第18話 あなたの名前を教えてくれるかしら?
「えっ」
私はその一言を聞いて思わずズッコケそうになった。何に驚いたかって、ローラのお願いがあまりにも普通すぎたからだ。
「だって、このままの服装ではすぐにわたくしが逃げ出したことがバレてしまうでしょう? 屋敷の周りも見張られているでしょうから、使用人に変装するのよ」
「ああ……なるほど。わかりました」
「もう、プロなのでしょう? しっかりしなさい」
ローラは呆れ顔で嘆息する。いや、そんなこと言われても……。
「私は別に脱走劇のプロってわけじゃあないですからね? 魔法についてはそれなりに自信がありますけど」
「そういえばあなた、魔法学校を主席で卒業したって言ったわよね?」
「はい……」
言いましたけどそれがなにか?
「……すごいのね」
……はい? え、今なんて?
「魔法学校のことはよく知らないけれど、主席ってことは一番強いのよね? それって、並大抵のことではないんじゃない? って言っているのよ。何か?」
私の反応を見て、ローラは不服そうな顔をして唇を尖らせた。そしてフンと鼻を鳴らす。褒められるのに慣れていないから、私はどう返せばいいのかがわからず固まってしまった。それにしても、ローラがこんなことを言うとは思わなかったなぁ。意外と素直なところもあるみたいだ。私なんかより全然大人っぽいと思ったんだけど、やっぱり歳下なだけあって、まだ子供なのかもしれないな。
「えっと……とりあえず着替えましょう」
「気を利かせて褒めてあげたのに、なによこの空気! あなたのせいでしょ!」
怒られてしまった。
でもまあ悪い気分じゃない。私は笑いながら謝ったあと、部屋の外に出ようとした。すると彼女は慌てた様子で引き留めてくる。
「待って。護衛さん、あなたの名前を教えてくれるかしら?」
そうだった。すっかり忘れていた。私は振り向いて彼女に自己紹介をする。
「アニータ・シュネーベル。アニータと呼んでください」
「……シュネーベル。どこかで聞いたことがあるような」
「……?」
「いえ、こっちの話よ。──よろしくね、アニータ」
ローラは首を捻りながら呟いていたが、すぐに微笑んでくれた。こうして私は彼女と握手を交わしたのであった。
その後、私は着替え終えたローラと共に早速屋敷を抜け出すことにした。こっそり裏口から抜け出させてくれたメイドさんは、私に「お嬢様をどうかよろしくお願いします!」と何度も頭を下げていた。
「ここを出たら、どこにかくまってくれるの?」
馬車に乗り込んでしばらく経ってからのことだ。ローラは興味津々といった表情で尋ねてきた。これから逃げようっていう人が、まるで遠足に行く前みたいなはしゃぎようだなぁと私は思ったけど、指摘はしなかった。なんだか面倒くさそうだし。
「……一応、王都を出たら仲間や他の反体制派貴族たちと合流して、ローラお嬢様のお父様たちが待つヴラディ領へ行こうと思ってますけど」
「そう……お父様……」
「故郷が恋しいですか?」
「うーん、わたくし、幼い頃からずっと王都で過ごしているから、故郷のことを全く覚えていないのよね。……どんな所なのかしら?」
ローラの言葉に私は沈黙した。
貴族は妻や子どもたちは王都にある屋敷に住まわせることになっている。──要は裏切らないための人質だった。当主は領地での実務もあるため、子どもや妻に会えるのは王都を訪れた一時だけ。子どもが自分の領地を踏めるのは、当主の跡を継いだ後だった。
そんな人質のローラを領地に連れ帰るということは、王国に対して反旗を翻しているも同じ。ヴラディ公爵は覚悟を決めているのだろう。
私は何がなんでもこのお嬢様を領地まで送り届けなければと決意を新たにした。
☆
王都を抜け出した私たちは近くの村でコルネリアやリサちゃんたちと落ち合う予定だった。コルネリアやリサちゃんもそれぞれ担当する反体制派貴族を護衛しながら、私と合流するため移動しているはずだ。
馬車に乗ったまま村にたどり着くと、私はローラを馬車の中に待たせて、コルネリアたちを探すことにした。
そして数分後。私は背後から声をかけられた。
「アニータさんっ」
「……?」
振り返ると、そこには銀髪のイケメン執事を連れたピンク髪の令嬢が立っていた。
……誰?
令嬢は私に向けて必死に語りかけてくる。
「アニータさん、リサですよリサ! あなたの相棒の!」
「リサちゃん!?」
普段メイド服姿のリサちゃんがこの令嬢!? 馬子にも衣装どころじゃない、似合いすぎている。別人かと思った。いや、確かに面影はあるけど……なんかこう、もっとこう、地味なイメージがあったのだ。私は改めて彼女を観察する。──ああ、言われてみれば髪色と瞳の色が同じだ。
「どうですか? びっくりしました?」
私の驚きっぷりを見て満足したのか、リサちゃんは悪戯っぽく笑って言った。
私はコクリと首肯する。そして彼女が無事だったことに心底安堵した。良かった……!
「……で、そこのイケメン執事さんが護衛対象の?」
「はい、変装してもらってます」
リサちゃんは声を潜めながらそう告げてくる。
そういえばさっきから全然喋らないなと思ったら、なんだよ、そうだったのか。それにしても……本当にすごいイケメンだな。まるで絵画から抜け出してきたみたいな美形だ。
「リサ、そちらの方が……?」
リサちゃんが私に紹介している間、彼が静かに口を開いた。私を品定めするような目で見つめてくる。私は居心地の悪さを感じながら軽く会釈した。すると彼は優雅なお辞儀をして返してくれる。なんかもうオーラが違う。これが本当の貴族の男性なのか……。私は圧倒されっぱなしだった。
「ええ、仲間のアニータさんです。……というかシュナイダー伯爵、外ではリサがお嬢様で伯爵は執事役だって言ったじゃないですかぁ!」
「すみません。つい癖で」
「もう……」
つまり私たちはこのイケメン執事に扮した伯爵様を護衛すればいいのか。なんとも不思議な気分だけど。
そんなことを思いながら二人のやり取りを眺めて笑っていると、ふとシュナイダーと呼ばれた男性が、じっとこちらを見ていることに気付いた。なんだろうと首を傾げて見返すと、彼も不思議そうな表情を浮かべた。
「あなたとは以前どこかで会ったような気がします」
「私、しばらく王宮魔導師やってたので、その時にお会いしたのかもしれませんね」
「なるほど。だからですか」
私が答えてあげると、納得したというようにシュナイダーは目を伏せる。
その時、ちょうどコルネリアが自分の護衛対象を引き連れてやってきた。
「おやおや、皆さんお揃いで。ひとまず成功のようで何よりですわ」
「コルネリア、そっちこそ上手くやったみたいね」
私が笑いかけると、コルネリアは自信ありげに胸を張る。それからすぐに私たちに近付いてきて、シュナイダーの方を見た。
「シュナイダー伯爵、お久しぶりですわ」
シュナイダーはコルネリアの姿を見て目を丸くした。
「……あ、あなたは!」
「覚えていてくださったんですの? 光栄ですわ」
「忘れもしない、あの時の……」
「ええ、あなたがたのせいでわたくしは路頭に迷う羽目になったんですのよ」




