表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新谷の拳  作者: Kei.ThaWest
第1部 拳雄割拠編
8/140

第8話 奥義と応酬

鬼怒川羅刹は両腕をクワガタの顎のように伸ばし立脇を捕えようとしている。

立脇は踏み込み、低くなった鬼怒川羅刹の顔面めがけて膝を繰り出そうとしていた。

立脇の膝がまさに持ち上がろうかとした時、鬼怒川羅刹の両腕の軌道が、大きく変化した!

違う!

あれは避殺ではない!?

新谷は息を飲んだ。


右腕が折り畳まれ肘を突き出すようにして上方に持ち上げられる。

と同時に左腕は下方へ。

「…っ!?」

立脇はとっさに顔を左腕でガードした。

が、その下から鬼怒川羅刹の肘が潜り込んできた。

変形型の顎打ち!?

立脇は顎を突き上げられ、天井を向いた。


鬼怒川羅刹の技はそこでは止まらなかった。

立脇が持ち上げた右膝の下に、鬼怒川羅刹の左腕が這入る。

「くむっ?!」

立脇は天を仰いだまま、それでも気付いただろう。

自分に降りかかろうとするダメージに。


鬼怒川羅刹の右肘は立脇の顎にピタリとあてがわれている。

そして左腕がずい、と真上に引きあげられた。

「けぇい!」

気勢を上げるとともに、鬼怒川羅刹は立脇を後頭から、板間に叩き付けた!


立脇は頭を抱える暇すらなかった。

まともに後頭部を打った挙げ句、うつ伏せになって倒れ伏した。

やはりタックルと思われた初弾はフェイクか。


避殺と入り方こそ同じものの、今の技はまったく違うモーションである。

まるで避殺と対になって存在するかのような、“避殺に対する対処法”に対する技のように見えた。

立脇は揺さぶられた挙げ句見事に鬼怒川羅刹の術中にはまってしまったのだ。


鬼怒川羅刹は止まらない。

倒れた立脇の頭を踏み砕くために、足を持ち上げた。


「立脇!」

新谷が叫んだ。

立脇が、敗けるのか!?


「ぬわわっ!」

否、立脇は、まだ終っていなかった。

鬼怒川羅刹の踏みつけを寸前で転がって避ける。


鬼怒川羅刹は駆ける。

拳だ、乱れ撃ちだった。

立脇のガードの上から、次々と降る、鬼怒川羅刹の拳。

重い。


立脇は、頭部への衝撃の残響が残ったままなんとかしのいでいる状態だろう。

鬼怒川羅刹の太い拳が、弾かれる。

しかし5回に一回は入る。

立脇の側頭に、肩に、脇腹に、入る。

ガードが甘くなる。

3回に一回は入るようになる。

しだいに防ぎきれなくなる。


「かっ!」

鬼怒川羅刹が放った真っ直ぐな掌が立脇のガードを突き破り吹っ飛ばした。

「ちぃぃぃ!」

立脇はダウンからすぐに復帰し追撃を狙ってきた鬼怒川羅刹のがら空きの胴体に向けて下から突き上げるアッパーを出した。


ダメだ!立脇!

新谷は知っている。

鬼怒川羅刹はわざと隙をつくっていると。


ふわり、鬼怒川羅刹の体が退かれた。

立脇のアッパーは空振りになり、宙空にその腕が伸びている。

鬼怒川羅刹は床を蹴り、浮いた。

肉体の重さを感じさせない、蝶のような跳躍だった。


鬼怒川羅刹の両足が折り畳まれた。

立脇の胸の前で、鬼怒川羅刹の体が水平になる。

足が、伸びる。

足底が、立脇の胸に激突した。

ドロップキック!


