第10話 まったく、なんなんだあの小娘は!
エスポワールのマスターのヘレナと従業員のコルネリアは、私たちの帰りを待っていてくれていた。
「王宮の方が騒ぎになっていたから心配だったのよー? アニータちゃんたちが暗殺を失敗したんじゃないかって」
「ちゃんとしっかり殺してきたわよ。あとアニータちゃん言うな」
「そう、お疲れ様」
ヘレナは相変わらずの能天気な口調で言って、私の肩をポンッと叩く。
「でも、騒ぎになっている時点でわたくしたちが身バレする危険があるわけで……落第点ですわよ」
コルネリアがチクリと苦言を呈する。それにリサも同意するように頷いた。なんだ? 寄ってたかって新人いびりかぁ?
「はい、今回はたまたま見つからなかったのでよかったものの、次回からはもっと慎重に任務に取り組むようにしてくださいね」
「うぐぅ……」
二人に叱られてしまいぐうの音も出なくなる私。
するとその時、店の窓からヘレナの使い魔ガラスのクロちゃんが飛び込んできた。
「あら、クロちゃん? どうしたのかしら?」
依頼人からの伝言か……あるいは?
私は嫌な予感を感じつつ、恐る恐る聞いてみた。
「ねえ、まさかとは思うけど……私が騒ぎ起こしたから依頼人さんを怒らせちゃった……とか?」
すると、私の質問に答えるようにクロちゃんが一声鳴いた。
「アホーッ!」
「わかってるよ。さっきも散々コルネリアとリサちゃんに言われたの、私が悪うござんしたぁ!」
「バカーッ!」
「うるさいなぁもう! わかってるから言わなくていいの!」
「こいつ、なんでカラスと会話してるんですの?」
コルネリアが呆れ顔で呟く。そんなことより、今は大事なことがある。
「それで……あの、今回の報酬は……?」
「……はあ」
コルネリアとリサちゃんが呆れたようなため息をつく。私はその反応に心が折れそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「ごめんなさい! 反省してます! 次こそは必ず!」
「いえ、別に怒ってませんわ。今回はちゃんと仕事をこなしてくれたんですし。初めてにしてはむしろよくやってくれたと思います。ただ……」
コルネリアはそこで言葉を区切ると、私達に背を向けた。
「……もう、こんなことはしないで欲しいんですわ。アニータちゃん」
「アニータちゃん言うな!」
「あなたはもう、この店の一員なのですから……仲間のことを考えて、騒ぎを起こさずに解決することを意識して欲しいですわね。……でないと、あなただけ犠牲になれば済むような話ではなくなりますわ」
コルネリアの声は、微かに震えていた。私は黙って彼女の背中を見つめることしかできなかった。
しばらく沈黙が続いた後、コルネリアは振り向いて微笑んだ。
「ま、何にせよお疲れ様でした! わたくし、あなたならできると思ってましたわ」
「うん……ありがとう?」
コルネリアは初対面の時から何かと私に対して風当たりが強かったような気がするのに、こうしてたまにデレてくるし、本当によく分からない子だ。私がじっとコルネリアを見つめていると、クロちゃんが運んできた手紙を読んでいたヘレナが声を上げる。
「……どうやら休んでいる時間はなさそうよ」
「え? どういう意味ですか?」
リサちゃんが首を傾げる。ヘレナは手に持った紙切れをヒラヒラと振りながら答える。
「遠征に出ていたレティシアから連絡があって、北の洞窟に住み着いた魔物の討伐に苦戦してるみたい。援護を求める手紙が来たわ」
「それは大変ですわね」
「えぇ。すぐに行かないと」
コルネリアとリサが頷くと、ヘレナは首を横に振った。
「残念だけど、あたしとコルネリアは店を開けないといけないから……ただでさえ最近は休みがちだったからそろそろ裏でよろずややってる事がバレそうなのよ」
ヘレナの言葉を聞いて、コルネリアが眉をひそめる。
「あら? わたくしも行かなくても大丈夫ですの?」
