第16話 あなたには関係のないことでしょう?
「魔王の復活に王家の混乱、問題は山積みですわね……」
ため息混じりにそう言ったコルネリアは、紅茶のカップに優雅に口をつけた。
「他人事みたいに……」
コルネリアの呑気な態度に、私はつい毒を吐いてしまう。
「他人事じゃありませんよ? 問題が大きすぎてわたくしたちの手に余ると言っているのですわ。こういう時は一旦落ち着いて状況を見つめ直すべきだと、以前わたくしが申し上げたはずでは?」
「むぐぅ……」
相変わらず憎たらしい言い方だが、言っていることに間違いはない。私は唇を噛み締めながら黙ったままコルネリアの話を聞いていた。
「魔王については現状、わたくしたちにできることはないでしょう。だとしたら、注視すべきは王家の問題ですわね」
コルネリアの言葉にヘレナも頷いた。
「そうね。現女王と対立してでも反体制派の依頼を受けるか……だけど」
そう言いながら、ヘレナはコルネリアに視線を送った。コルネリアは肩をすくめる。
「今回はわたくしはパスですわよ? もう貴族とは縁を切っておりますの」
「そこをなんとかお願いできない? 反体制派貴族の護衛なんて、元貴族のコルネリアにしか任せられないの」
コルネリアさん、元貴族でいらっしゃいましたか。どおりで口調や話し方が鼻につくと思った。
「買いかぶられても困りますわね。わたくしは隠密行動は苦手ですのよ?」
「そう言わずに。……報酬も弾むからさ」
「あら……そう言われると心が揺れてしまいますけど……そうですわねぇ……」
ヘレナがダメ押しすると、ようやくコルネリアは考える素振りを見せ始めた。この人本当にブレないな。どうせ、最初からやる気満々だったくせに、報酬を吊り上げるためにわざわざ渋って見せたに違いない。やがて、しばらく悩んでいたコルネリアだったが、ついに折れた。
「わかりましたわ。……でも、わたくしが護衛するのは1人でいいかしら?」
「どういうこと?」
ヘレナが首を傾げると、コルネリアは「フフン」と笑いながら説明を始めた。
「依頼はなにも1件だけではないのでしょう? まとめて受けてしまってはいかが?」
「ああ、なるほどね……確かに、護衛の目的はだいたい王都からの脱出なり、軟禁されている貴族屋敷からの家族の救出だから、まとめて受けてしまったほうが効率がいいかも」
コルネリアの提案に、リサちゃんとヘレナは納得したようにうんうんと首を縦に振っている。私も何となく話は見えてきた。つまり、依頼主を何人か集めてグループを作るわけだ。そのグループをまとめて護衛した方が効率がいいし、別々に護衛するよりも少ない人員で守ることができる。ただし、狙われるリスクは高まるが、個々の戦闘力の高いこのギルドであれば問題なくこなせるだろう。
「じゃあそうね……コルネリアに加えてリサとアニータちゃんも護衛任務に加わってくれる? 店はあたし1人でなんとかするから」
ヘレナはそういうと、私たちの方に視線を向ける。どうしよう……と一瞬迷ったが、リサちゃんが勢いよく手を上げた。
「はい! リサもコルネリアさんの手伝いします!」
そしてそのまま私に顔を向けた。
「いいですよねアニータさん?」
まぁ、リサちゃんがそう言うなら仕方がない。私は「わかった」と言って首肯した。コルネリアが「では決まりですわね」と言ってまとめようとしたが、そこでレティシアが口を挟んだ。
「待ってくれ、わたしは……」
「ふふん、ちゃんとレティシアの任務も用意してあるわよ?」
「本当か!?」
依頼の書かれた紙切れを差し出しながら言ったヘレナに、レティシアの顔がパッと明るくなった。自分だけ仲間はずれは嫌だったらしい。この人も案外クールそうに見えて可愛らしい一面もあるようだ。
「レティシアにはまた遠征をお願いしたいの。強化された魔物への対処の依頼をこなしながら、魔王について探ってほしい。……できるかしら?」
レティシアは満面の笑みで紙切れを受け取った。
「もちろん。お安い御用だ」
「それを聞いて安心したわ」
