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6/19

◆甘くない逢瀬

7/19 改稿 

『ほんにそなたはしつこいの。』


 ――妾はもう過日の事は、何も憶えてないと言うに。


 しんなりと、眉を顔の中央に寄せ、煩い羽虫を相手にするように苦言を呈する帝国生まれの皇女は、病み上がりとは思えぬ健康的な白い頬に口調で、俺の職務からの詰問にのらりくらりと言い逃れを続け、極めつけは憶えてないと、完全に事件の真相を闇に葬り去ってしまうことにしたようだ。

 そればかりか、ここ最近寝込んでいたのは旅の疲れが出たからだと、今朝の食事時に、久しく体調の良かったらしいこの国の王でもある俺の父に、要らぬ心配をかけたと、しおらしく謝罪していた。


 今は皇女の居室である私室において、皇女は珍しい香りの香を焚き合わせつつ、片手間に俺との先日から続いている問答を繰り返している所だ。


 沈香、石楠花、梅花に麝香、それに百合に薔薇。


 多種多様な香りが混ざり合い、漂うこの部屋は、慣れてない人間が一歩でも踏み入れれば、間違いなく気がおかしくなるだろう。

 特に、今最も皇女が念入りに作っている麝香の香玉珠は、香りだけで身体の芯を高ぶらせてくる要素があるらしく、使いようによっては大変危険なモノと言えるかもしれない。


 そんな大変危険なモノを作り出している横で、流石と言うべきかやはりと言うべきか、皇女の信頼を得ている女官は、彼女は彼女で何やら妖しいモノを作っている。


 ゴリゴリ、と、何かを磨り潰し、練り合せているその横顔は大変真剣で、気になり、横目で盗み見てみれば、乳白色の鉢の中には、なんと猛毒と言われているレナスの根と、カナンの花弁が共にすり潰され、練り合せられていた。


 この主従は何を考えて、そんな如何にも怪しげなもの作っているのだろうか。

 そんな俺の不安を他所に、皇女は作り終えた香玉珠を、丁寧に木で作られた平らな板に並べると、それを部屋の日陰に置いた。


 どうやら乾燥させればそれは完成となるらしい。


『さて、妾は少しばかり疲れた故に休むが、そなたは如何する?』


「どうするとは?」


 まさか茶でも振る舞ってくれるとでも言うのだろうか?そんな俺の疑念を瞬時に感じ取ったのだろう。

 皇女はなにも窺わせない紅い瞳を眇め、待っておれと宣言するなり、とことこと小さな足で別の部屋に行き、数分後には、両手で銀色の盆を持ち、その盆の上には、見るからに滑らかで白い陶磁器で作られた、一脚の茶器が乗せられていた。


 皇女はそれを俺の座っていた一人掛けの椅子の前に配置されていたテーブルに置くと、無言で茶を飲めと命じた。


『妾はそなたを毒殺するほど短慮ではない。安心して飲むが良いぞ』


 辛辣なその言葉遣いは、皇女がこの国に未だ心を赦さず、警戒している事を、俺に対し暗に悟らせた。


 幾ら国の為を想い、婚約したとはいえ、皇女はまだ大人に保護されるべき年齢。普通であれば今頃の年頃であれば、親に思いっきり甘えている時期だろう。


 まずは信頼関係を作っていくしかないと判断した俺は、皇女が手ずから淹れたお茶を飲む事から、関係を築く事を始めたのだった。


 まさかその茶の中に、解毒の成分が含まれているとも知らずに。

 俺がそれを知らされたのは、それから少し先の事だった。


 



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