第36話 無視かよ!
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王国の辺境。人も寄り付かないような険しい山の頂上に、古びた城があるという。そこには恐ろしい魔物が住んでいて、寄り付く者を皆殺しにするのだとか……。
……それが噂にすぎないということは、冒険者の端くれとしてよく分かっているつもりだ。ただの噂に過ぎないのだが、私にはそれが本当のように思えて仕方なかった。
「まあ魔法を使えばこんな山すぐに登れちゃうんだけどね」
私は恐ろしげな山を見上げながら呟く。
「そう、そのためにアニータちゃんに来てもらったのよ」
「私としてはリサちゃんと一緒に留守番の方がよかったけどなぁ……」
「リサは今頃一人で店をやらないといけないから大忙しでしょうね」
「それは嫌だな……」
私は初めてヘレナと一緒に行動している。この金髪巨乳のお姉さんは、相変わらずニコニコしながら何とも言えない威圧感を放っており、とても逆らえるような気がしない。
──そして。
「つべこべ言わずにさっさと魔法を使いなさいな」
私の隣でコルネリアがイライラした様子で言う。彼女が私に対して塩対応なのもいつもの事なのでもう慣れた。
「ったく、しょうがないわね。──【ウィンドウイング】!」
私は魔法を使って身体を浮かせると、2人に向かって手を差し出す。
「ほら、掴まって」
「ありがと」
「感謝しますわ」
2人が私の手を握り返したことを確認すると、山の上の城に向かって一気に加速する。
「危ないっ! もっと丁寧に飛びなさい!」
「は? あんただけここから下に放り投げてもいいのよ?」
「ご、ごめんなさい……」
珍しくコルネリアが割と素直だ。見るとヘレナも怯えたような表情をしている。──これも珍しい。
珍しいものがたくさん見れたことに満足した私が速度を落とすと、2人はホッとした表情になった。それから私たちはあっという間に城のバルコニーに降り立ったのだった。
「さてと、城の中に人の気配はないみたいだけど、クラリスっていう人は本当にここにいるの?」
「間違いないわ。ここが彼女の住処なのだから」
私は首を傾げる。
「……どうして断言できるわけ?」
「彼女の存在を感じるから」
「てことは、あとはヘレナとコルネリアでやれるわよね? 私はもう帰ってもいいのかしら?」
「アニータちゃんを誘った理由は他にあるの。──アニータちゃんの魔法学校での研究、なんだったかしら?」
「あー、確か吸血鬼に有効な魔法の研究かな?」
正直どうでもよかったので忘れていた。でも、魔法学校は卒業するためには何かしらの研究をしないといけないのだ。
「でもなんでそれをヘレナが知ってるのさ?」
「アニータちゃんが忘れた鞄の中にたくさん資料が入っていたからね。──実に興味深かったわ」
「私が忘れたんじゃなくてお前が盗んだんだろ……」
「あら、心外ね。研究内容をまとめたノートまで入ってるなんて思ってなかったわ。おかげで助かったけどね♪」
「……で、その研究がどういう……?」
言いかけて私はハッとした。山奥の古城とくれば吸血鬼。ということは?