ヘレナは微笑むと、「そろそろ店開けなくちゃ」と部屋を後にし、リサちゃんも「手伝いますー」とついていった。レティシアも早速依頼に向かい、バックヤードにはコルネリアと私だけが残された。
コルネリアは腕を組んで何やら考え事をしているらしく、ぼーっとしている。こうして見ると、この子も結構かわいいのに……なんでいつもあんな態度を取るんだろう。
私がまじまじとコルネリアの横顔を眺めていると、彼女は不意に口を開いた。
「……わたくしをジロジロ見て何を考えてらっしゃるの?」
うわ、見透かされてる。
「別に……。それより、あんたが元貴族だって初めて知ったんだけど」
私は素直に見たままを伝えたのだが、なぜかコルネリアは露骨にムッとした表情を見せた。なんだ? 貴族であることを隠したかったのか? しかしすぐにコルネリアは元の無表情に戻り、ため息混じりに語り出した。
「別に話す必要もないことですから。──確かにわたくしはこの国の『貴族』と呼ばれる家に生まれましたが……もうずっと前のことですし」
「なんで貴族だったコルネリアがこんなところで料理店に見せかけたSSランクよろずやギルドに入ってるのか、聞いちゃだめ?」
「ダメですわね。あなたには関係のないことでしょう?」
そう言われてしまえばそうなのだが……気になるものは気になってしまう。私と同じで何か事情があるに違いない。
私はしばらくコルネリアの答えを待っていたが、それ以上彼女が何かを語る様子はなさそうだった。
諦めよう……と視線を外そうとした時、彼女の方から話しかけてきた。
「わたくし、実は貴族という身分を捨てたことを、ちっとも後悔しておりませんのよ」
コルネリアはそう言うとニッコリと笑顔を浮かべた。……それはどういう意味だろう? 私が首を傾げていると、コルネリアは少しだけ語調を強めてこう続けた。
「わたくしにとって貴族の生活など、苦痛以外の何物でもありませんでしたから。だからわたくしは自分の力で生きる道を見つけましたの」
そういうことか……と私は内心で得心した。きっと彼女も私と似たような境遇だったのだ。貴族の世界にも細かい身分があって、下級貴族は私が王宮魔導師時代に受けてきたパワハラに似たようなものを受けることがあるという。それに、コルネリアは貴族であるということ自体に強いこだわりを持っていたように見えた。だから自らそれを捨て去り、このギルドの一員になったのだろう。
「そっか……」
「あら、納得いただけたかしら? これでわたくしのこと、変に詮索しないでくださいますね?」
「うん……でも、反体制派貴族の護衛を一緒にこなしていく以上は、コルネリアと貴族のことについてある程度は知っておく必要があると思うんだけど?」
私の問いかけに、コルネリアは再び露骨に眉間にシワを寄せた。……そんな嫌そうにしなくてもいいじゃんか。
すると、コルネリアは観念したように、ポツリポツリと話し始めた。
「そう……ですわね。……わたくしは元々この国の下級貴族の娘でしたが、幼い頃に両親が流行病で亡くなってしまったのです」
そして悲しげな目をしながら言葉を続ける。
「それからは親族の家を転々とし、使用人のような扱いを受けてきましたわ……。友人だったはずの貴族令嬢たちには裏切られ、親戚はわたくしに暴力や罵詈雑言を浴びせ、味方と呼べる人間は誰一人おりませんでした」
「そうだったんだね……」
私は相槌を打ちながら話を聞きつつ、この少女のことを少し理解したような気がした。
「わたくしは、いつか自分を陥れた貴族たちを見返してやりたいと思いました。そして、いつか必ず貴族として返り咲いてやる……と」
そこで、ようやくコルネリアは笑みを見せた。どこか決意を感じさせる瞳で遠くを見るその横顔は、なんだかとても綺麗で思わず見惚れてしまった。
コルネリアは自分の左目につけられた眼帯にそっと触れると愛おしそうに撫でた。
「そんな時に出会ったのです。……この子に」
「その子って……? その目、どうしたの?」
私が聞き返すと、コルネリアは無邪気に微笑んだ。
「ちょっとした取引ですわ。……死神との」




