第1話 そんなことをやるために王宮魔導師になったんじゃないのよぉ
「こんな簡単なこともできないなんて……アンタ王宮魔導師としての自覚が足りないんじゃないの?」
「……」
「なんとか言いなさいよこの役立たず! それともアタシの言葉が図星すぎて、そのお粗末なおつむじゃあ反論の言葉が出てこないのかしらぁ?」
黒いローブに身を包んだ先輩魔導師が私を小突きながら凄んでくる。いつもいつも声がデカいんだよそんなに大声出さなくても聞こえてるっての。あと唾飛ばすな気持ち悪い。
この後の展開を想像して私は笑いをこらえていたが、それを相手は唇を噛んで悔しがっているように見えたらしい。ほくそ笑む先輩魔導師。
「やる気ないなら辞めてもいいわよぉ? アンタの代わりはいくらでもいるし」
いい加減年増は黙っとれ! 説明不足のまま仕事を投げてきたそっちが悪いんだろ! やり方を聞いても教えてくれないし、こんなの虐めだよパワハラだぁ!
そいつの前に、私は懐から綺麗に折りたたんだ紙を取り出して、バンッ!と突きつけてやった。
「はい、じゃあ辞めます!」
「なんですって!?」
なんですってじゃねーよ。お前が辞めろって言ったんだろ。
先輩魔導師は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしていて面白かった。私はその顔を一生忘れないだろう。ていうかよく見るとこいつ気持ち悪いくらい化粧が濃いな。
「だから、退職します! 今までご指導ご鞭撻どうもありがとうございましたぁぁぁぁ! ──じゃあね!」
私は呆然とする先輩魔導師をその場に残して王宮を去ったのだった。
☆
魔法学校を首席で卒業した私が王宮魔導師として雇われたのは数ヶ月ほど前だった。研究室にこもってバリバリ魔法の研究をしたり、王国軍に従軍して魔物と戦ったりできると思っていた私に与えられた仕事は、①書類の整理、②先輩魔導師のお世話、③王族や偉い貴族へのご機嫌伺い、④王宮での催し物の手伝い、つまり雑用ばかりだった。
「そんなことをやるために王宮魔導師になったんじゃないのよぉ……」
私は駆け込んだ酒場で安物のビールを煽りながら店主相手に愚痴る。
「あらあら、それは大変だったわね~」
「そうなのよぉ……。もちろん最初の頃は出世のためだと思ってガマンしてたよ? でも、先輩魔導師のクソアマから無理難題押し付けられるわ、できないとキレられるわ、文句を言うと歯向かうなって怒鳴られるわ、散々ストレスのはけ口にされて、ある時プッツンとなにかが切れちゃったのよね」
後輩に雑用を押し付けて、自分はやりたい仕事や楽な仕事を次々とこなしていく先輩魔導師。そんな先輩魔導師は魔導師長に色目を遣って取り入っていたので、上からの評価も良かった。いつも叱られるのは私の役目だ。
「くっそぉ……アイツマジで地獄に落ちねぇかな……」
「昼間から飲み過ぎよお客さん」
「飲まなきゃやってらんねーっての。こちとら家には病気のお母さんがいんのよ。稼ぎなくなって明日からどーしよーって悩んでんの」
「それなら尚更ここで無駄遣いしない方が……」
「うるさーい! お前も私に指図しようっていうのかぁ!」
金髪で巨乳の優しそうな店主は、私のダル絡みに苦笑しながら付き合ってくれた。そして、ビールのおかわりを持ってきた店の若いメイドのドジでビールをぶっかけられそうになったり、銀髪の可愛い店員をナンパしようとして手に持っていたトレーで殴られたりしながら私はヤケ酒を続け、気づいたら寝てしまっていたらしい。
☆
「はっ、ここは誰私はどこ!?」
目が覚めると店内はすっかり静かになっており、店主は店の片付けをしていた。そして、私の隣にはナンパしようとした銀髪の少女が手にバケツを持って立っていた。
「おそようございますお客さま。これ以上寝ておられるようでしたらこの掃除に使った汚い汚水をぶっかけてやろうと思ってましたわ」
「やめなー! 仮にも私お客さまよ!?」
「お客さまだけの出血大サービスでございますわ」
「マジでやめなー!?」
酔いが覚めて、流石に迷惑をかけてしまって悪いと思った私は、銀髪の少女の頭の上にチップとして銀貨を乗せると、荷物を持って──
「荷物がない!」
「は?」
「私の荷物知らない? ここに置いておいた鞄! 私の大切な魔道具とか研究資料が入ってるの!」
「……いや、お客さまめちゃくちゃいびきかいて爆睡されていたので普通に置き引きされたのでは? この地区の治安の悪さナメないでくださいまし?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
改めて私は自分の不用心さを嘆いた。こんなポンコツだから変な先輩魔導師に虐められるし、ナンパは成功しないし、大切な荷物は盗まれるんだぁぁぁぁっ!
「頭の方は大丈夫ですのお客さま? あっ、最初からダメそうでしたわね」
「うわーん! もう帰るー! アニータちゃんおうちかえりゅぅぅぅ!」
「だからさっきから、片付けの邪魔ですわさっさと帰れこのクソ野郎と申し上げておりますわ?」
私はやたらと毒舌な銀髪の少女に尻を蹴られながら店を後にした。
夜中の路地に放り出された私はものすごく惨めだった。なにせ、地位も荷物もなにもかも失ってしまったのだから。
「いや、まだだ! 私にはまだこれがある!」
懐から取り出したのは魔法の杖。貧しい家に生まれた私のために、お母さんが少しずつ生活を切り詰めて貯金をして、魔法学校卒業の記念に買ってくれた一級品。これがあれば!
ピシャッ!! ゴロゴロゴロ!!
私が掲げた杖に雷が落ちたのと、夕立のような激しい雨が降ってきたのはほぼ同時だった。
しばらくそのままの姿勢で静止して、ずぶ濡れになりながら私は恐る恐る手に握っていた杖に視線を移すと……かつて杖だったものはボロボロの燃えカスのようになっていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁんお母さぁぁぁぁぁんっ!」
私が泣きながら帰宅したのは言うまでもない。
☆
号泣しながら全てを話すと、床に伏せっていたお母さんは優しい笑みを浮かべながら私の頭を撫でてくれた。
「それでも、アニータが無事でよかったよ」
「無事じゃないよ! もうメンタルがボロボロだよぉ……!」
「でも、アニータはこうやって生きてる。こうやって触れることができる。それだけでお母さんは嬉しいんだよ」
「おがあざぁぁぁぁぁんっ! ぐすっ!」
お母さんの優しさに触れて、私は涙が止まらなくなった。もう一生分の涙を出し尽くしただろう。少なくとも今日飲んだ酒の分は全て目から排出できたと思う。
そして、私は決意した。お母さんのためにも何とかして仕事を見つけなきゃって!




