第8話 ね? 適材適所でしょ?
私はびっくりして大声を上げたが、ヘレナは何食わぬ顔で頷く。
「そう、王宮魔導師の中に、魔導師長に色目使って可愛がってもらってる不届き者がいるから始末して欲しいっていう依頼が同僚の魔導師さんから……」
「えーっ、ちょっと待って! さすがに王宮魔導師に手を出したら私たちもお尋ね者になるわよ!?」
「だから『暗殺』って言ったでしょ? 上手くやってちょうだいね」
「いやいや、上手くやってちょうだいねじゃないんだよ……初任務ハードすぎでしょ! もっと簡単な猫探しとかありません?」
「猫探しは大変よ? 街中をくまなく探さないといけないから」
「暗殺よりは楽でしょう!」
「アニータさん、心配いりません。私がついてますから」
リサちゃんが励ましてくれるけれど、こいつはポンコツメイドなので信用できない。
「アニータちゃんは王宮を知り尽くしてるし、王宮魔導師についても詳しいでしょう? それにリサの腕があればもう成功間違いなしよ」
「すぐに辞めたから、王宮なんて少ししか通ったことないわよ? あとアニータちゃん言うな……?」
そうブツブツと文句を言いながら、目の前に置かれた紙に目を通していた私は、そこに書かれていた名前を見て沈黙した。ヘレナが目の前でニヤリと笑う。私はヘレナの瞳を見据えながら答えた。
「……やるわ。暗殺」
「ね? 適材適所でしょ?」
「ふん、お手並み拝見ですわね」
「ちゃんと目ぇかっ開いて見ておきなさい」
コルネリアのコメントにイラッとしながらも、私は紙を握りしめて決意を新たにしていた。
紙に書かれていた暗殺対象の名前。──それは、私に散々パワハラをしていた年増の先輩クソ魔導師の名前だったのだ。
☆
善は急げということで、早速リサちゃんと夜闇に紛れながら王宮に向けて出発する。王宮魔導師は基本的に一日中王宮にいるので、もちろん寝る時も王宮に泊まっている。だが、当然ながら夜間の王宮の警備は厳しいので、侵入するには魔法を使うしかない。
それだけではない。王宮の外壁には、魔力を探知する魔石が埋め込んであるので、魔法で壁を越えようとしてもすぐに警備兵に知られてしまう。
それをリサちゃんに話すと、彼女は「わかりました」と答えた。
「では、リサがその魔石を破壊してきますので、アニータさんは魔法の準備を……」
「ちょっと待て、そう簡単にはいかないのよ! 魔石の強度は人間の腕力では武器を使ったとしても破壊できないくらいなの。だから、壊すには必然的に魔法を使うしかない。つまり、外壁を警備兵に知られずに越えるのは無理なの」
「破壊はできなくても機能不全に陥らせるなら……?」
そう言いながらリサちゃんが懐から取り出したのは刃先の黒いナイフだった。
「【黒呪石】……なるほど!」
黒呪石は、魔力封印の儀式にも使用される魔石で、周囲の魔力発動を阻害する働きがある。魔石といっても、魔力を伴った石であるので、黒呪石で作られたナイフを外壁にでも刺してしまえば、魔力探知の魔石の発動を止めることができるだろう。
「魔石はこのナイフで止めるとして……侵入についてはお任せしてもいいですか?」
「ええ、魔法が使えるなら警備兵の気を引くのも外壁を超えるのもお茶の子さいさいよ! まあこの天才魔導師のアニータ様に任せておきなさいって!」
「さすがアニータちゃん!」
「おいこら、アニータちゃん言うな。絶対楽しんでるでしょ!」
そんなことを話しながら私たちは広場にある細工を仕掛けてから、外壁の近くまでやってきた。外壁の周りには警備兵がうろついているので、私たちは少し離れた物陰に身を潜める。
「そろそろかな。魔石が埋まっているのはあそこ。──合図と同時にナイフを投げるのよ」
「了解です!」
「にしてもこの距離からあの小さな魔石を狙える?」
「余裕です」
「ほんとかなぁ? 失敗したらバレるよ?」
「大丈夫です。ここからなら絶対外しません」
私が指さした一点を確認して、リサちゃんは頷く。でもこいつ、ポンコツメイドだからな……本当に大丈夫かな? まあ、このギルドの中じゃあ最強と言われるリサちゃん腕を信じるしかないだろう。
私も彼女に頷き返すと、足でリズムを取った。
「3……2……1……今っ!」
合図と共に、広場に仕掛けておいた魔法が発動する。筒のような装置から火球を上空に打ち上げて爆発させる仕掛け──通称『花火』と言われている。音と光が凄いので、まあまずみんなそっちに注目するだろう。
果たして、広場に仕掛けた花火は上手く機能して、閃光と共にパーンといい音を響かせる。その音に紛れてリサちゃんがナイフを投げ、的中したらしく指で丸サインを作った。ほんとにやりやがったこいつやば。外壁の周りを警戒していた警備兵は、突然鳴り響いた轟音に驚きながらも音の方に視線を向ける。
そして、その隙に私は外壁に向かって走りながら魔法を唱える。
「【ウィンドウイング】!」
風圧によって浮かび上がると、リサちゃんに向けて手を伸ばす。
「リサちゃん、掴まって!」
「はい、アニータさん!」
私はリサちゃんの手を掴むと、そのまま外壁を飛び越える。着地すると、警備兵に見つかることなく王宮に侵入することができた。
「やったわ! 成功よ!」
「お見事です!アニータちゃん」
「アニータちゃん言うな! ……でも、ありがとう。あなたのおかげで成功したわ」
素直に感謝の言葉を述べると、リサちゃんは照れたように微笑んだ。それから、私の手を離すと彼女は言う。
「ここから暗殺対象の部屋までの道は分かりますか? 騒ぎにならないうちに済ませてしまいたいのですが」
「分かるけど、一人で行くつもり?」
「はい。時間もありませんし、早く終わらせてしまいましょう」
「でも、相手は王宮魔導師よ。しかもクソ魔導師だし、きっとなにか姑息なことしてくるかも。一人だと危ないんじゃ……」
「大丈夫ですよ。アニータさんのお役に立てるよう頑張りますね!」
そう言って笑う彼女だけど、やっぱり心配だ。それに、彼女がいない間に何かあったら困る。どうしよう……。
「……やっぱり、私にやらせてほしい。あいつとの因縁は私が断たないといけないんだ」
「アニータさん……」
「だから、お願い。行かせて」
真剣な眼差しでそう告げると、リサちゃんは少しだけ迷うような表情を見せた後、「わかりました」と呟いてから言った。
「では、リサは逃げ道を確保してきます」
「え?」
「その後、アニータさんの邪魔をする者が入らないように、扉の前に陣取っておきますのでご安心ください。存分に戦ってきてください!」
そう言いながらリサちゃんは拳を握って見せる。
「……分かった。すぐに戻ってくるから、待ってて」
「はい!」
「じゃあ……行ってきます」
「お気をつけて!」




