第24話 ほんっとうに使えないですわね
私の返事を聞いた瞬間、彼らは嬉しそうな表情を浮かべていた。まあ確かに、リサちゃんの言う通り北の森で戦った奴らも私たちの手に余るほどではなかった。懸念事項があるとすれば、今回は守るべき対象がいるというだけの話だが、いざとなったらまたコルネリアを突撃させて、彼女を盾にして逃げればいいだろう。
私は覚悟を決めて言った。
「じゃあ行きましょう。早く行かないと追っ手が来てしまうかもしれないし……」
「ありがとうございます!」
「感謝致します!」
アベルくんとシュナイダー伯爵は深々と頭を下げた。私は照れ臭くて頬をポリポリ掻いた。そして、幌の中に戻りローラに声をかける。
「ローラお嬢様は大丈夫ですか? もし怖かったら……」
私の言葉を受けて、ローラは少し考えてから言った。
「そうね、ちょっと怖いけど、わたくしだけ逃げるなんて出来ないもの。最後までついて行くことにするわ」
そう言ってローラは力強く微笑んだ。覚悟を決めてくれたのなら、こちらも腹を括らないといけない。
「わかりました。私の担当はあなたですから、あなたの事を命にかえても守りますよ」
私がそう言うと、ローラは何故か苦笑した。
「ねえアニータ、貴女っていつもわたくしに対してはそういう喋り方なのね」
「はい?」
急に何の話だろうか?
「なんか堅苦しいって思って」
いや、まあ、そりゃそうだけど。相手は依頼主だし貴族なんだから仕方がなくない?
「いやいや、そんなことないですよ。普段はもうちょっと砕けた口調ですよ」
私は引きつった笑顔で否定した。
「ふーん。まあいいわ。それより、早く馬車を進めてちょうだい!」
「は、はい!」
私はリサちゃんに合図を送ると、馬車はゆっくりと動き出す。森の中に入ると、日の光は木々に遮られて薄暗い。でも、馬車の中から見る分には十分である。
森の中を進んでいくと、前方の地面に何か落ちている事に気がついた。どうも誰かが倒れているようだ。馬車を止めて見に行くと、そこには冒険者のような格好をした男性が横たわっていた。意識を失っているようでピクリとも動かない。
「うげ、死んでるのかな?」
私の声にリサちゃんが御者台から降りて様子を見に行く。そして、男性に耳を当ててから首を横に振った。
「まだ生きてるようですね。脈があります。……でも、これはっ!」
慌てて飛び退くと、太ももの辺りからナイフを引き抜いて構えるリサちゃん。その目は私たちの上空に向けられていた。
その時、私も違和感に気づいた。なにやら耳鳴りのようなおかしな音が聴こえるのだ。それは、どこか甘美な旋律で……眠気が……。
パァン! とコルネリアに頬を殴られて我に返る。
「セイレーンですわ。歌声を聴いたら眠ってしまいますわよ」
コルネリアは真剣な表情で言った。そうか、この甘い響きがコルネリアの言うところの催眠ソングというわけだ。周りを見渡すと、既にローラやシュナイダー伯爵、アベルくんなんかはすっかり催眠にかかっており、その場に倒れて眠っている。
「ごめん、助かった!」
「ふん、悔しいですが、あの高度の敵に有効打を与えられるのはアニータちゃんだけですので、こうするしかないんですの」
「──【ファイヤーボール】」
私はコルネリアをジト目で見た後、無造作に上空に向けて魔法を放った。それは空に浮かんでいた鳥のようなものを撃ち落とした。それは、上半身が女性、下半身が鷲のような形をしていた。セイレーンだ。
地面に落ちたセイレーンはギャーギャー耳障りな声で叫びながら全身を覆う炎を消そうとのたうち回っている。
コルネリアはそれを見て顔をしかめた。
「気色悪いですわね」
確かに見た目はあまり良いとは言えない。ただでさえ魔物というのは醜悪な姿をしていることが多いのだから。
コルネリアは大鎌を展開すると、素早く魔物の息の根を止める。だが、その時、周囲の木から無数のセイレーンが一気に飛び立った。
「うわぁ、いっぱい来た!」
「チッ!」
セイレーンたちは私に魔法を撃たせまいと、こちらに向かってくる。上空では別のセイレーンたちが歌声を披露し続けているせいなのか、頭がぼんやりとしてきて集中力が続かない。
