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◆涙と口づけ

 誰かが泣いている・・・。

 深く傷つき、孤独に耐えかね、それでも独りで寂しく泣いている。

 俺はその泣いている人物を知っているはずなのに、顔が見えない。名前が出て来ない。そして慰めの言葉すら出て来ない。

  

 もどかしい思いにもかられながらも、それでも何とかその嘆きの雫を止めてやりたくて手を伸ばしてみても、彼女・・には届かない。ならば言葉だけでもと思っても、彼女に俺の言葉は届かない。


 不意に彼女がこちらに振り向き、顔は見えないのに、何故か血の涙を流しているのが解った。

 そして彼女は血の涙を流しながら、声なき声で言葉を紡ぎ、最後にはその姿さえも見えなくなり、完全に消えていく。

 俺はそれが認められなくて、嫌で、胸が張り割かれそうで、必死に彼女が消えていった闇の方へと手を伸ばし、彼女の名前を叫んだと思われる所で、ガバリと身体を大きな寝台の上で撥ね起きた。


 はぁー、はぁー、と荒く息を吐く俺に、その言葉は投げかけられた。


「どうやらゼスは命拾いをしたらしいね。流石は魔黒将軍と渾名される事はあるね?」


 ヒヤリとした響きのあるその声は、異母兄のアーフェルのもの。そのアーフェルがどうして俺の宮の俺の部屋にいるのだろうか?

 だが、そんな事よりも前に。


「殿下、俺の婚約者を手荒に扱わないで欲しいのですがね。そろそろ放してやってくれませんか。彼女はまだ子供です。」


「おや、君は、君の命を手にかけようとしたこの者を赦すのかい?随分と寛容になったね?」


 グググっと、異母兄は言葉と共に、細い両腕を後ろ手に拘束し、冷たい床に身体を押し付けたられている小さな身体を踏みつけ、いつもの様な爽やかな微笑みを湛えた。

 その笑みは、常ならば頼もしいモノだと思えるモノだが、この時ばかりはその笑みが異様に思い、俺は異母兄である世継の王子に、もう一度だけ警告した。


「俺の婚約者を離して頂けますよね?アーフェリウル殿下?」


「君が僕に命令するのかい?偉くなった者だね、君も」


「ルゼンシアーナからその脚をどかしてくれと、俺は貴方の弟して頼んでいるだけですよ、殿下」


 胸が痛む様な、悲しい悪夢から無事目覚められたかと思えば、そんな俺の安堵を一瞬にして吹き飛ばしてくれた、今、俺の目の前にいるこの男が、ただ憎い。

 いいや、憎いと言うよりは、腹立たしいと言った方が、感情的にはより近しいのかもしれない。


 平常時であれば、俺はこの時の異母兄の行動すら、特に意にも留めなかっただろうが、この時は本能がそれを拒絶していた。

 実際、いつもの様に従っていれば、俺は間違いなく彼女を失っていただろう。


 ギスギスとした俺と異母兄の睨み合いはしばらく続くかと思われたが、その険悪な空気は、一人の勇気ある侍女の乱入によって唐突に終わりを迎えた。


 バサっと、何らかの布が大量に落ちた音の後に、俺の部屋に響いたのは皇女につけた侍女の怒りに染まった絶叫。


「妃殿下に何をしておられるのですか!!たった今!!今すぐに!!直ちに、その汚い足をどけて下さいませ」


 どけろと言いながら、侍女は自分から異母兄に体当たりを仕掛け、異母兄の身体がよろめいた隙に皇女を奪還し、身体の至る所に目立った外傷の有無の確認をしてから、皇女の無事を噎び泣いた。


 そんな侍女の言動に、皇女は戸惑っているのか、紅い瞳を右往左往させていたが、やがて、自分の無事に噎び泣く侍女に釣られたかのように、皇女は紅い瞳を涙で潤ませ始め、遂には声を押し殺してではあるが侍女の胸の中でヒクヒクと泣きだし始めた。


『ぅっっ、ヒック、うぅう・・・』


 次から次へと流れ出る皇女の涙は、止まる事を知らずに、俺の兄が身動きする度、新たに溢れだした。


 流石にその様子に、兄は辟易したのか「命拾いしたね」と、皇女に対して捨て台詞を残し、部屋から出て行った。


 あぁ、やれやれ。

 これでようやく落ち着けると、思い込んでいた俺は、真正の馬鹿だった。

 

 なんと、皇女と一緒になって泣いていた侍女が、食事の支度をしてくると突然泣き止んだかと思えば、未だにヒクヒクと泣き続けている皇女を俺に押し付けるなり、嵐の様に部屋から出て行った。


 部屋に残されたのは、グズグズと泣き続ける幼い皇女と俺の二人だけ。


 とりあえず泣き止んで貰おうと、いつものように「皇女」と、呼びかけた所で、俺はふと先程の夢を思い出し、試しに彼女を名前で呼んでみた。


「ルゼンシアーナ、」


 ピクリと、肩が揺れるがまだ泣き続ける。

 クソ、これでは泣きやまないか。

 ならば。


「シアーナ、泣きやめ。泣きやまないと、その紅玉の様な瞳が雪のように溶けてしまうぞ」


『・・・・・・・・・』


 瞳が溶けると言う言葉に、皇女は驚いたのか、慌てて涙を袖で拭い取った。そんな行動が子供っぽくて、それでいて堪らなく愛しく感じられて。


 俺は気付けば、俺の突然の行動に瞠目している皇女、――否、婚約者である帝国生まれでしかない普通の少女に、啄む様な口づけを何度も繰り返していた。


 やがてルゼンシアーナは驚きに広げていた瞳を閉じ、俺の背中にまだ幼い腕を伸ばし、俺からの口づけを受け入れ、侍女が食事を運んできた時には寝台の上で夢の中の住人となっていた。  

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