◆輿入れ
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ありがとうございます。
ありがたきご提案を頂きましたので、視点を統一させていきます。
金の髪に蒼い瞳が王家の色となって久しいダラス王国の民にとって、闇夜よりなお濃い漆黒の長い髪に、大地を舐めつくす灼熱の炎の様な禍々しい紅い瞳を持つ俺は、嫌悪よりも恐怖と畏怖の念を抱かせるらしく、俺の周りに仕える者は余程のモノ好きか、善からぬ野心を抱いている者だけであり、真に国を想っている忠義な臣下は、全てこの国の次期国王となる異母兄に傾倒している。
それを羨んだ事が無いと言えば嘘にも聞こえるだろうが、しかし、俺は真実異母兄を羨んだ事はない。
「殿下、お時間です。そろそろ皇女様がお見えになりますよ」
「...解った。今行く」
俺は14歳で初めて戦場に出て、それから4年、幾多の困難や苦しい状況に追い込まれながらも、なんとか国に勝利を捧げてきた。
そうしてその度に俺の心が何処か壊れていくような感覚を覚えながら迎えた、今回俺の下に嫁いでくる事となった皇女の出身の国であるレガロニア帝国との戦。
戦となった理由は定かではないが、とりあえずその戦場で指揮を執っていた騎士の頸を取り、生き長らえ国へ帰還を果たした俺に与えられたのは、将軍と言う名の面倒な地位と【黒の死神】という異名だけだった。
それが今から4年前の19歳の頃の話で、今回の皇女の輿入れで以て、完全に両国の間での戦は終わりを迎えるコトになる。
元々ダラス王家とレガロニア帝国とは僅かではあるが縁があったのだ。その縁があったからこそ、俺は帝国との戦の意味を正しく理解出来なかったのだ。それでもあの兄の為にと、そこにどす黒い陰謀があるとは知らずに、俺はただ兄が望む様に剣を振るい続けた。
そんな戦場でしか生きられない、王宮内に与えられた俺専用の軍の執務室で、飴色に磨かれた樫で出来た執務机に向かい、軍の経費と武具の維持費の計算に頭を悩ませていた俺を時間だと迎えに来たのは、今は兄の補佐兼、国の行く末を決める権力を司っている宰相のニコラウス。
彼は腹芸の上手く、野心だけが取り柄の貴族連中の中でも特に変わり者で、俺と異母兄の中立派だと明言している。
だからだろうか、彼といる時だけは、肩の力が自然と抜ける様な気がするのだ。
椅子から立ち上がり、事務仕事で凝り固まった筋肉を解そうと背伸びをすれば、ボキ、バキッと骨が鳴った。
その音がよく聞こえたのだろう。振り替えれば、俺の後ろに控え、マントを着せかけようとしていた宰相は眉を僅かながら顰めていた。
ああ、これはやばいな、と思った時には遅かった。
「・・・、殿下、一体何時間机に向かっておられたのですかな?あぁ、そう言えば殿下付きの侍女が昨夜はおろかここ五日間はお姿が見えないと言っておりましたな。いや、殿下もお若いですな」
「宰相・・・、」
「まぁ殿下も年頃ですからな。それは仕方のない事だとしても、皇女殿下の扱いには注意をして下さい。皇女殿下は繊細だと聞き及んでおります。」
チクリ、チクリと、地味に嫌味を言ってくるこの男は、46歳という年齢にありながら、妻はおろか、傍女すら侍らせてはいない。では男色の気があるのかと、以前本人に直接尋ねてみた所、彼は。
――その気はありませんが、抱かれた事も抱いたこともありますよ。必要とあらば今でも抱かれますし、抱きますとも。それに私には死に別れた妻以外、女はどうでも良いのです。妻との間には子もおりましたが、事情があって、今は里子に出しております。
その答えに俺は、意外に彼が情熱家なのだと知った。
甲斐甲斐しく俺の世話を焼く宰相とともに王宮の入り口まで行けば、丁度二台の馬車が停車する所だった。
一台はそれと判る荷を運ぶだけの質素な作りの馬車で、もう一台の馬車は優美な肢体の黒い馬に引かれた、金や銀が至る所全てに使用された、絢爛豪華な馬車だった。
その絢爛豪華な馬車の扉の前に立ち、扉を開けば、そこには妙齢の女性が一人で座っていて、俺の顔を見て、一瞬顔は顰めたが、直にその表情は変化した。
(ああ、コイツもそうなのか)
彼女の表情の変化は振り返らなくても判ってしまう。何故なら俺の後ろ、つまり彼女の向けた視線の先には、他国の姫からも熱い視線が向けられる異母兄がいるのだから。
彼女は俺の手すら取らず、そればかりか俺をまるで汚いモノを見てしまったかのような眼差しで睨み、素早い動作で馬車を降り、俺を押し退けて異母兄の前に立ち、うっとりと見惚れていた。
所詮皇女とは言え、女は女なのだなと呆れていたその時、もう一台の馬車からは、何と荷物と一緒に、もう二人の人間が姿を現した。
一人は俺より年嵩に見える、キツイ性格に見える女で、もう一人に至っては、まだ5歳位にしか見えない幼女だった。
その幼女は、俺と視線があうなり、そこで頭を下げ、流暢なダラスの公用語で丁寧な挨拶を述べた。
「お初目に掛ります。これよりはダラスの民として国と殿下に忠誠を誓い、捧げます」
そんな彼女の言葉はキレイサッパリ聞き流してしまった俺は、愚かにも彼女に尋ねてしまった。
否、尋ねずにはいられなかった。
まるで月の雫を集め、紡いだような触れずとも滑らかさが伝わってくる白銀の髪に、俺より濃いその紅い瞳。それはまるで血の様だと思った。
そんな事より更に気になったのは・・・。
「お前は、皇女のなんだ。皇女とどういう関係にある」
俺がその言葉を放った瞬間、幼女の表情は更に無くなった。そして幼女は俺の問いに答える事はなかった。
そんな幼女の正体こそが、俺の婚約者だと彼女と兄の会話で知りえた俺は、思わず叫んでいた。
「――話が違う!!」
と。
そうでもなければ、落ち着いてなどいられなかった。
俺は知らない。
俺より感情を映さない紅い瞳に、顔の表情。
俺は知らない。
あんな小さな子供があそこまで無表情になりえる可能性を。
ルゼンシアーナ・ユーリニア・グエン=レガロニア、8歳。
それが俺とこの皇女の運命の出会いだった。