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新谷の拳  作者: Kei.ThaWest
第1部 拳雄割拠編
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第6話 拳鑽会

「押忍!」

威勢のいい門下生の掛け声が重なりあい、それぞれの熱き想いがぶつかりあう。

拳鑽会の道場板間にはいま、10人ほどがおり、鍛練に汗水たらしていた。

いずれも劣らぬ頑強そうな男たちであった。

それらが一斉に、突如乱入してきた二人の男、すなわち新谷と立脇のほうを睨んだ。

常人ならそれだけでけおされてしまうほどの強い眼差しであった。


しかし新谷はそれを難無く受けとめた。

立脇も同様である。

「私は拳鑽会4段、斜瞠清将(しゃどうきよまさ)と申します。何の用でしょうか?」

1番新谷らに近い位置にいた男が尋ねた。


「君たちに質問があってね、ちょっと寄ってみたんだが、稽古の邪魔をしてしまったかな」

「ほぉ、でその質問というのは?」

「奈落川呪苦という女について…」

そのとき、明らかに斜瞠の表情が変わった。


「どこのどなたかは存じあげませんが、いますぐここを立ち去りなさい。でなければ身の安全は保証できない」

「へぇ…」

立脇が新谷の前にでた。

「じゃあ逆に訊くがここでもし、俺たちがしつこく食い下がったら、どうなる?」


斜瞠は、ふっと、笑った。

その手がゆるり持ち上げられたかと見えた次の瞬間だった。

ぎゅっ!

左拳がまっすぐ、立脇の顔面めがけてぶっとんできた!

立脇は何の防御もしようとしない!

拳が当たる!?


