとしたティクの言葉を遮るかのように、コニーが口を開く。


「カクテルはそういうものなのよ。一番見栄えがよくなるような器を選んで飲むらしいわ」

「見栄え?」


 幼馴染の言葉に、ティクは疑問符を浮かべる。


「そうよ。カクテルは、まず目で楽しむもの。どんな容器に入れれば綺麗か、どんな混ぜ方をすれば美味しいかが最優先。量が多いとか少ないとかは二の次らしいわ。ちなみに、そっちがコリンズグラスで、こっちはシャンパングラスね」

「へぇ~。そうなんだ……」


 そう言われて納得の言葉を返すティク。

 あの光景に見とれていた自分としては、否定など出来るはずもない。


「それに、このお酒はティク君が飲んでいるお酒よりも強いのよ。言ってみれば、すごく苦いの」


 その言葉を聞いて、ティクの顔が曇る。

 やっぱりお酒は苦いんじゃないか。


「甘いお酒も苦いお酒もあるってことね。それに、こっちのお酒はすごく苦くても美味しいんだけど、いっぱい飲むとすぐに記憶がなくなっちゃうのよ。だから、これは食べ物と一緒に楽しむカクテルだって、わたしは考えているの」


 コニーはそう言って白い砂浜へと手を伸ばす。

 

(あっ。忘れてた)


 朝焼けに没頭してしまったので、注文していたチーズクラッカーを忘れていたようだ。

 コニーに倣ってパンにチーズを乗せ、ティクは恐る恐る口へと運ぶ。


 サクリ。


 おっかなびっくり噛み砕くと、塩を振られたパンが割れ、さらにはチーズの濃厚な味がミックスされて何とも言えない美味が広がった。

 酸っぱくないチーズというのも新鮮だが、ここまで薄くてカリカリにしたパンも初めて食べる。


(おいしいけど……ちょっと辛いかな?)


 このままでは塩味が効きすぎる。

 そう考えたティクは、顔をしかめながらグラスを引き寄せた。


(うん。なんか、丁度いい感じになったかも)


 カクテルを飲むと口内の塩味が薄まり、色々な味覚が複合される。

 酸味。甘味。苦味。辛味。そして、重厚な旨味。

 分からないながらも幸せそうにする彼の傍で、コニーが笑いながらグラスを傾けていた。


「お酒って面白そうでしょ? そうやって色んな美味しい組み合わせを探すのが、お酒の醍醐味らしいわ」

「うん。何となく、分かった、かも?」


 首をひねりながら何とか理解しようとするものの、酒を飲み始めて数分で分かるはずもなく。

 ならば量で勝負しようとする気概のコニーが、再びメニューを取り出した。


「じゃあ、色々飲んでみましょ! わたしのおすすめは、このシーブリーズってやつね!」

「え、ええっ!? まだ半分しか飲んでないよ!?」


 コニーの目は、イラズラを企んでいる子どものような光で爛々と輝いている。

 もう酔いが回ったのかは分からないが、ティクは彼女の頭に小さなつのがピョコピョコンと生えている幻覚まで見えていた。

 心なしか、何か長い尻尾のようなものに腕を巻き取られている感触もする。

 

「飲み終わってからだと時間を持て余すでしょ? だから早め早めに頼むのよ」

「そ、そうなの?」

「そうよ。あ、それと、ティク君の飲んでるテキーラサンライズ。そこにある棒でかき混ぜないと最後に後悔するから、やるなら早めがいいわよ?」

「えっ!? それを早く言ってよ!」

「ごめんなさい。忘れていたわ」


 

 ティクの悲鳴が木霊し、コニーの笑い声が響く。

 彼の朝焼けが訪れるには、まだまだ長い時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 


 



 おまけ。



「あのお客さん、結構呑んでフラフラだったみたいだけど大丈夫かな? 隣にいた女の子ってサキュバス……いや、違うか。リリスの成熟前だからリリムだろ?」

「はい、そうですよ。しかし、自我があるうちは大丈夫でしょう。日本酒や焼酎に呑まれたのであれば心配ですが、カクテルばかりでしたから」

「う~ん。そうなんだけどなぁ……」

「何か問題でもありましたか?」

「あのリリムの子が勧めていた種類って、どれもこれもレディーキラーって呼ばれる酒なんだよ」

「それは、どういう意味なのですか?」

「別名『女殺し』。甘いし苦味が無いから女の子でもゴクゴク入るんだけど、アルコール度数は平均並みにあるんだよ。ほろ酔い程度だと思って飲んでいたら、いつの間にか泥酔することも珍しくない。ある意味、ストレートやロック以上に危険なカクテルだ」

「た、頼まれたお酒が偶然レディーキラーだったという話では? ……あっ」

「うん。サキュバスやリリスって、そういう男を堕とす事柄に関しては直感的に分かるんだろ? だから、多分……」

「…………」

「…………」

「そういえば、あのお二人をお見送りに出た時、北区の方向へ帰っていかれましたね」

「連れ込み宿とか娼館がある風俗街も北区だよな?」

「ええ。そうですね」

「…………」

「…………」

「レディーキラーなのに男がられちゃ世話無いよな」

「ええ。そうですね」

「…………」

「…………」

「あの男の子、吸い殺されないよな?」

「悪意よりも好意が大きかったですし、相思相愛のようでした。リリスは寿命で亡くなるまでつがいを愛し抜きますから、その心配はないと思います。いろいろと後戻りは出来ないと思いますけれど……」

「そうか。愛し『抜く』んだな……」

「ええ。そうですね」

「…………」

「…………」

「明日の朝早いし、今日は早めに寝るか」

「ええ。そうですね」


ひっどいオチだ……。

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