「ええ、コルネリアは店の重要戦力だから……今回もリサとアニータちゃんで行ってきてくれる?」
ヘレナがそう言うと、コルネリアが不満げな顔をする。
「わたくし、そろそろ暴れたいですわ。ヘレナと一緒ではずっと留守番で、つまらないですわー!」
「仕方ないでしょ。コルネリアほど料理が上手くてフロアも回せる逸材は他にいないんだから」
「ぶぅ~」
「ごめんなさい。リサがもっとメイドとして役に立てていれば……」
駄々っ子のように頬を膨らませるコルネリアにリサが申し訳なさそうに頭を下げた。
「仕方ないですわねー? 役立たずのポンコツメイドとアニータちゃんに代わってわたくしが3人分働いてみせますわよ!」
「はい、よろしくお願いします。コルネリアさん」
「任せておきなさい! このわたくしがいれば万事解決ですわ。大船に乗ったつもりでいてくださいまし!」
機嫌を治したコルネリアが自信満々に胸を張る。まあ確かに、コルネリアが店で力を発揮するのは私も見ているし、戦闘は……見たことないけれど、少なくともヘレナと2人で店を回せるのは確かだった。
「じゃあ、後は頼んだわよ。リサ、アニータちゃん。くれぐれも気をつけてね」
「はいっ!」
「アニータちゃん言うなって……」
リサちゃんが元気良く返事をし、私は静かに答えた。
「それでは、明日の朝早速出発しましょう」
「了解。明日に備えて今日はゆっくり休むとするわ」
「わたくしも、お風呂に入ってさっぱりしたい気分ですわ。……あ、そうだ。アニータちゃん、あなたも一緒に入ります?」
「入るわけねえだろ!」
私が呆れながら答えると、何故かコルネリアは不敵な表情で胸を張る。
「あら? 遠慮しなくていいんですのよ? ……それとも、その貧相な身体でわたくしと一緒にお湯に浸かるのが恥ずかしいとか?」
「ぐぬぬ……お前も人のことは言えんだろうが……」
「冗談ですわ。あなたのようなガサツな女は好みではありませんし」
「あんだと!?」
「ふふん! 残念でしたわね! わたくし、これでも結構モテるんですのよ」
「うるせえ厨二アホ女!」
私は捨て台詞を残して部屋を出ると、階段を駆け下りてそのまま外へ出た。
外はもうすっかり暗くなっていた。空には星が瞬いている。私はため息をつくと、夜道を歩き始めた。
まったく、なんなんだあの小娘は!
あんな奴と組むくらいなら、一人で戦った方がマシだ。私のパートナーがクソ生意気なコルネリアじゃなくて、可愛いリサちゃんでよかった。
☆
家に帰ると、病気のお母さんにしばらく家を空けることを報告した。
「ごめんねお母さん。ちょっと仕事でしばらく王都から離れることになったんだ……大丈夫、すぐに帰ってくるから」
お母さんはベッドの中でうっすら微笑んでくれた。私はホッと安堵の溜息を漏らす。
「アニータ、あなた確か料理店に勤めてるって言ってたわよね?」
「うん……でもそれが普通の料理店じゃないっていうか……」
「あら、そうなの? アニータのことだから、てっきり普通の仕事に就いたのかと思ってたけど」
「まあ、いろいろあってさ……」
私の言葉を聞いたお母さんは不思議そうな顔をしていた。無理もない。王宮魔導師を辞めた私が怪しげな仕事に就いてしまったことを心配しているのだ。
「アニータ、身体だけは大切にするのよ」
「分かってるよ。……それより、お母さんの方こそ体調に気を付けて」
「お母さんのことはどうでもいいのよ。アニータが無理をしていないか、それだけが心配なの……アニータは昔から自分のことに無頓着だから」
「大丈夫だって。私、こう見えても頑丈だし」
「そうね。私じゃなくて、あの人に似たのかしら……」
そう言ってお母さんは遠い目をした。私が幼い時に死んだというお父さんの顔を思い浮かべているようだった。
「ごめんなさい。変なこと聞いちゃったわね」
「気にしないで。それよりも、本当に気をつけて行くんだよ」
「ありがとう。じゃあ明日の朝早くに発つから」
「分かったわ。行ってらっしゃい、アニータ」
「うん! 行ってくる!」




