第17話 わたくしはただ……幸せになりたいだけなのに……!
死神? 今死神って言ったかこいつ!? 私は驚いて身構えた。
「死神と取引したってことはあんた、禁忌を犯してるんじゃないでしょうね!?」
「なんのことですの?」
「いや、私も王宮魔導師だったから分かるのよ。死神と取引するということが……生死の理を壊すことがどれほど危険なことか!」
死神は普通死にかけの人間の元にしか現れない。そして、ソレと取引をするということはつまり、何か特別なものを差し出すことによって死神と契約を結び、死を先延ばしにするということ。それによって『死霊術』に発現するものもいる。死霊術は魔法学校では神が定める生死の理を破壊する禁忌だとされていた。
私が真剣に訴えかけると、コルネリアは一瞬きょとんとした顔をしたあと、すぐにクスッと吹き出した。
「あぁ、ごめんなさい。あなたの反応があまりにも面白かったもので。大丈夫、わたくしは正気を保っておりますし、このとおりちゃんと生きております。──確かめてみます?」
コルネリアが自分の胸に手を当てて妖艶に笑う。私はゴクリと生唾を飲み込むとゆっくりと彼女に近づいた。……別に変なことを考えていたわけではない。いや、ほんと。ただ、確認のためだ。
私は彼女の手の上に自身の手のひらを重ねる。かすかに心臓の鼓動を感じた。……確かに彼女は生きている。しかし……なぜこんなにも目の前のよくわからない少女に対してドキドキしてしまうのだろう? 自分の脈拍も少し早い。それに……なぜか体が熱い。……風邪でも引いたかな。私は額から冷や汗を流しながら、平静を装ったまま尋ねた。
「えーっと、じゃあコルネリアって……」
「──話しすぎてしまいましたわね。今日はここまでにしますわ。また気が向いたらお話してあげましょう」
そう言って彼女は私からパッと手を離した。そしてそのままクルリと踵を返し、扉へと向かって歩き出す。私はハッと我に帰ると慌ててその後ろ姿に声をかけた。
「ちょっ……! コルネリア!」
「……何かしら?」
「私はあんたのこと、少しわかった気がする。だから、お互い頑張ろう」
私の励ましに、コルネリアは振り返ると口角を吊り上げてニヤッと笑った。そしてこう言う。
「えぇ、そうですわね。あなたの復讐は終わりましたが、わたくしの復讐はまだまだこれからですので。精々邪魔だけはしないでくださいましね」
☆
私たちはヘレナから護衛する反体制派の貴族たちのリストを受け取り、それぞれ任務につくことになった。ヘレナの情報によると、私が護衛を担当する貴族はローラ・ヴラディという令嬢で、まだ若い少女だった。この国には珍しく亜麻色の長い髪と澄んだ蒼の瞳をしているそうだ。歳は私より2つ下とのことだが、大人びた容姿と落ち着いた物腰はどこかの国の姫と言われてもおかしくないほどだという。……というか、本当に貴族の令嬢なのかなこの子。
私が貴族屋敷の前にたどり着くと、衛兵に合言葉を告げ、門をくぐった。広い敷地を歩いてやっと豪華な建物の前にやってくると、入口の扉を叩く。出てきたメイドにとある一室に案内された。
「お嬢様、依頼されていた冒険者の方がお見えです」
「ご機嫌よう。失礼いたします」
私が挨拶をすると、少し間があって、中から返事があった。
「……入りなさい」
「失礼致します」
扉を開いて入室し、深く一礼してから顔を上げると、そこには想像していたような可憐で美しい少女がいた。亜麻色の髪の毛に綺麗な青い瞳。そして、憂いを帯びたような表情がなんとも儚げで魅力的で……同性の私でも思わず見惚れてしまうくらいの美貌だった。
「……あなたが依頼を受けてくれた人ね?」
「はい」
私が答えると、ローラは悲しげに眉根を寄せた。
「……どうしてわたくしが命を狙われているのか、知ってる?」
「それは……」
……いや、そんなこと聞かされてなかったんです。でもだいたい予想はつく。現女王様に敵対する貴族だからだ。
