◆告解
話したい事があると、ルゼンシアーナが俺の仕事部屋に訪れたのは、あの突然の口付けをしてしまった日から、二日程が経過した昼間の事だった。
実は俺と彼女は、あの日以来、意図的にまともに顔を合わせていない。
幾ら彼女が初めて自分の前で露わにしたからと言って、15も年下の幼女とも言って良い子供に手を出すなど、以ての外である。
と言うか、軽く犯罪行為にも等しいのではないだろうか。
王族と言う身分から考えれば、特別な事だとは思われないだろうが、俺的には彼女の年齢は許容範囲外だった。
せめてあと5つ程年齢があれば、今の俺が抱えている微妙な罪悪感が解消されるだろうに、生憎と彼女は8歳でしかない。
私室は元々別々ではあるものの、寝室はどう言うワケか最初から一つだった。
俺がその衝撃的な事実に気が付いたのは、間抜けにも二日前のあの日の事だった。
俺は酸欠と泣き疲れから、寝台の上でぐっすりと寝入ってしまったルゼンシアーナを、彼女の寝室に移そうとした所で、食事を運んできた侍女に、何をやっているのかと問われ、そこで事実を知った。
「え?で、では、殿下は一体どこで休んでいらっしゃったのですか?」
「・・・俺は、基本的に執務室で夜を明かしてたな。それか付き合いで娼館に・・・」
「しょ、娼館・・・、よりによって娼婦の方とですか・・・。」
両手で頭を抱え、うんうんと唸り始めたその侍女は、左右で瞳の色が異なる【二色持ち】だった。
【二色持ち】は、生まれた家が貴族であろうとも異端とされ、産んだ母親もろとも家から追い出され、最悪の場合は奴隷にまで成り下がる風潮がある。
そんな風潮を変えようと影ながら動いているのが宰相を率いる国の中立派だ。
彼らは二色持ちと言うだけで迫害を受けている人々を匿い、異母兄達に隠れて支援をしている。
それを何故俺が知っているのかと問われてしまえば、それは執務上の機密に当たるのだが、まぁ、一言で言い表すならば監視だ。
信用に値する者であったとしても、あの兄ならばやる。そして反抗する者達は一夜の内に社交界からも、そして社会的からも、跡片も無く存在を消してしまうだろう。
『、れ、これ、其方。其方は先程から妾の話を聞いておるのか?』
「・・・っ、」
『如何致した。そのような珍妙な顔などして』
相変わらず感情や表情の乏しい顔や声色ではあるが、俺と同じ紅い瞳は心無しか意地悪気な色が揺らめいている。
が、そんなことよりも、今は。
「おい、近すぎるだろう」
俺が少し記憶に馳せている間に、俺の隣まで移動してきていたルゼンシアーナの身体を押し退け、座っている位置を僅かにずらし、彼女の話を聞く。
彼女はそんな俺の態度に何か思い当たる節があったのか、にやりと底意地の悪い笑みを、紅く塗られた唇に浮かべ、ころころと鈴の音の様な声で笑った。
一方笑われた俺は、悔し紛れに顔を逸らし、些か無愛想に彼女の話の先を促した。
確か先程までは、彼女がどうしてここに来ることになったのかを話していたな。
「で?結局の所、何が言いたいんだ、お前は」
腕を組み、トントン、と、指先でリズムを刻みながら仕方なく聞いてやれば、それまでは意地悪気に笑っていた少女は、ふ、と、笑みを消し、凍てついた声でそれを断言した。
俺はそれが俄には信じられず、再度彼女に聞き直したが、それでも答えは覆られなかった。
『なに、驚く事はない。所詮妾は再びこの地に戦をもたらす仕掛け人形じゃ。4年もすれば、何らかの理由をつけ、帝国軍はこの地に攻め入ってまいろう。――妾は陛下の血を引いてないゆえな。死んでも生きてもどうでもいいのじゃろう』
他人事のように淡々と語る彼女は最後に、俺に対し、微かに苦笑した。
『そなたには要らぬ迷惑をかけてしまうが、どうか赦して欲しい』
それっきり、帝国の姫は口を閉ざした。