第2話 いたぁっ! ちょっとなにすんのよ!
☆
翌日、空は夜の雨が嘘のように快晴だった。ずぶ濡れになっていた服を干していると、ポケットからなにか紙切れのようなものが出てきた。あんなに濡れたのに、紙はしっかりとしている。そこには丸っこい可愛らしい文字でこんなことが書いてあった。
「えーっと、なになに? 『仕事を探しているなら、午後3時に【エスポワール】の前に来て。──P.S.あなたの荷物を預かっているわ』」
あーっ、よりにもよって私の鞄を盗んだ犯人からの挑戦状じゃない! 全くもうめんどくさいなぁ……。昨日店で愚痴ってるのを見てたヤツだな? そいつが、私が寝てる間に荷物を盗み、呼び出して何かやらせようとしているんでしょう。人が困ってる所につけ込むようなことしてぇ……許さないかんな! 怒ったかんな! はしもとかーんな! ていうか橋本環奈って誰よ? 多分異世界の女優か何かだと思う。
ん? でもなんのために? 手紙の主は私を呼び出して何をするつもりなのだろう? 荷物を人質にとって身代金を要求するつもりだったとして、無職になってしまった私にその価値があるとは思えないのに……。いや待てよ? 私は仮にも魔法学校を首席で卒業した天才魔導師。利用価値はあるってことなのかな?
まあいいや。いずれにせよ私に喧嘩を売ってきたおバカさんはコテンパンにぶちのめしてわからせてやればいいのだ。
「上等じゃない! 私に喧嘩売ったこと、後悔させてやるんだから!」
私はパチンと頬を叩いて気合を入れると、名もない置き引き魔を迎え撃つべく準備を進めた。午後になって乾いたローブを着込み、お母さんに「ちょっと出かけてくる」と言って家を出ると、指定された場所へ向かった。ショックと酒のせいで記憶が曖昧になっていたけれど、【エスポワール】というのは私が昨日飲んでいた店だった。
☆
それにしても、私に手紙をよこしたやつってどんな見た目なのだろう? 文字と文面からして女性っぽいけど、もしかして有名な置き引き魔だったり? 捕まえて自警団に差し出したら懸賞金が貰えるかもしれない。そしてあわよくばそのまま自警団に雇ってもらえたり?
エスポワールの裏口に立って、そんなことを考えているうちに、約束の時間になった。すると店の裏口が開いて、中からゴミの袋を持ったメイドさんが現れた。昨日私にビールをぶっかけそうになったドジっ子メイドさんだ。
髪は鮮やかなピンク色で、身長は低め。可愛らしい雰囲気でカチューシャがよく似合っている。メイドさんは私に気がつくと露骨に驚いたような表情をした。
「うわぁっ!」
驚いた拍子にバランスを崩し、手に持っていたゴミ袋を放り投げてしまうメイドさん。ゴミ袋は見事私の頭部に命中した。
「いたぁっ! ちょっとなにすんのよ!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! お怪我はありませんか?」
「ないけど、でも酷くない?」
「ごめんなさい……このとおりです!」
地べたに頭を擦りつけて平身低頭するクソメイド。私がドSならその綺麗な髪を思う存分踏みつけてやるところだけど、残念ながら必死に謝っている相手にそこまでするのも気が引けるので、誠に遺憾ながら抱え上げるようにして立たせてあげた。
「お客さま……?」
「もーう、次からは気をつけるのよ? それより、これからここは決闘会場になる予定だから、いたいけなメイドさんはお店の中に入ってた方がいいわよ?」
「決闘……ですか?」
「そうそう。この私【煉獄】のアニータ・シュネーベル様と、名もない置き引き魔の決闘」
「まあ、それは大変!」
「だからね。良い子はお家の中に隠れてないといけないの。わかった?」
「なにを寝ぼけたこと言ってますのこいつは?」
その時、後ろでどっかで聞いたことのある声がしたと思ったら、私は後頭部に衝撃を受けて目の前が真っ暗になった。……最後に思ったのは「やられたぁ!」ってことだけだった。
☆
目が覚めると、私の顔を心配そうに覗き込んでいる人物がいることがわかった。
「はっ、ここは誰? 私はどこ? メイドさんは無事!?」
身体を起こそうとして、頭の痛みに顔を顰める。
「急に動かないでね。一応治療はしたけど、頭の悪さは治らないから」
振り向くと、金髪巨乳の【エスポワール】の店主さんが微笑んでいた。ていうかなんかサラッと悪口言われたような気がするけど、聞かなかったことにしよう。
「質問に答えなさい。ここは誰で私はどこ? メイドちゃんは生きてる?」
「えっと、まずここはエスポワールのバックヤード、要は控え室。で、あなたは確か……アニータっていったかしら? リサは無事よ。ちなみにあなたを殴ったのはこの子」
店主さんに示された銀髪の少女がニヤリと笑う。やっぱり、昨日私に汚水をぶっかけようとした店員の子!
容姿はメイドの子と同じくかなり幼いが、その表情は大人びている……というか、子どもにある無邪気さというものがなく、ただただ相手を見下すような目付きをしている。服装は真っ黒で特筆すべきは彼女の左目を覆う同じく真っ黒な眼帯。まるで厨二病だ。
「お目覚めですのお客さま。お元気そうでなによりですわ」
「元気じゃないわボケ! こちとら頭痛くて死にそうなのよ!」
「訳の分からないことを言い出したから面倒くさくなって殴っただけですのよ?」
「でも、暴力はよくないわコルネリア。……お客さまごめんなさいね」
店主さんが代わりに謝ってくれた。でもあなた、さっきどさくさに紛れて悪口言ってきたの覚えてるんだかんね。
「はぁ……。あ、そういえば私、置き引き魔と仕事のことで待ち合わせをしてたんだった……」
店主とコルネリアは顔を見合せた。そして、揃ってニヤニヤと笑い始める。
「貴様ら、謀ったな!」
この反応からして、私に手紙を書いたのはこの2人に違いないだろう。
「いやぁ、あまりにもグースカ寝てるから、心配になって荷物預かってたのよ。でも返すのをすっかり忘れてて……」
「ふーん、信じるとでも? 最初から盗むつもりだったんじゃないの?」
「とんでもない! でも、あなたのことは最初から雇おうと決めていたわ」
「……」
「挨拶が遅れたわね。あたし、店主のヘレナ。今日からあなたの雇い主よ」
店主さんはニコニコ笑顔を崩さずに言う。
「ちょ、ちょっと待って! 私いつからここで働くことになったんですか!」
「えっ、だってあなた仕事探してるみたいじゃない? 昨日も散々ボヤいてたじゃない? 『明日からどうやって生活しよう……』って。ここで働けばあなたとお母さんがなんの不自由もなく暮らせるほどのお給料が出るわよ?」
「確かに言ったけど! ……えっ?」
ヘレナと名乗った店主さんは、そのゴージャスな金髪をかきあげた。フワッと花のようないい匂いが漂う。
「ようこそ【エスポワール】へ! ここは少し変わったお店なの。まあ、働きながらなんとなく察してくれればいいわ」