「クーデターに加わらなかったから……ですか?」
「そのとおりよ。お父様はわたくしを屋敷から逃がすつもり、それを手伝うのがあなたの役目よ」
私の答えを聞くと、ローラは諦めるようにフゥとため息をついた。そしてゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。私は反射的に後ずさった。だってなんだか様子がおかしいんだもん。なんか目が据わっているというか……。それに足取りもおぼつかないし。……ちょっと怖すぎるんだけど。
私はじりじりと後退しながら必死で思考を巡らせる。しかし次の瞬間、ローラは私の腕を掴むとグイッと引き寄せた。
「わたくしをここから連れ出してください。早くしないとわたくしは殺されてしまう……!」
彼女の叫びに呼応するように私の心臓がドクンと跳ねた。
「わたくしはただ……幸せになりたいだけなのに……!」
私は混乱した頭をどうにか落ち着かせて彼女の様子をうかがう。余程不安だったのだろう。彼女の目からは涙が流れていて、とても嘘をついているようには思えなかった。私は戸惑いながらも彼女の手をギュッと握って話しかける。
「落ち着いてください。私はあなたの味方です。何があっても守りますから……安心していいんですよ」
私の言葉を聞いて、ローラは少し落ち着きを取り戻したようだった。
「ごめんなさい。見苦しいところを見せてしまったわね。もう大丈夫よ」
彼女は目をこすってゴシゴシ拭くと、私から離れてニッコリ微笑んだ。しかしその笑顔はどこか無理をしているように見える。それに先ほどの言葉も気になるなぁ。"わたくしは殺される……!"って言ってたよね? ってことは既になにか怖い目に遭っちゃったのかな……かわいそうに。私は心配になって尋ねた。
「あの……もしよろしければお話を聞きましょうか?」
「あら、あなたが慰めてくれるのではなくて?」
「えっ……! あ、いや、私は……」
慰める? 慰めるってどういうこと? まさか……?
こんなことになるとは思ってなくて戸惑っていると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら顔を近づけてきた。私は恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じ、慌てて背ける。
「ふぅん、意外と初心なのね」
「そ、そういうわけじゃ……! っていうか近いですから!」
「ごめんなさいね。あなたのことが知りたかっただけなの。護衛してくれる冒険者というのが信頼に足る人物なのか。そして、どの程度強いのか……とかね」
「え、そうなんですか?」
私が聞き返すと、ローラはクスリと笑ってこう言った。
「……だってあなた、強いでしょう?」
「はい!?」
私が素頓狂な声をあげると、ローラは愉快そうにコロコロと笑う。
「わたくしは、SSランクギルドの『宵の明星』に依頼をしたつもりなのだけど?」
「えっ、はぁ……確かに私たちはSSランクギルドで、私は魔法学校を主席で卒業するくらいには強いですけど」
私が答えると、ローラは満足そうに何度も頷いた。
「ええ、そうでしょうとも。大枚をはたいたんだもの。そうでなくては困るわ。──信用してもいいのよね?」
彼女が急に真顔になったものだから、私は一瞬面食らってしまったけれど、すぐに力強く返事をする。
「もちろんです」
「それなら良かったわ」
私が護衛につくことにようやく納得してくれたのか、「では早速お願いしたいことがあるのだけれど」とローラが切り出したので、私は反射的に背筋を正した。この令嬢が一体なにをまず命令してくるのか、私には想像できない。──きっと、とんでもないことを頼んできたりするに違いない。例えば、貴族の暗殺とか。
私はごくりと唾を飲み込む。しかし彼女の口から発せられた言葉は意外なものだった。
「……着替えるから、一旦部屋を出てくださる?」




