第29話 悪いことは言わんから、関わらない方がいいぞ
「……どういう意味で?」
リサちゃんが言っているのは、おそらく昨夜のことだ。私がリサちゃんを好きかどうかという問いだろう。
リサちゃんが私のことを想ってくれているのはなんとなく分かっている。でも、私にはその理由が分からない。
私に何か思うところがあったとして、それが恋心だったとしても、リサちゃんは多感なお年頃。ただ憧れに近い感情を抱いてしまっただけという可能性の方が大きい。私は今までそういうことに全く縁がなかったからわからないけど、もしかしたら女の子同士での恋愛もあるのかもしれない。
それに、私は彼女に対して特別な感情を持っているのだろうか? ただの仲間意識だけなのか? そもそも、私はリサちゃんに恋をしていると言えるのか? 私は彼女に好意以上のものを感じているという自信がある。でもこれが恋かと聞かれれば素直に肯定することはなかなか難しい。
だから、私はこう答えた。
「リサちゃんが望む答えはあげられないかしら。まだあなたの事をどう考えているのか、自分自身でよく分かっていないの」
私の言葉を聞いてリサちゃんは俯いた。
「……そっか。そう、ですよね。リサなんかがアニータさんに相応しいわけないですよね」
「いや、それは違うよ」
彼女が自分を卑下して言うのを見て私は思わず否定してしまった。
「リサちゃんが私に相応しいとかじゃなくて、私が自分で自分に自信を持ててないのよ。言っておくけど、私ガサツだし魅力なんてほとんどないのよ? 逆にリサちゃんは私のどこがいいと思ったの?」
するとリサちゃんは再び顔を赤く染めた。それから上目遣いにこちらを見ると小さな声で囁くように言った。
「……全部」
全部。そうきたか……。
「うーん、参ったわねぇ……」
そんなこと言われたら勘違いしてしまいそうになるじゃない……。
いやいや! 落ち着け私! リサちゃんがそんな意味を込めてそんなこと言うはずがないでしょう!?
「あのね、さっきも言ったと思うけどリサちゃんは私なんかよりもっといい人が絶対見つかるわ」
そう言うとリサちゃんは不機嫌そうな顔でプイッとそっぽを向いてしまった。
なになにこの反応……可愛いんだけど。
ああ、駄目だなぁ。リサちゃんってほんと反則だわ。
「もう、どうしてアニータさんはそんな意地悪を言うんですかっ!」
「えぇ~、だって本当なんだもん。リサちゃん可愛いからさ、絶対モテるって!」
「……アニータさんのバカ」
リサちゃんに拗ねられてしまった。これは相当嫌われたかも。
「ごめんってば」
「ふん、許しません」
リサちゃんはそっぽを向いたまま。完全にご立腹である。
私はため息をついて彼女の手を取る。そしてぎゅっと握った。彼女は驚いてこちらを向いたが、私は構わず続けた。
「でもね、これだけは覚えておいて欲しいの。リサちゃんは私にとってかけがえのない仲間で、誰よりも大切にしたい存在だってこと」
私が真っ直ぐに見つめて言うと、リサちゃんは恥ずかしそうにはにかんでくれた。
うん、やっぱりリサちゃんってすごく可愛くていい子だと思う。
「……おやすみなさい」
照れ隠しか、リサちゃんはぶっきらぼうにそう言って地面に寝転がる。そのまま毛布をかぶってしまった。……まぁ、今はこれでもいいかな。
私も焚き火を消して横になった。
☆
「あー、よく眠れなかった」
翌朝、私たちはいつものように早起きをして野営の後片付けをしていた。
リサちゃんはまだ少し眠そうだ。
私はといえば昨晩のことがあって中々眠りにつくことができなかった。あれから結局一睡もできなかったのだ。
私はリサちゃんのことをどう思っているんだろう? 自分の気持ちがはっきり分からなくて困っている。……そういえば昨日は答えが出せなかった質問だけど、一晩経ってもまだ答えが出ないんだから、きっとこの問題についてはゆっくり考える必要があるのだろう。
