第9話 じゃあどっちが正義なのか分からせてやるわ!
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あの年増のパワハラ先輩クソ女魔導師がいるであろう部屋は分かっていた。王宮の中に入ってしまえばもうほとんど警備兵はいないので、私は一直線にその場所を目指す。そして長い廊下をひたすら歩き、ついにたどり着いた。この重厚な扉を見ると嫌な思い出が蘇ってくる。よくここに呼び出されて怒鳴られたものだ。くそっ!
「ここね……」
目的地である部屋の前まで来ると、私は立ち止まって呼吸を整える。この先にいるのは、私が殺すべき人間。今まで何度も殺したいと願ってきた。やっとその願いが叶うんだ。
「……よし」
小さく気合いを入れると、私はドアノブに手をかけてゆっくりと回す。鍵がかかっていたので、軽く魔力を込めて破壊する。そして、中に足を踏み入れた。
次の瞬間、バチンッと音がして縄のようなものが身体に巻きついてきた。
「しまっ……!」
罠だったのか!? これは捕縛用の魔法……!? しまった……油断した! 慌てて解こうとするけれど、その前に誰かに羽交い締めにされる。
「まったく、誰かと思えばアンタだったとはね……アニータ・シュネーベル」
「くそっ、離せ!」
「出ていったはずのアンタがどうしてここにいるの? まさかアタシを殺しに来たのぉ? バカにも程があるでしょ。だからアンタは役立たずなのよ」
「うるさい! 離せっ!!」
「はいはーい。暴れないの~」
忘れもしない、あの先輩クソ魔導師の声だ。そして、香水の甘ったるい匂い。思い出すだけでも吐き気がする。
「外が騒がしかったから何かあったのかと用心しておいて正解だったわ。まさかアンタが戻って来ていたなんてねぇ。ま、そんなことだろうとは思ってたけどさぁ。ホント使えない子だよ」
「っ……!」
悔しくて、情けなくて涙が出そうになる。でもここで泣いたら、こいつを喜ばせるだけだ。私は必死に堪えながら言う。
「……離せよ」
「ん~?」
「離せっつってんだよ!」
「おっと……」
力任せに腕を振りほどこうとすると、あっさり拘束から抜け出せた。
「お前、今から暗殺されるのに余裕ね? 私の実力ナメてるでしょ?」
「はぁ? アンタなんかにアタシが殺せるわけないでしょ? バカじゃないの? 身の程を弁えなさい」
相変わらずこいつは舐め腐った態度で余裕をぶっこいている。
「へぇ、じゃあ今まで散々こき使ってバカにしてくれたツケを払ってもらおうじゃない! 王宮魔導師だったころは先輩だったから何言われても手を出したりはしなかったけど、もう遠慮はいらないものね!」
「……新入りが目上の者に尽くすのは当たり前でしょう? それに、ナメてるのはアンタの方よ。ひよっこが調子に乗るんじゃないわよ」
「そうやって部下に責任押し付けて自分は手柄奪って魔導師長に媚びて、散々他人を踏み台にして食う飯は美味い?」
「美味いわよ。この世の中はね……勝った方が正義、負けた方が悪なのよ!」
「じゃあどっちが正義なのか分からせてやるわ!」
そう言って私は魔力を解放した。相手は汚い手段を使って周りを蹴落として成り上がっただけのただの能無し、私が本気を出せばすぐに捻り潰せるはずだった。
「【ファイヤーボール】!」
私は小手調べに前方に無数の火球を放ってみる。しかしそれは先輩クソ女の手前で霧散してしまった。
「無駄だってば。アンタの攻撃は効かないの」
「なっ……」
「アンタも王宮魔導師の端くれだったなら知ってるでしょ? 王宮魔導師のうち選ばれた者に伝わるマジックアイテム──」
そう言いながら、先輩クソ女は自分の首にぶら下げていた金属製のネックレスを手に取った。あれは……!