「クラリスってヴァンパイアなの?」
「そういうことになるわね。まあ厳密に言えば少し違う種族ではあるけれど」
ヘレナは少し考え込む仕草を見せる。しかしすぐに顔を上げて私を見た。
「アニータちゃんなら、彼女が暴れても何とかできるわよね?」
「いや、そいつ味方じゃないの……?」
「そのはずなんだけど、あの子お転婆だから力でねじ伏せないと言うこと聞いてくれないのよ」
「いきなり物騒な話になったわね……」
私は苦笑すると、ヘレナとコルネリアはずかずかと城の中に入っていった。
「おいちょっと待て! 不用心すぎるでしょうが! ここヴァンパイアの根城なんでしょ!?」
「アニータちゃんがいるから平気よ」
「私をあまり当てにすんな!」
「あらあら、そんなこと言っていいのかしら?」
ヘレナは私を振り返ってニヤリと笑った。
「クラリスを連れて帰れたら、アニータちゃんに特別報酬を出すわよ? それでお母さんにいい薬でも買ってあげなさい?」
「……ぐぬぬ」
お母さんの話題を出されると弱い。確かに今の時期は何かと物入りだし……。私が歯ぎしりしているうちに、二人はさっさと廊下の奥の方へと進んで行ってしまった。
☆
城内に入ると、私はまず違和感を感じた。なんだか空気が重い。よく分からないが妙なプレッシャーを感じるのだ。
「ねえこれなんか変な感じしない?」
私が言うとコルネリアは鼻で笑う。
「それはきっと、クラリスの魔力ですわね。──この城全体が彼女の支配下にありますので」
「えっ、マジ?」
空間、場を魔力で支配するというのは魔力量の豊富な魔導師でもなかなか難しい。それをずっと維持しているとなると尚更だ。
──クラリスというヴァンパイアは魔力量で言えば、魔法学校を首席で卒業した天才魔導師であるこの私よりも格上ということになる。
思わず足を止めてしまった私の方をコルネリアはちらりと見て言った。
「彼女はヴァンパイアの中でも別格ですのよ。そこら辺の雑魚吸血鬼と同じだと思わないことですわね」
「げっ……あの、私帰っていいかな?」
「何を言ってますの今更? 寝言は寝て言ってくださいまし」
「ちぇーっ」
そうこう言っているうちに、2人は1階にある一番大きな部屋の扉の前で立ち止まった。
「この部屋にクラリスがいると思うわ。アニータちゃんよろしく頼むわね?」
「はいはい分かりましたよ。──じゃあ入るよ!」
ドアを開けると、中からはムワッとする熱気が漂ってきた。部屋はかなり広いようだ。壁際には天井まで続く本棚が置かれていて大量の書物が収められている。
部屋の中央に置かれたテーブルの上を見ればたくさんの本が散らばっていて、その周りには赤黒い液体の入った容器がいくつも置かれている。
そして部屋の真ん中では水色の髪の一人の少女が倒れていた。特徴は頭の上の小さな一対の黒い角と背中の小さな黒い羽のようなもの。そして、何故か半裸だった。
ヘレナは少女に歩み寄ると、見下ろしながら声をかける。
「クラリス、起きなさい。仕事よ?」
「……起きてるよヘレナ」
少女はゆっくりと上半身を起こすとこちらを見る。私は思わず息を呑んだ。まるで人形のような端正な顔立ちの美少女だったからだ。その青い瞳がジッと私を見つめる。私は何だか恥ずかしくなって目を逸らしたくなった。すると、少女は顔をしかめて口を開いた。
「さっきからなんか嫌な魔力を感じるんですけどぉ。……ヘレナこいつ誰? 殺っちゃっていい感じ?」
私はギョッとして叫んだ。
「ちょっと待って、こいつがクラリス!?」
どう見てもまだ10代半ばくらいにしか見えないぞ? ヴァンパイアってもっとこう……貫禄があるものだろう。
「彼女は味方だから殺しちゃダメよクラリス」
「ふーん。……じゃあチュッチュするのは?」
「だーめ。人間を吸血するのはやめなさいって言ったでしょ?」
「ぶぅ……」
不満そうな顔をしながら立ち上がると、彼女は私の方に歩いてくる。近くで見ると本当に小さい。子どもっぽい態度と相まってヘレナが保護者口調になるのも分かる。
でも、ヴァンパイアなら多分見た目よりもずっと長い時間を生きているはず。
実際、この目の前にいる少女からもかなり強力な力を感じる。おそらくこの城を支配しているのは彼女で間違いないだろう。
そんなことを思っていると、クラリスはヘレナに声をかけた。
「ヘレナがきたってことは、ウチになにか頼みごとがあるってことっしょ?」
「まあ……というか、ギルドの一員として仕事をしてもらいたいだけなのだけど」
「ふーん。嫌だ」
「そう答えると思ったわ。でも、契約でそう決まってるのよ?」
「そんな昔の契約覚えてない」
クラリスは頬を膨らませながらプイッとそっぽを向いてしまった。このやりとりを聞いている限りだと完全に子どものそれだけど……。この城を支配するような力を持つ吸血鬼とは到底思えない。私はクラリスに話しかけることにした。
「あの、私たち今人手が足りなくて! よかったら手を貸して貰いたいんだけど」
「……」
無視かよ!