「ふあ~」
リサちゃんが大きなあくびをした。私はクスッと笑って尋ねる。
「まだ眠い?」
「はい、ちょっとだけ」
リサちゃんが答えると私も大きな欠伸をする。それから伸びをして体をほぐす。まだ朝早いけど、もうひと頑張りするか。
「じゃあそろそろ出発しようか」
「分かりました。今日もよろしくお願いします」
リサちゃんは荷物をまとめると手早く馬車に積み込んだ。御者台に座ったリサちゃんの隣に私も乗ると馬車が走り出す。……よし、行こう。私は前を見て力強く言った。
☆
道中は何事もなく順調に進み、私たちが目的地に着く頃には既に夕方になっていた。
ひとまず、近くの街に入って情報収集から始めなければならない。巨大な猫の魔物なんて珍しいだろうから、何かしら情報は得られるはずだ。
私は地図を取り出した。この街の名前は『ルノアール』というらしい。なんでも、かつて存在した高名な画家の名前が由来なのだとか。その画家の描いた絵はとても美しい風景画で人気だったとかなんとか。……正直どうでも良い知識だが。
とにかく、情報を集めるなら酒場だ。幸いこの時間は、宿や飲食店、酒屋などの店は賑わっている時間帯。きっとすぐに情報を仕入れることができるはず。
「リサちゃん、ここに行ってみよう」
私は指を指してリサちゃんに言った。
「え?……えっと、はい。わかりました」
彼女は戸惑っていたが、了承してくれた。私とリサちゃんは早速街の中へと入って行った。
酒場に着いた私とリサちゃんは、カウンターに座ってマスターに話を聞いていた。マスターによると、やはり最近この街付近の山中に現れた大型の魔物についての話題が中心となっているようだ。この街ではそれなりに有名な魔物らしく、多くの冒険者が討伐に向かったが誰一人として討つことはかなわなかったとか。おかげで、今では近づかないようにしようという風潮になっているのだという。
なるほど、確かにそれなら街の人々の関心を集めていてもおかしくはないな。
「悪いことは言わんから、関わらない方がいいぞ。お嬢ちゃんたちの敵う相手じゃねぇ」
「だーいじょうぶれす! リサたち、めちゃくちゃつよいので!」
呂律の回らない口調でそんなことを言うリサちゃん。そちらを向くと、彼女は大事そうにワインボトルを握りしめながら真っ赤な顔をしていた。
私は慌ててリサちゃんからワインボトルを取り上げた。
「ふわぁ! かえして! かーえーしーてー!」
「ダメよもう。リサちゃんはすぐに悪酔いするんだから」
私は子どものように手をバタバタするリサちゃんの頭を叩きながら、ワインボトルを彼女の手の届かない場所に追いやった。
……まったく、油断も隙もない。この子に酒飲ましたらロクなことにならないから注意してたのに。しかしマスターはそれを聞いて大笑いした。どうやらリサちゃんの言うことを真に受けたわけではないようで、単に私の行動がおかしかっただけみたい。……むぅ、なんでこんなことに……。
「それでね、アニータさんもすごいんですよ~。えへへ、あのですね~……」
すっかり酔っぱらってしまったリサちゃんは、マスター相手に私の凄さを語り始めた。それをニコニコしながら聞いているマスターもどうかと思うけど……。
「ところでお嬢ちゃんたちは旅の方? この街に来たのは初めてだとか?」
「あ、はい。実はそうです。最近噂の巨大猫型魔物のことを知りたくて立ち寄ったんですけど」
私が答えると、彼はニヤリと笑った。
「ほう、そういうことかい。そりゃあ災難だな。あいつのせいでこのあたりの治安が悪くなって困ってるんだ。お嬢ちゃんたちも十分気をつけろよ」
「あはは……、ご忠告ありがとうございます」