「この『守護の首飾り』があれば、あらゆる攻撃を防ぐことができるの。だからどんなに強力な魔法を使ってもアタシには通用しないってわけ」
「それは王宮魔導師長しか身につけられないもののはず! どうしてお前が持ってるのよ!」
「魔導師長と寝てあげたらアタシを後継者に指名するって言ってくれたのよ? ふふふっ♪ どう? 羨ましい?」
「きっさまぁ……どこまでも腐りやがって!」
「なんとでも言いなさい。どうせアンタはここで終わりよ。目障りなやつは全て消す。そしてアタシが王宮を支配してやるわ!」
「させるか! そんなこと……絶対にさせない!」
「あら、威勢だけはいいみたいだけど、なにか打つ手があるのかしらぁ?」
確かにあの首飾りがある限り、魔法攻撃は届かない。でも、だったら魔法以外の攻撃で何とかすればいい話だ。私は拳に炎を纏わせると、そのまま走り込んで奴の顔面を思いっきり殴りつけた。
「【ファイアナックル】!」
「だから効かな……なっ!?」
私の放った一撃は、見事先輩クソ女の顔面に命中した。けれど、その勢いは止まらず壁に激突して壁を破壊してしまう。
「あっ、やばっ……!」
このままでは騒ぎを聞きつけた警備兵が駆けつけてきてしまう。私の正体がバレたら暗殺は失敗だ。
私はトドメをさすべく、先輩クソ女の姿を探した。やつは顔面を殴られ、折れた鼻から血を滝のように流しながら地面に這いつくばっていた。
「ど、どおじで……」
「全く、勉強不足はお前の方だろうが。『守護の首飾り』は魔法は防げても物理攻撃に対しては無力。つまり私の拳はお前に当たんのよ。わかった?」
「そ、そんにゃ……」
「無様ね。その顔じゃあもう魔導師長は抱いてくれないわね」
「き、きさみゃ……よぐもぉ……!」
「お似合いの顔になったじゃない。そのまま地べたに這いずって惨めに死になさい。さようなら、先輩クソ女さん」
「ま、まっへ……」
私はとどめを刺すべく、倒れている先輩クソ女の胸ぐらを掴む。すると彼女は涙ながらに懇願してきた。
「ご、ごろざないでぇ……。じ、じにだくないの……」
「はぁ?」
「い、いだいでしょ? いや……! いだいのはいやぁ!」
「お前みたいなクズ、死んだ方がマシよ。安心しなさい、痛みを感じる前に殺してあげるから」
「い、いや……いやあああ!」
泣き叫ぶ先輩クソ女に、私は最後の別れを告げる。
「悔やむなら私にひたすらパワハラしたことを悔やみなさい。そしたら来世ではもっとまともな死に方ができるかもね。バイバイ、先輩アホ魔導師ちゃん♪」
私は拳を振り上げ、再び炎をまとわせて彼女の顔をぶん殴った。今度は確実に顔面を粉々に砕く感触がして、衝撃で吹っ飛んだ彼女の身体は、瓦礫の山に突っ込んだ。彼女の身体はしばらく痙攣していたがやがてその動きは止まり、そこには物言わぬ死体だけが残された。
「ふう、終わったわ。……もっと復讐に時間かかると思っていたけれど、案外呆気ないものね。やっぱり口先だけの雑魚だったのかしら」
感慨に浸っていたかったけれど、こうしてはいられない。警備兵が来る前に王宮から逃げ出さなければ。
その時、部屋の扉が開いた。
「アニータさん! 何やってるんですか!」
駆け込んできたのは、慌てふためいたリサちゃんだった。
「暗殺なのにこんなに派手に壊しちゃって……! これじゃあ見つからずに逃げるのも大変ですよっ!」
リサちゃんはメイド服の腰に手を当ててプンスカと怒っている。私は苦笑いしながら彼女に言った。
「ごめんリサちゃん……ムカついて、やりすぎちゃった! てへぺろ!」
「てへぺろじゃないですよもう……で、暗殺対象は?」
私は黙って瓦礫の山に埋もれている先輩クソ魔導師の亡骸を指さす。リサちゃんは頷いた。
「では、早くこの場を立ち去りましょう。さっきの物音で表の警備兵がこちらに向かってきているはずです」
「そうね。面倒だからまた魔法で逃げましょうか。リサちゃん、掴まって?」
私が手を差し出すと、リサちゃんはキョトンとした表情を浮かべる。
「え? どうやってですか?」
「こうやってよ。──【ウィンドウイング】!」
私は風魔法で自分の身体を浮かせる。そして、そのまま窓の外まで飛んでいった。
「まだ魔力感知の魔石の効果が戻ってないといいのだけど」
「大丈夫です。警備兵たちは魔石の機能が止まっていることにすら気づいていないはずです」
私達は窓から脱出して路地裏に降り立つと、こっそりブラックタイトのナイフを回収して人目を避けて『エスポワール』に逃げ込んだ。




