第15話 ほら、もう泣くなって
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「き、昨日は本当に申し訳ありませんでした!」
翌朝、目を覚ましたリサちゃんは私とレティシアの姿を見るなり床に跪いてぺこぺこし始めた。相当べろんべろんになってたにも関わらず、どうやら昨日の記憶があるらしい。
「え、えっと……」
「酔っ払って変なことたくさん言って……甘えて……挙句レティシアさんのベッドまで奪ってしまって……」
これは厄介だ。酔ってたことを忘れてくれるとありがたいんだけど……。
「う、うん……もう終わったことだし……頭を上げて……」
「いや、もうリサは一生かけてもアニータ様にご恩を返さなければ気が済みません! これからはアニータ様のことをご主人様だと思ってご奉仕いたします!」
私は思わず顔をしかめた。確かに、リサちゃんはメイドだけど私のメイドってわけじゃないし。それに、なんかそこまでされるのはちょっと……。
「あの……そういうのは大丈夫だからさ、今まで通りで……」
「やっぱり、リサなんかがご奉仕しても逆に迷惑ですよね……!」
私が遠慮がちに伝えると、リサちゃんは再び泣き出してしまった。うっわぁ~面倒臭い~! 私が困っていると、横にいたレティシアがリサちゃんに近づき頭を撫で始めた。
「ほら、もう泣くなって。リサ、おまえは十分役に立っているじゃないか。もっと自信を持て」
「ひぐ……、レティシアさん……。わかりました。でも、過ちを犯した責任は果たさないといけません……」
リサちゃんは涙目のまま、キッと表情を引き締めると拳をぎゅっと握りしめながら宣言した。
「リサはこれからアニータさんの身の回りのお世話をさせていただきます。何なりとお申し付けください!」
「あ、はい……ありがとうございます……」
私は引きつった笑顔で返事をするのであった。
☆
朝から騒がしいやり取りを終え、村を後にした私たち3人は、ヘレナに報告するために王都に向かった。道中は平穏そのもので、王都に辿り着いた私たちは早速ヘレナの店【エスポワール】を訪れた。王都に入った途端、どこか住民たちのまとっている空気がピリピリしているのを感じた。私たちがいないうちに、王都で何かあったのかもしれない。
扉を開けると店内には誰もおらず、店の中は静まりかえっていた。私は奥に人の気配を感じて声をかける。するとしばらくしてからヘレナが姿を現した。
「あら、おかえりなさい。そろそろ帰ってくる頃だってクロちゃんが教えてくれたわ」
「あはは、便利な使い魔ね」
ヘレナはレティシアの方に目を向けると、労うように微笑んだ。
「レティシア、遠征お疲れ様。あなたが遠征してくれているおかげで、あたしは安心してお店ができるのよ」
「いや、マスターどの。わたしは不器用で店の手伝いがからっきしできないから、これくらいしかお役に立てないのだ……」
レティシアの言葉に、ヘレナは嬉しそうに手を振る。
「なにも気にすることなんてないわ。うちにはコルネリアがいるしね」
ヘレナがコルネリアの名前を呼ぶと、店の奥から銀髪の眼帯少女コルネリアが「呼びました?」みたいな感じで顔を出して笑いそうになってしまった。
「それじゃあ報酬を渡しましょうか。はい、金貨2枚。アニータちゃんとリサのぶんは銀貨5枚よ」
ヘレナの言葉と共に、それぞれ金貨と銀色に輝く硬貨を受け取った。
「うわ、ちょっとモンスター退治しただけで銀貨5枚とか……これはもうやめられないわね!」
「辞めてもらっては困るからねアニータちゃん。もうあなたは立派なうちのギルドのメンバーなのよ?」
そう言われてしまうとなんだか照れるというかなんと言うべきか……。まぁ、とりあえずありがたく受け取っておくことにした。
「……で、奥で詳しい話を聞かせてもらいましょうか。魔物の凶暴化と王家の混乱について」
そう言ってヘレナは店の奥を示す。詳しい話はそこでしようということだろうか。正直、私もヘレナに相談したいことがたくさんあった。主に、リサちゃんが懸念していた魔王のことについてだ。
私たちがバックヤードのテーブルを囲むように座ると、コルネリアが紅茶を持ってきて皆の前に置いた。そして自分もテーブルの端に座って、私の方に視線を向けて早速憎まれ口を叩く。
「初めてのおつかいは上手くできたようですわねアニータちゃん」
