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新谷の拳  作者: Kei.ThaWest
第1部 拳雄割拠編
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第4話 呪術 in the night

「おぼっちゃま!いつまで外をフラフラしておられるのですか!」

使用人の中でも最古参の馬場きよえが言った。

新谷は露骨に嫌な顔をして、ギプスをはめた右腕を示した。

「みりゃわかるだろ、ババァ、病院いってたんだよ、you know?」


新谷は馬場きよえのことを名字とかけてババァと呼ぶ。

馬場きよえは80を越える老体なのだがいまだに元気だ。

しかしボケが始まっていてしょっちゅうおかしなことを言う。

この前など、新谷が一人で帰宅したというのに、

「お連れの方は大学の学生さんかえ?

 どうしたんだい、そんなにずぶぬれで」

などと意味のわからないことを言った挙げ句、

その何者かが新谷の背中の上にのっているという。


また誰もいないはずの夜の廊下でしきりに誰かに挨拶しているし、

とうとう本格的に療養施設にいれたほうがいいかとも最近考えているところだ。

そういえばこのところ使用人のなかの数名が、馬場と同じような妄言を吐くようになった。

ボケは伝染するのだろうか、みな一様に新谷の隣に誰かがいるとか、そういうありえないことばかり言ってくる。

待遇に不満があるならはっきりとそう言えばいいものを。

給料くらいあげてやるのに。


これではまるで自分に亡霊でもついているようではないか。

どこのオカルト映画だ。

まったく呆れて言葉も出ない。

実際、最近なにかとついていないことが多いし、肩も凝るし、

朝起きたらなぜか首に絞められたような後がくっきり残ってたりするが

どれもこれも仕事でストレスがたまっているせいに決まっている。


馬場は、「I know」といって奥に引っ込んだ。

新谷は自室に入るとドアを閉め、ベッドに倒れこんだ。

ふと、枕の下になにかが挟まっていることに気付いた。

メモ…のようなもの。

それを手にとる。

白い正方形の紙の中央に、墨で人型が描かれている。

いま、その中心部分、人型の胸のあたりに赤い染みがじわぁーっとにじみ出てきていた。


「なんだ、これは?」といぶかった次の瞬間、新谷の胸を、途方もない激痛が、貫いた!

「がっ、がええっ!?」

喉を潰されたニワトリみたいに苦しみの声が洩れた。

なんだ、この…刃物で刺されたような痛みは!?

新谷は、床に倒れ、そのまま気を失った。


その頃、K大学長室では…。


「私より幸せなやつなんてみんな死ねばいいのにな…私より幸せなやつなんて死ねばいいのに」

陰気な独り言を言いながら藁人形に突き刺した五寸釘を打ち続ける若い女。


「本当にこんなんで効くんですかねぇ、学長」

召須原が不安そうに言った。

「私に聞くなよ、仕方がないだろう、鉈落断宗は全身複雑骨折で入院してしまったんだからな。

 あらかじめこの女に頼んでおいてよかったよ」

霧島は女には聞こえないように小声で言う。


「でもこの御時世に呪い師ですよ?そんなのあるんですかねぇ」

「いや、この女、奈落川呪苦(ならくがわじゅうく)の力は本物らしい。

 噂では相当ヤバイことをこれまでしてきたらしいぞ」

「らしいらしいって、確な証拠はないんでしょう?」

「ううむ、それはそうなんだが…」

霧島も段々心配になってきた。

霧島は知らなかった。

その時、本当に新谷が自宅で死ぬほど苦しんでいたことを。



「なんだったんだ、昨日のは…」

新谷が目を覚ました時、すでに夜は開けていた。

朝の陽光が薄いレース越しに窓から室内へとさしこんでいる。

枕元の時計を見ると、もう8時だった。

今から支度していては朝の講義には間に合わない。

昨夜自分の身にふりかかった異常な出来事よりも講義が通常通り行えないことのほうが気掛かりだった。


さすがに昨日は無理しすぎたか。

腕を折られたあとで病院いってそれから36人の女を相手して寝たのが5時ごろ。

自分ももう若くはない。

団塊の世代よりも年齢的には上なのだ。

もうそろそろ自重すべきなのかもしれない。

年齢を省みずにあんなことをしたから、へんな悪夢にうなされたのだ、

と新谷のなかで昨晩いや今朝の出来事は夢だったと結論づけられていた。


軽くシャワーを浴び、医学部長の召須原に電話をかけた。

「申し訳ありませんが、今日の午前中の私の講義は休講ということにしていただきたい。

 研究の内容について、アメリカの共同研究者とウェブ・ディスカッションを後日に予定していたのが前倒しになりまして」

アメリカの共同研究者など大嘘だ。


部長はトロい男だから適当に誤魔化せるだろう。

新谷の思惑どおり、部長は「そうか、それならば仕方がない。君は研究に専念してくれたまえ」と言った。


「午後からの講義は通常通りに行いますので」とだけ言い残して新谷は電話を切った。

そのとき、部屋の片隅に紙切れが落ちていることに気付いた。

今朝、自分が見たあの紙切れである。

拾いあげてみる。

墨で人型が描かれているが、血のような赤い染みはない。


夢ではなかった…?

新谷はその紙切れを丁寧に折り畳んで机の上に置いた。

午後の講義までには時間的ゆとりがある。

はやめに大学へいって、この紙について調べてみようと思った。

どうも呪術的な臭いがする。

まさか自分を呪い殺そうなどと考えている輩がいるのではないか。


新谷は呪いなど信じてはいないが、一応ねんのため、大学に向かう車中で、ある人物に連絡を取ってみた。


「やぁ、私だ。新谷だ」

相手は意外そうに、

「お、おぅ…」

と、太い声で言った。

「実は昔からのよしみで、お前に聞きたいことがあるんだ」

「突然どうした、新谷?お前から俺に電話など…」

「実はな、私は誰かに恨みをかっているようなんだ。

 そしてもしかしたら、その人物に呪われているのかもしれないのだ。

 だから専門家として、お前の意見を聞きたい。

 かの呪いの連続殺人事件を解決に導いた刑事、鳥取県警捜査一課三係、立脇剛(たてわきつよし)のな」

「呪い、だと…?ふむぅ…」

立脇は太い溜め息をもらしていた。

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