第6話 所詮アホには理解できない話だったようですわね
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「で、これはどういう状況?」
ヘレナは店を閉めると、私たち従業員をバックヤードの部屋に集めた。そこには寝台と大きめのテーブルがあり、テーブルの周りには椅子が5つ並べられている。私とヘレナ、リサちゃん、コルネリアの4人は、椅子に座ってテーブルを囲んでいた。
「やっぱり、アニータちゃんにはしっかり話しておかないとと思ってね。──だいたいわかったと思うけれど、ここは普通の飲食店じゃないのよ」
「……えっ、どういうこと? 全くわかってないんだけど」
「わからなかった?」
「まあ……。確かに少し変わってる気はしたけど、普通の飲食店に見えるわね……」
唐突なヘレナのカミングアウトに、私は首を傾げるしかなかった。イマイチ、彼女の言っていることが意味不明でよくわからない。
ヘレナは、コルネリアやリサちゃんと顔を見合せて、苦笑いを浮かべる。
「それはね……そう見せてるからね」
「ん? イマイチ話が見えてこないんですけどぉ?」
すると、コルネリアがバカにしたように鼻を鳴らした。
「ふんっ! 所詮アホには理解できない話だったようですわね」
「おい、うるせーなぁ。やんのかコラァ!」
「そうやってすぐにキレるところ直した方がいいですわよ? 何事も、先に冷静な判断が出来なくなった方が不利になるんです」
あんたが煽ってくるからキレるんでしょうが。くぅぅ、ムカつく……。
ヘレナは「まあまあ」というジェスチャーで私とコルネリアを制すると、こほんと咳払いをして続けた。
「とりあえず、あたしたちがどんなギルドなのかを話すわね?」
「ギルド……ギルド。飲食店のギルド?」
「うーん、半分正解で半分違うわ」
飲食店が本業ではない? というと? 裏でやばいカジノでも経営してるのだろうか? だとしたらこの店の賃金が異様に高いのも納得できる。
私が怪訝そうに眉をひそめると、リサちゃんがすかさずフォローしてきた。
「別に、やばいカジノとかいかがわしいことはやってませんからね!?」
「どうして思考読むの……」
「うんうん、怪しむのも無理はないわ。だって、飲食店だけじゃどう頑張ってもあれだけの賃金を出せないもの……っと、ちょっと待っててくれる?」
ヘレナはそう言うとおもむろに立ち上がり、椅子を踏み台にしてテーブルの上に上がった。おいおいおい、いきなり何やってるんだこの人は! こともあろうにテーブルの上に立った彼女は、背伸びをして頭上の明り取り用の窓に手を伸ばし、「よいしょーっ」という掛け声と共にそれを開ける。──すると
「ゔぅわぁぁぁっ!」
びっくりした。何かが窓から飛び込んできたのだ。大きな黒い鳥──カラスのようだ。この忌々しいカラスめ! 焼き鳥にしてやる!
と、魔法を唱えようとすると、カラスは部屋の中をぐるっと一周旋回して、再び席に着いたヘレナの肩に止まった。よく見ると、カラスは数枚の丸めた紙切れのようなものを咥えており、ヘレナは紙切れを受け取って、代わりにどこからか取り出したミミズのような生物をカラスに与えていた。
聞いたことがある。あれは【使い魔】というやつだ。古臭い魔導師の中にはいまだに動物を使い魔として使役している者がいるという。まあ、王宮魔導師にも魔法学校の教官にもそんな化石のような人間はいなかったのでただの伝説だと思っていたのだけれど、まさかこんなところでお目にかかれるなんて。……さすがオリハルコンランクの冒険者は格が違う。
「……使い魔なんて珍しいね」
「あらアニータちゃん、使い魔について知ってるの?」
「アニータちゃん言うな。──まあ魔法学校で一通り勉強してるからね。……本物見るのは初めてだけど」
「カラスの使い魔はほんとに頭がいいから便利なのよ。……クロちゃんっていうの。いい子ねぇクロちゃん」
ヘレナは気持ち悪いくらいに甘い猫なで声を出しながら、カラス──クロちゃんの首の辺りを撫でる。クロちゃんは気持ちよさそうに目を細めている。確かにこれは少し可愛いかもしれない。私も挨拶しておこう。
「よろしく、クロちゃん」
「アホーッ」
「……んだとてめぇこらぁ!」
こいつ! この鳥頭! よりにもよって私に向けて「アホ」とはなんだちくしょう! 焼き鳥にすんぞ!
「落ち着いてアニータちゃん。別にクロちゃんはアニータちゃんのことをアホだと言っているわけじゃないわ」
「いや、言ったでしょ! ちゃんと聞いたからね! あとアニータちゃん連呼するな」
「アホーッ!」
「ほらね!」
「カラスの鳴き声はみんなこんな感じでしょ? ね、クロちゃん?」
「アホーッ、バカーッ」
「いやいや、今明らかにアホバカって言った! 完全に人間のこと舐め腐ってますよこいつ!」
「心が穢れているからそういう風に聞こえてるだけじゃありませんの?」
「腐ってるのはお前の耳の方だったか、このイカレ厨二病が!」
「うるさいですわね、このIQ3@脳筋サボテン女!」
クロちゃんとヘレナのボケにコルネリアが参戦してきてツッコミが追いつかなくなってきた。とりあえず、この店の連中は漏れなく頭のネジが2~3本ぶっ飛んでいるということはわかった。
「……で、そのクロちゃんがこの店となんの関係があるっていうの?」
ヘレナは私とコルネリアの言い争いを聞きながらクロちゃんが運んできた紙きれに目を通していたが、私が問いかけると視線を上げて「どこから話したらいいかしらね~」などと勿体ぶるような素振りを見せた。
「全部話せ全部! 私はここで働いているのだから、知る権利があると思うわ」
「確かにそうね。……まずこのギルドについて話しましょうか。あたしたち【宵の明星】はSSランクの“よろずやギルド”よ」
「え、SSランク……?」
冒険者にランクがあるように、同業者の集まりであるギルドにもランクというものがある。主に実績や、所属している冒険者のランクによってギルドのランクも決まってくるのだが、最高ランクであるSSのギルドというのは本当に数える程しか存在しないという。しかも、そのほとんどが活動の実態は謎に包まれていて、実際何をしているのか、誰が所属しているのかすら定かではない……らしい。
SSランクの条件は……確かオリハルコンランクの冒険者が3人以上所属しているとかそういうほとんど達成不可能な条件があった気がするけれど、もしかして……。
私はヘレナ、コルネリア、そしてリサちゃんの顔を見渡す。まさか、もしかして、いやいや、でも……うーん。
ひとまずこれは考えないようにしよう。なにもこのギルドの構成員がヘレナ、コルネリア、リサちゃんだけとは限らないし。
「SSなんてそうそうないものね。驚くのも無理はないわ」
「それで、よろずやギルドって一体何なの?」
「それは読んで字の如し、なんでもやるギルドよ」
「なんでもやるギルド?」
私が首を傾げると、ヘレナは手に持っていた紙切れを見せてきた。クロちゃんが運んできたやつだ。そこには、『逃げた飼い猫を探してください!』というタイトルと共に、なにやら依頼内容のようなものがつらつらと書かれていた。
「そう。飼い猫探しからモンスター退治、護衛、暗殺、素材採集までなんでもこなす万能ギルド。それがあたしたち」