「アニータちゃん言うな。おかげさまで余裕よ余裕。あんな雑魚オーガ、10体相手しても瞬殺できるわ」
「ほほう、それは頼もしいですねぇ~。でも気をつけた方がいいかもしれませんわよ? 世の中にはアニータちゃんの知らない魔物がまだごまんといますので」
「……そんなのどうせ全部倒せばいいだけの話でしょ」
私が不機嫌そうに応えると、ヘレナがコホンと咳払いをして場を取り繕った。
「もう、2人ともほんとに仲良いわね?」
「「仲良くない!」」
私とコルネリアは2人同時に叫ぶと、お互い睨み合う。ヘレナに仲裁され、私は椅子に深く座り直して話し始めた。
北の洞窟の魔物がどす黒い魔素によって強化されていたこと、それによってレティシアたちが苦戦を強いられていたこと。他にもあんな魔物がいないか調査する必要があるということ、そして、魔王復活の可能性まで言及したところで、頷きながら聞いていたヘレナが声を上げた。
「やっぱり……そういうことになってるのね……」
「どういうこと?」
「実はね、最近王都でも同じような報告が相次いでいるらしいのよ。各地で異常なほど魔物が強くなっているっていう……」
「へぇ……それって……」
私の言葉を察するようにヘレナは小さくため息をつく。
「ええ、もしかしたらその魔王の復活と関係あるかもしれないわね……」
……って、やっぱりそうよね~……。なんか嫌な予感が的中したって感じ。もうこうなったら魔王の討伐依頼とか来ちゃうんじゃないの~!? 私が頭を抱えていると、コルネリアは「まあまあ」と私を宥める。
「そんな深刻にならなくても大丈夫でしょう。いくら強いと言っても冒険者になったばかりのアニータちゃんにそこまでのクエストを任せるわけがありませんわ」
「うっさいわ! 誰が北の洞窟のオーガ倒したと思ってるのよ!!」
コルネリアの発言に対して、ついつい反射的に反論してしまう。それを見かねたヘレナは苦笑しながら口を開く。
「アニータちゃん、少し落ち着いてちょうだい。それに、魔王が復活したとしても、あたしたちギルドは誰かに依頼されるまでは動くことができないの」
「どうして……」
「だって、割に合わないもの」
ヘレナは当然のようにそう答えた。確かに魔王なんてものが本当に復活してしまっていたら、私たち1ギルドの冒険者が動いてどうこうなるような相手ではないことは確かだ。だけど、だからといって指をくわえているだけというのもなんだかなぁ……。そう思っているとヘレナはさらに言葉を続ける。
「あたしたちは、自分たちにできることは精一杯やっていきましょう。とりあえず、王都の依頼をコツコツこなしていくわよ。……あなたたちがいない間、こっちも大変だったんだから」
「何かあったんですか?」
リサちゃんがが尋ねると、ヘレナは思い出すように目を閉じて答える。
「ここ最近はね、王家の中で密かにクーデターがあって、王位継承権第4位の皇女様が王位についたみたいなの」
「だから王都に戻った時に何となく街中がピリピリしてたんですか!」
リサちゃんの言葉を聞いて、ヘレナが首を縦に振る。
「そゆこと。でもまぁ今のところまだ大した事件は起きてないし、これからもしばらくは様子見するつもりだったのだけど……あんまりのんびりしてもいられない事態になっちゃってね」
ヘレナが困ったような表情を浮かべたので、今度は私が質問した。
「なんで?」
すると彼女は肩を落としてため息をつく。
「実は、さっき言った皇女様がね……とんでもない暴君らしくて……彼女が反体制派の貴族たちを根こそぎ処刑するって言い始めてね……」
「そんな……でもヘレナはどうやってその情報を?」
「王家からの依頼で薬とかポーションを調合してあげることがあってね。その時に」
へぇ……王家からの依頼もあるなんて、やっぱりヘレナはすごいな。さすがはSSランクギルドのマスターといったところか。
「だからうちのギルドにも反体制派貴族から護衛の依頼がたくさん入ってるわ。多くが王都からの家族の救出。……どうする?」
「どうすると言われてもな……」
レティシアが眉を寄せる。それはそうだろう。反体制派に手を貸すということは、王家に楯突くということで、そんなことはおおっぴらにはできない。また前のようにこっそりやるならいざ知らず、暗殺と違って護衛はコソコソやるなんて不可能だ。