立脇の巨体が、ゆうに5メートルは、飛んだ。

だぁん、と、その体は板間に打ち付けられた。

「かあっ!」

立脇が血を吹いた、口から。

「かあっ!」

2回、吹いた。

立ち上がれない。

生きてはいるが、もう体が動かない。


鬼怒川羅刹が、わしわしと近寄っていく。

立脇はうめいている。


「待て」

鬼怒川羅刹の太い体の前に、新谷が出た。

「よぉ、邪魔する気かい?」

「ちょっと見ちゃいられなくなってね」

新谷は、にぃ、と笑った。

この男を壊したい。

新谷の本能に眠る野獣の鎖が解き放たれようとしていた。


「次は俺が相手になるよ」

新谷が言った。

立脇や鬼怒川羅刹ほどは太くない声だった。

しかし厳粛で、硬質な声であった。


「本気かい?」

「もちろん」

「片腕、使えないぜ?あんた」

鬼怒川羅刹は新谷のギブスで固められた右腕を指差した。

以前、鉈落断宗におられたものだ。

まだ骨が繋がりきっていないので当然動かせない。


「片腕で、充分だ」

「言うねぇ…俺としちゃ片腕の奴を叩きのめすのに抵抗はねぇんだがよ」

「闘ろうよ」

新谷は構える。

左腕だけで構える。

立脇を倒したほどの実力者、鬼怒川羅刹を前に、気後れはなかった。

ぎりぎりと魂が歯ぎしりするのがわかる。

俺は闘りたいのだ、この男と。


「死ぬよ」

鬼怒川羅刹は、新谷に向かって踏み出した。

ずい、と踏み出した。

距離が縮まった。

もうあと一歩、いや、半歩踏み込むだけで蹴りが届く。


新谷も鬼怒川羅刹もまだ仕掛けにいかない。

「なぁ、あんたが闘ろうって言ったんだぜ、あんたから来なよ」

鬼怒川羅刹が挑発する。

「わかった」

新谷はすぅ、と前に動いた。

鬼怒川羅刹も合わせて前に行こうとした。


その時だった。

「待て!」

その声が、二人の男を踏みとどめた。

太い、声であった。

立脇の声であった。


鬼怒川羅刹から離れ、後ろを振り返った新谷は驚愕した。

立脇が、立ち上がっていたのだ!

あれだけ痛めつけられ、血をはいて倒れた男が、今、血だらけの体でなお、立っているのだ。


立脇は鬼怒川羅刹だけを見つめている。

「まだ、間に合うよな。まだ、俺とあんたの勝負は続いているよな」

鬼怒川羅刹が、太く、笑った。

「かあっ!おめぇ、ほんっとにいい男だなぁ…惚れ惚れしちまうぜ!」


「どけ!新谷。俺はまだまだ戦える」

「立脇…死にに行く気か!?」

立脇は、新谷の横を通りすぎた。

「俺には、死んでも負けられない戦いが、ある」

「立脇!」

「追い付きたい、男がいるんだ。

 あいつの所にいくまで、俺は負けない。

 あいつに勝つまで、俺はどんな相手にだって、負けない!」


立脇が、鬼怒川羅刹の前に再び、立った。

「勝つよ、あんたに」

「悪いが、負けてやるつもりはねぇよ。

 二度と立ち上がれないようにしてやるつもりはあるけどね」


鬼怒川羅刹が、あの構えに移行した。

避殺の構えだった。


「ぬぅわ!」

鬼怒川羅刹が機先を制した。

タックルが立脇にまっすぐ飛んできた。


立脇は、右足を出した。

斜め下にロー気味に放った前蹴りだった。


鬼怒川羅刹の反応は早かった。

体を蹴りの外側に逃がし、強引にタックルに来た。


だん!

思いきり伸ばされた鬼怒川羅刹の上半身が、虚空を掴まされた。

立脇は前に出した蹴り足で着地すると同時に左足を高く振り上げ、鬼怒川羅刹に股の間をくぐらせたのだ。


「しゃっ!」

鬼怒川羅刹の後頭部に、ハンマーのような立脇の左足踵が落ちた。

「げぇっ!」

鬼怒川羅刹が顔面から板間に突っ込んだ。

ぎちゅっ、と鼻が潰れる音がした。


新谷も斜瞠も道場にいた他の者も、目をみはった。

鬼怒川羅刹が、地に伏されている。

あの鬼怒川羅刹が、だ。

斜瞠の「おぅ…」という驚嘆のつぶやきが静寂の空間に意外なほど大きく響いていた。


「ぬっ!」

しかし鬼怒川羅刹が倒れていたのは一瞬だけだった。

追撃を行おうとしていた立脇の腹に起き上がり様、背を向けたままの状態で蹴りを当て、とびすさった。

立脇は大したダメージこそなかったものの、動きを止められた。


一旦距離が開き、仕切り直しとなった。

鬼怒川羅刹の折れ曲がった鼻からゼリー状のどろりとした血が流れでて白い胴着を汚していた。


「やられたぜぇ、そんな外し方があったなんてなぁ」

「三度も同じような攻めを見せられたら、誰だって気付くだろう」

「そうかい?言われてみれば、おいらが一度の戦闘で三度も避殺を狙いにいったのは初めてだなぁ」


「それで、次はどうするんだい?」

立脇は言いながら前に詰めていく。

「俺から、いこうか」

立脇が、腰を落とした。


「!?」

鬼怒川羅刹が、目を剥いた。

立脇のそれは紛れもなく、避殺の構えだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