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◆悪しき因習

 登録ありがとうございます。

 ――なにゆえ、妾を助けた。


 アレが子供の吐く言葉だろうか。

 感情を窺う事も出来ない虚ろな瞳に、同じく感情を一切悟らせぬ、子供らしからぬ低い声音。

 それでも何とか感じ取った感情はこの国に対する憎悪と侮蔑、そして国へ対する諦め。


 皇女が俺との婚約の名義で、帝国から輿入れしてきてまだ一月も経たぬ内での、今回のこの騒ぎ。

 一歩間違えれば、今回の事で再び戦になるかもしれない失態に、軽く目眩すら感じられた。


「お前達は自分が何をしたのか理解しているのか?」


 白銀に煌めく、これまで数多もの戦場で、最早数えきれぬ命を狩って来た剣を向け脅せば、皇女の命を弑いそうと愚かな企みを謀った女共は、死へ対する恐怖感と、それでも我を張ろうとする強がりから、反論してきた。


「あんなモノ、後宮の仕来りですわ。後宮に入った新しい妃はアレで仲間入りしたと認められるのです。」


「・・・、戯言を」


 そんな陰険な仕来たりは誰が認め、誰が始めた。

 俺のその心の声を見抜いたのだろうか、女共の中でも特に強気の女が、右の口端を吊り上げた歪んだ笑みを浮かべ、俺を何も知らない無知な子供を赦すかのように言葉をすらすらと紡ぎ出した。


「あぁ、殿下。お可哀想な殿下。殿下は知らなくともいいのです。殿下は【白の貴公子】たるアーフェル様のお為だけに剣を振るっていればよいのです。奥向きの事は全て私達女が取り仕切るのが仕来たりなのです。それに私達を捌けるのは、アーフェル様だけにございますわ?」


 そうですわよね?アーフェル様?


 と、今まで俺に向けていた視線を、俺から俺の背後に移すなり、うっとりとした恍惚の笑みを浮かべ、甘く媚びた声で、この場にいる筈のない異母兄の名を呼んだ女。

 この女の妙な言動を見た時の俺は、最初は女が、身近に迫る死への恐怖から精神と頭がおかしくなってしまったのかと思った。


 だがそれはすぐに否定された。――よりによって、この場に居合わせる筈のない異母兄本人の声と言葉で。 


「剣を収めなさい、ゼス。」


「兄上?」


「そんな事位で一々彼女達を処刑していては、狭量だとあらぬ噂を流されてしまうよ?それに女性の世界は、女性特有の生き方や流儀があるのだからね。君は自分の役割だけを考えていればいいんだよ?」


 ――さぁ、剣を収めなさい。


 否の答えを認めないその声は、常ならば頼もしいと思える筈が、その時ばかりは何故か違和感を感じた。

 後になてよくよく考えてみれば、その時に何らかの対策を講じていれば、俺は皇女を悲しませなくても済んだのかもしれない。


 だと言うのに、俺は異母兄に嫌われたくないという一時的な感情によって、愚かしい答えを選択してしまった。


 カチャリ、と、数人の女共に対し向けていた刃を鞘に収め、兄に対してだけ一例をして、寂れた庭を後にした俺は知らなかった。知ろうともしなかったばかりか、思い出そうともしなかったのだ。

 この国を数年前から実質的に動かしている異母兄の残虐性を。


「お前は、僕の言う通りに動いてさえいればいいんだよ?可愛くて、愚かしい僕の生きている穢れた道化師マリオネット?」 


 君はこの国と、僕のこれから作る国の駒でしかあり得ないんだから、意思は必要ないんだよ・・・。


 異母兄のこの歪んだ言葉を聞いていたのは、異母兄に心酔していた5人組みの女共を除けば、そこに居合わせた小さな鳥達と風だけだった。



 その後、俺が皇女らに対し陰湿な嫌がらせをしていた女共を、後宮で見かける事は終ぞなかった。




 皇女が目覚めたのは、あの事件から三日後の事だった。

 俺は宰相のニコラウスからその報告を聞くなり、執務を中断して、皇女の部屋へと急ぎ、駆けつけた。


 皇女に付き添っていたのは、帝国から同行してきたあのキニス夫人と、こちら側が新たに付けた侍女の二人で、医師が言うには、キニス夫人は一睡もせず、皇女を看病していたと言う。


 そんな事より、俺が更に驚かされたのは、医師が不意に漏らした言葉だった。


「皇女殿下は、お小さい頃から毒を盛られていたようですな。8歳と言う年齢の割にお身体があのように小さいのも、おそらくは盛られた薬の副作用でしょう。」


 大切に扱っておあげ下さいませ。


 漸く目覚めた皇女に熱冷ましを飲ませてから、皇女の部屋にいた俺達に丁寧に頭を下げた後、医師は部屋から出て行った。


 皇女はまだ身体が思うように動かないのか、気怠げに寝台の背もたれに身を預けていた。

 そんな皇女を心行くまで、ゆっくり休ませてやりたいとは思うものの、こちら側にも色々とやらなければならない事がある。


 背に腹は代えられないと決断し、俺は何も考えずに、気がつけば皇女の心を傷つける言葉を発していた。


「何があったか、説明出来るかレガロニアの忌み姫」


 当然の如く、皇女は俺の発した言葉に逆上し、キニス夫人に塩を撒けと命じ、頭から布団を被るなり、それ以後、一切身動きしようとはしなかった。


 俺は皇女の命を受けた侍女から、皇女の命令通りに律義に塩を撒かれ、部屋から駄犬の如く追い払われる間際、キニス夫人から鋭い言葉の釘を刺され、忠告を受けた。


『私はシーラ妃の所縁ある御方でも、姫様をぞんざいに扱うモノは、例え同盟国の王であろうとも容赦は致しませぬ。それをとくと憶えておかれませ。【黒の死神】殿』


 暗にそれは、売られた喧嘩は買う。と言う、女官からの警告だった。 


全然、甘くないですが、よろしくお願いします。

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