空気が硬直した。

一秒にも満たない時間が経過した。

斜瞠と立脇は真正面から向かい合っていた。

斜瞠の拳が立脇の鼻先1センチほどで停止していた。


「はじめから、当てる気はないと読んでいた?」

斜瞠はわずかな驚きを含んだ声を出した。

「この程度の拳では、俺に響かない。脅しにもならん」

「なるほど…あなたを見くびっていたようだ。今度は、当てる」

斜瞠が距離を取って構えた。

顎の前で軽く拳を握って構えるスタイルである。

打点の高い格闘家のようだ。


立脇は構えない。

まるでぶらりと散歩にでもいくような気軽さでわしわしと板の間を歩き出した。


「しっ!」

斜瞠の拳が疾った。

それが立脇の顔面に当たったように、見えた。

新谷にも、拳鑽会門下生にも、その拳はヒットしたように見えた。

だが…。


「当たらないよ」

立脇の鼻先、さきほどと同じところで斜瞠の拳が止まっていた。

「ぬん」

深く踏み込んだ体勢から、斜瞠は胴体めがけて打ち込んできた。

ばすっ、と拳が立脇の胸部を叩いた。

その力に押されて、立脇の体が後ろに吹っ飛ばされた、かに見えた。

立脇はなんなく踏みとどまった。


斜瞠は攻撃の手を休めない。

だん、と板の間を蹴ってハイキックを繰り出してくる。

蹴りの風を切る音。

立脇が退屈そうに顔を斜め左にそらした。

蹴りはたったそれだけで、空振り。


「ぬぬっ」

斜瞠はようやく気付いたようだった。

立脇が、どういう男か。

攻め手を休めて、退いた。


「どうした?もうおしまいにするか?」

立脇が言う。


「私の攻撃が当たる寸前に、数ミリ、数センチだけ体を退く、か。

 まさかこれほどとは。

 さきの胴体への拳突きも当たったように見えただけ。

 実際はあなた自ら後ろへ飛んだ、というのが正しい。

 ダメージはまったく伝わらなかっただろう」

「よくわかってんじゃねぇか。どうする?俺からいってもいいんだぜ?」

「おもしろいな」

斜瞠は、かっと唇をめくりあげて笑った。

餓えた狼のようなどうもうな顔だった。


「拳鑽会秘奥義、ここで披露することになるとは」

斜瞠は腰を深く落とした。

アマレス風のタックルの構えのようだ。


B%E脇は構わず近付いていく。

門下生がみな、斜瞠の構えを見て息を飲んでいた。

新谷も、異様に張りつめた空気に体がこわばる。

斜瞠は何をするつもりなのか。


接近する。

至近する。

接触する。



「じゃっ!」

斜瞠は、低く突進しながら左拳を上に突き出した。

それは立脇の顎を狙った一撃であった。

もし当たれば顎骨を砕いてしまえるだけの%54壊力を秘めていた。


タックルのようなモーションは、相手に組み合いだとミスリードさせるためのフェイクだったのだ。

タックルを受けるには、仕掛ける側と同じように体勢を沈めなければならない。

必然的に顔も下を向く、その瞬間に顎への拳が当たるわけだ。


巧妙に仕組まれた動き、拳鑽会秘奥義。

対する立脇は冷静であった。

左足で前に大き48F一歩、踏み出した。

あまりに、二人の距離が近すぎる!

胸がぶつかるほど近い。

近すぎて、斜瞠の拳は立脇の分厚い胸板の上をひっかくように滑っただけだった。

空振り?

新谷はそう思った。


だが…そうではなかった。

斜瞠の右手がぐわりと、素早く持ち上げられる。

それが立脇の股関節の間に潜り込もうとしていた。

睾丸潰し!?

これが奥義か…三段階に仕組まれた必殺技の連係、しかもどれが入っても決まる。


そして、決着はついた。

新谷の目が、門下生たちの目が、たった今道場に現れたある男の目が、その衝撃の決着を目撃した。


がちゅっ。

骨が、折れて肉にめり込む生々しい音が鳴った。


立脇の右膝、太い膝蹴りが斜瞠の顔面を強かに打ち抜いた。

膝頭が斜瞠の口元にぶちあたり、へし折れた血まみれの歯を巻き散らしながら、体は後方へと弾き飛ばされた。

斜瞠はなんとか後頭部を腕でかばったため、倒れた時の衝撃に気を失うことはなかった。


「くわっ!」

鬼の形相で立ち上がる斜瞠。

その口から滴り落ちる、ぬるりとした赤い液体。


「お前の敗けだ」

立脇はつまらなそうに、斜瞠を見下ろした。

「まだ、闘れる!」

斜瞠はふらつきながら構える。

そんな彼の背後から、声がかかった。


「よぉ、そこまでにしときな」

太い声であった。

立脇と同じか、もしかするとそれ以上に太い。

男の声がかかった途端、斜瞠は即座にそちらを振り向いた。


「し、師範!」

「斜瞠よぉ、おめぇ随分酷ぇ顔じゃねぇかよぉ」

男は呑気そうに言った。

一見、緊張感のなさそうな間延びした印象を与える口調である。


「申し訳ありません!」

「いや、いいよぅ。それよりおめぇ、今日は何回やったんだぃ?プッシュアップをよ」

「は…100回を15セット、それと腹筋は100回10セットですが…」


それを聞いた男の顔に、こわいものが浮き出ているのを、新谷は見た。

この男には、尋常ならざるものがある、直感がそう警鐘を鳴ら%%7ていた。

「ばかやろうが!」

男が、突然に斜瞠を一喝した。

腹の底に溜った太く重い気圧が、一気に吐き出されたかのような、思わず小便をちびりそうになる喝であった。


斜瞠は、すみません、と深く頭を下げていた。

「おめぇはどうしていちいち回数を“数えて”やがるんだ!

 そういう、数える余裕があるならプッシュアップのペースをもっとあ281たらどうなんだぃ、えぇ?

 斜瞠よぉ…無我ってぇのはよ、なんにも考えられねぇ、肉体の臨界点超えたところから初めて拝めるんだぜぇ」


男は斜瞠の肩に手を置いた。

「震えてるぜ、おい」

「お、押忍!」

「休みな、斜瞠よぉ。おめぇにはまだまだおいらの片腕でいてもらわなきゃならねぇしよ」


男は、立脇に真正面から向かい合った。

「拳鑽会も大したことないな」

立脇が言う。

「客人さんよ、ちょっと口が悪いよなぁ。拳鑽会は大したことない、だって?

 斜瞠に勝っただけでそう決めつけられちゃあ困るわなぁ」

「へぇ…じゃあ誰に勝ったら、拳鑽会に勝ったって言っていいんだい?」

立脇は訊いた。


男は、ぽん、と自分の胸を叩いた。

「もちろん、おいらだよ。

 拳鑽会師範、鬼怒川羅刹(きぬがわらせつ)に勝てたらさ」


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