「しっかりしなさい! あなたがやらなければ皆死にますわよ!」
コルネリアはそう叫びながら、大鎌をブンブンと振り回して近づいてくるセイレーンを片っ端から切り捨てていく。
私もそれに応えなければならないのだが、先ほどから頭の芯の方から少しずつ睡魔に襲われていて思うように体が動いてくれない。このままだとまずい。何とかしなくては。
「ああ、もう! 面倒くさいですわね! ──リサ!」
「はい、なんでしょうか? コルネリアさん?」
「アニータちゃんの目を覚まさせて差し上げなさい」
「えぇっ!? でも……」
リサちゃんはコルネリアの命令に戸惑っている。まあ、当然だろう。
「今、この状況で一番役に立たないのは貴女ではなくて? さあ、早く!」
「うぅ……すみませんアニータさん、少し我慢してください!」
コルネリアは容赦ない言葉を浴びせてリサちゃんを追い立てた。そして、私はというと、そんなやり取りをしている間にも徐々に眠りへと引き込まれていった。
(だめだ……眠くて仕方がない)
私は必死になって抗おうとしたが、抵抗は虚しく終わる。瞼を閉じるとすぐに視界が真っ暗になり、意識を失った。
だが次の瞬間、左脚を貫く激しい痛みで目を覚ます。見ると、リサちゃんが私の左ふくらはぎあたりにナイフを突き刺していた。
「おいこら、なにしてんのあんた!」
「だってこうでもしないと起きないじゃないですか!」
「でもおかげで目が覚めたよ。ありがとう!」
私がリサちゃんにお礼を言った時、コルネリアの一撃で周囲のセイレーンが何体も木っ端微塵になった。
「今ですわ!」
「【ファイヤーボール】!」
無数の火の玉を生み出した私は、それを一斉に上空へ放つ。それは、まるで花火のように美しい軌跡を描き、セイレーンたちを残らず撃ち抜いた。
その光景を唖然とした表情で見つめるリサちゃんとコルネリア。二人は信じられないものを見たような顔で私を見ている。……ちょっと照れる。
その後、私たちは気絶しているローラたちを起こそうと試みた。だが、意識は取り戻したものの、完全に催眠状態にかかっているようで私たちの言葉には何の反応も示さない。
「やっぱりこの人たちも痛い目にあってもらわないといけないみたいね……」
私はリサちゃんに手当してもらった左ふくらはぎを擦りながらそんなことを口にした。
「いや、さすがに護衛対象には怪我をさせられません」
「私はいいっていうの!?」
「悪かったと思っています。でも、あの場を切り抜けるにはあれしか方法がなかったんです……」
確かに、あの状況で私が魔法を使わずにいたら護衛対象のローラたちは危なかっただろうと思う。だからといって……。いや、これ以上はやめておこう。今はローラたちの状態の方が問題だ。どうしたものか。
「なにをグダグダやってますの?」
すると、私達の元にやって来たコルネリアが苛立ちを隠さずに言った。
「アニータちゃん、あなた魔法使いなのですから魔法でさっさと治してくださいな」
「治癒とか気付けとかは聖職者とか呪術師の役目で、魔導師はそういうことやらないの!」
「ほんっとうに使えないですわね」
「なっ!? おいこらてめぇ、やんのか? あぁ?」
「ちょ、ちょっと、アニータさん! こんな時に喧嘩しないでくださいよ!」
コルネリアに食って掛かろうとした私を慌てて止めるリサちゃん。いや、でも今のは明らかにコルネリアが悪いでしょ!
「まったく。……いいですか、よく見ていなさい」
ぼーっとしているローラの目の前に立ったコルネリアは、突然彼女の目の前でパンッ! と柏手を打った。すると、なんとローラは瞬時に正気を取り戻し、ブンブンと頭を振りながら辺りをキョロキョロと見回し始める。
コルネリアは、呆気に取られている私たちを見てニヤリと笑うと、シュナイダー伯爵やアベルくんの催眠も次々に解いてしまった。一体どういうトリックを使ったんだろう。多分、彼女の死神由来の技だろうか。生死を操ると言われる死神ならば、催眠を解くくらい造作もないだろう。
「これで一安心ですわね。では行きましょうか」
こうして、無事に催眠から解放した私たちは急いで森を抜けることにした。




