第2話 断首刑執行人
「新谷だ!」
「やばいよ、殺されるぞ、逃げよう!」
前を歩いていた学生がいそいそと走りさってしまった。
獄道をボコボコにして以来、新谷の前に立つものはいなくなった。
というより誰も寄り付かなくなったといったほうが正しいか。
講義の出席率はK大始まって以来の100%である。
しかも講義中に私語は一切ないどころか学生が新谷を恐れるあまり
呼吸までとめるようになったため毎回酸欠で大勢が倒れるのだ。
新谷はそのたびにあきれ返り学生とはいかに愚かな生物かと思う。
ところで、あの謎の電話から一週間が経過したがいまだに意味がわからない。
たちの悪い悪戯か、しかし新谷の趣味がモーツァルトであることをしっていたわけだし、
なんらかのメッセージのようにも思える。
そのことを思い出すと解けない謎にイライラし、ついつい廊下ですれちがう学生に体落としをくらわせてしまうのだ。
一日のスケジュールが終わり、新谷は今、車を運転して帰路についている。
もう間もなく、自宅に到着だ。
そびえ立つ地上20メートルの巨大な門が見える。
そこをくぐると、ゆうに3000坪はある新谷の自宅まで伸びる、800メートルほどの専用道路になっている。
ふと、新谷は門の前に警備員が立っているのに気付いた。
「どうした?何かあったのか?」
車を降り、その男に問いかけた。
見掛けない顔だ。
まあ使用人は全体で300人はいるのでこの男に見覚えがなくても別段不思議はない。
「申し訳ありません、ただいまここから先は通行できません」
「なんだと…ここは私の私道だぞ」
「しかし、生憎お通しするわけにはいかないのです」
男は、にぃ、と笑った。
顔の皺からすると、新谷と同じくらいの年齢か。
男は目深に被った帽子をとった。
ぼさぼさの、肩まで届く白髪が、男の不気味な雰囲気と調和している。
「あなたはここで、私に負けるのですから」
男は、さらに目尻を下げてきみの悪い笑いをした。
その一瞬後には、新谷の眼前にまで詰めてきていた!
「なっ…?」
とっさに身を退こうとした新谷の右腕が取られた。
と思ったら、男は新谷の背後に回っていた。
右腕が絞られた。
その力が、ほどけない。
みちっみちちちっ、と、靭帯が千切れていく音。
「ひぎゃいいっ!」
甲高い悲鳴が聞こえた。
それが自分のものだと知覚したのは、腕の骨を折られてから少したってからであった。
男はいともたやすく新谷の右腕を破壊してのけた。
腕を解放された新谷は苦痛に悶絶しながらも男をにらみつけた。
「な、何者だ?」
「私は、鉈落断宗。人は私のことを断首刑執行人と呼ぶ…」
「鉈落…聞いたことがあるぞ、確か…日本の裏社会の始末人としてその筋では名のしれた男だな?」
「さすが大学の先生はよくご存じだ。それならば話は早い」
鉈落は、腰を落とした。
「雇い主の命により、あなたの首、頂戴する!」