◆英雄の血脈
軽くスランプ?
基本的に俺はこの国の王太子である異母兄や父に対しては絶対服従であり、戦に関しては常勝でなければならない。
その為には日頃からの鍛錬に加え、地方の偵察も欠かしてはならない。しかし、それらは信頼できる仲間や部下がいれば、自分が進んで動く必要もない。
そんな俺が今、最優先しなければならない事案は、如何にしてあの皇女との関係を改善するかである。
この件に関しては、異母兄からからも忠告されているのだが、尤も、アレは忠告と言う名の命令だと思われる。
昨夜、俺は珍しく兄のアーフェルから酒に付き合えと誘われ、先導され着いた先には、父の他に義理の母でもあるこの国の王妃の他に、宰相のニコラウスもいた。その他にも国の中枢を担う貴族や官吏が同席し、さながら密談とも窺える空気が、その部屋中に漂い、充満していた。
燭台に灯された、何本ものオレンジ色の炎の揺らめきに、葉を巻いただけの煙草の匂いに、強い香水の香りが混ざった部屋の空気は最悪だったにも拘らず、兄はいつもの微笑みを浮かべたかと思いきや。
「それで、ゼス?君はあの皇女殿下とはどうなってるのかな?」
「どう、とは?」
「惚けなくても良いんだよ?ゼス。私には判ってるんだからね。」
だから早く答えろと兄に言われても、俺には何が何だか判らなかった。まさか兄に限ってあんな子供に対して性欲を抱けとでも言うのだろうかと、あらぬ考えが擡げてきた所で、その部屋に居合わせた誰かが、小さく舌打ちした音が聞こえた。
その舌打ちをした犯人を見定めようと、俺の注意が兄から逸れた瞬間、その冷たい声は狭い部屋に響いた。
「何の為にあの皇女をわざわざ貰い受けたと思う。皇女は我が国初代王の妹、シーラ妃が嫁したユーリニアの血筋だと言われているからだ。そうでもなければ誰があんな不出来な皇女など貰い受けるか。」
「全てはこの国の為ですよ。民は今でも初代王の血筋を崇めているからこその、此度の婚約なのです。」
「ゼスとあの皇女殿下の間に生まれた子と、私と妃の子を一緒にさせれば、王家の威信は更に高まるだろう?」
解ったかい、将軍閣下?と、言葉を纏めた兄に、病で倒れたとはいえ、未だにこの国の王である父の言葉や、王を支える家臣の言葉に、俺はすぐに返事が出来なかった。
確かに俺は国の為と思い、あの幼い皇女との婚姻は受け入れたが、実質的な婚姻にはまだ猶予があると構えていたのだ。
だからこそ、まだその幼い皇女との関係を深めろと暗に命じられ、更にはその皇女こそが、この国の建国の友とも、英雄とも民から親しまれている人物の血筋だと匂わされては、何も言えなくなるのも当然の理だろう。
それから後の事は良く憶えてはいないが、宰相が不意に漏らした【真実】だけは、今もハッキリ憶えている。
おそらくはこの真実は俺と宰相、そして当の本人と、その伴侶しか知りえない事実なのだろう。
もし、万が一にもこの【真実】が明るみに出てしまえば、あの皇女の命は今よりもっと危険に曝されるだろう。
瞳を閉じれば、感情を表す事を忘れてしまった様な怜悧な幼い皇女の顔が思い出される。
出逢い、巡りしまったからには、もうこの定めに従うしかない。
それでも、願わくば・・・。
俺はその日、初めて他人の幸福を願った。
時は皇女がレガロニア帝国からこのダラス王家に嫁してきて、丁度一月後の事だった。
まさかな繋がりでしたね。
まだ裏はありますが、それは追々。