99話 永遠を捧げる誓い
「まずは安達さんと初めて出会ったあの頃の話なんだけど……」
「……3年前の事かい?」
「そう。あの頃の俺は女性に興味なかった。昔から女性が嫌いだったから、会話すらまともにした事なかった。
もちろん会社では普通に対応してるけど、プライベートでは皆無。自分の恋愛対象がこの世にいるのかすら分からない程だったんだ。
……それが俺が立ち上げたあの合同プロジェクトで安達さんと出会ってから全てが変わった」
優しく……ふっと笑う結城。
瞳が揺れる。
「あのプロジェクトで山本の隣にいる貴女に挨拶したの……覚えてないよね?
あの時……あの日の君は今でも鮮明に覚えてる。
凛としていてなんの関心もなく素っ気ない態度で俺に挨拶をする君。
人生で初めての衝撃だった。心臓がうるさくて、目が離せなくて。……安達さん、君だけは特別だった。」
「……それはなんと言うか……申し訳ない……」
ごにょごにょとばつが悪そうに目線を逸らした。
「そうじゃない。言ったでしょ?俺の中で君はあの日から特別だった。
3年前のあの一瞬で、俺は君に恋をした……あれが一目惚れというやつなんだと思う。」
「えっ……一目惚れ!?」
驚く澪桜。
そんな事があるはずが……信じられない
だってそんな前から結城さんが私を好きだったなんて。
まして私なんかに一目惚れなんて
結城は愛しそうに微笑んだ。
「……うん。
だからね、安達さん。
俺は紹介された時から……“男”だったんだ。
貴女に好意を寄せるただの男、過去の男性達となんら変わらない。
むしろ告白もしないまま友達として近付こうとする、卑劣で最低な男だった。」
コーヒーに目を落とし、
揺れる湯気を見つめながら事の顛末を話し始める。
「初めの頃は、嬉しさや楽しさが勝って容易に恋する気持ちを隠せてた。
でも途中から……気持ちが変化してしまって。
抑える事が難しくなっていって
このままじゃ、安達さんを傷付けると思ったんだ」
理解できず澪桜は顔を見た。
「……気持ちが変わる?」
「片思いなのに……いつの間にか
貴女を愛してしまったから。」
結城は何かを諦めるように
寂しそうな顔で微笑んだ
「っ……!!」
一気に紅潮する澪桜。
結城は気付かず話を続ける。
「恋とは違う、重く強い感情にだんだんと抗えなくなって行って
嫌われたくなくて必死に隠そうとしました。この気持ちに蓋をして。
でも直ぐに……限界が来てしまった。
それが1週間前の……あの日。」
「……あの絵を見た時、本当に感動した。絵とは思えないくらい素晴らしかったから
それと同時にあの絵の中の俺の顔に絶望したんだ
安達さんを見る目が───欲で塗れていたから
だから……自分が君に何かするんじゃないかって、怖くなって距離を置こうとしてたんだ」
「……よく……分からないけど、あの絵が君を絵が不快にしたのは正しかったわけか。」
澪桜は俯いた。
結城は首を振る
「違うよ。言ったでしょ?欲に塗れた愚かで醜い……俺のせい。」
「……愚か?」
凡そ結城には似つかわしくない言葉
だって私の知る彼は聡明で優しくて、真摯な人
よく分からない顔をしていたら
それを理解した結城が噛み砕いて更に説明する
「貴女を愛し始めてから……衝動が信じられないほど大きくなっていったんだ。
君に対する……情欲……。
俺にとって性欲は……醜く愚かで……虚無なもの。
湧いてきたら静かに処理する。
ただそれだけの穢れた行為。
そんな下卑た気持ちを安達さんに向けるなんて……自分が耐えられなかった。
許せなかった。
あのまま傍にいたらきっと穢してしまう。それだけは……絶対したくなかった。
安達さんを守りたかった。
だから……自分の気持ちを制御できるまで少しだけ距離を置こうとしたんだ。
一生安達さんの傍で親友として生きるために。
どんな形でもいい。君の傍にいたかった。 」
そう言うと……悲しそうに笑う。
「軽蔑するよね。……ごめんなさい。愛してるだの言っておいて……こんな汚れた感情も向けるなんて───最低だ俺は」
苦しみや後悔を胸いっぱいに抱え
下を向いてまた泣きそうにしている弱々しい結城。
肩を揺らし、震えていた。
澪桜は言葉を失った
私の知らない所で
恋や愛を私よりずっと早くに理解した上で
この人はたった独りでずっと耐えてきたのか。
一体どれ程苦しんだのだろう
恋を知らなかった私に合わせてずっと親友でいてくれていたなんて。
自分と向き合い、私を思い、何も言えない辛さを抱えていたんだ。
そう考えただけで押し潰されそうなほど胸が痛くなった。
なんて……不器用な人だろう。
どれだけ優しいのだろう。
何もかも私を守るためだったなんて。
私は……嫌われてなんかなかった。
この人にずっと、ずっと大切にされていたんだ。
気のせいなんかじゃなかった。
愛した貴方にずっと……愛されていたんだ。
結城の言葉で理解した澪桜は
あの絵を見て欲しくなった。
私の愛した人はそんな人じゃない。
知って欲しくなった。
何も言わずスっと立ち上がる澪桜を
結城は不安げに目で追う
ゆっくり戻ってきた澪桜の手にはあの日のスケッチブック。
それをもう一度差し出した。
「……これ。今朝完成させたんだ。
明日から一人で生きていけるように、君を描き直したんだ。
もし良かったら、もう一度だけ見てみてくれるかい?
私の好きになった人が、愛した人が───
ここに居るから。」
「っ……愛した人……?」
結城は不安そうに恐る恐るスケッチブックを受け取った。
あの日完成してたはずの絵。
今更見たって
あの時の欲深な表情はちゃんと覚えてる。
半分諦めながらゆっくり開いた
「っ……!!!」
結城は目を見開いた
余りの光景に息をするのを忘れた。
「……こ……れ……」
震える唇で澪桜に目を向けた
優しく微笑んで彼女は頷く。
それが本物の貴方だよ。そんな風に。
もう一度絵に視線を戻す
まるで生きているかような……
今にも動き出しそうな俺がいた。
こちらに向かって心の底から優しく微笑む俺
ただただ純粋にその視線の先の女性を愛する男の姿。
普通の絵なんかじゃない。
模写なんかじゃない。
あの日の絵とは比べ物にならないほどの完成度。
絵心のない俺でも分かるほどに。
まるで安達さんの視界をそのまま再現したみたいだった。
絵の中の俺と目が合う。
俺こんな顔……してたんだ。
こんな幸せそうに笑ってたんだ。
こんな優しい顔してたんだ。
決して君を愛しすぎて苦しかった訳でも
欲に塗れて歪んでた訳でもなかった。
安達さんが愛してくれた俺。
こんな穏やかだったんだ。
胸がいっぱいになった。
絵を見ながら結城は震える声で澪桜に聞く
「……安達さん……俺…このまま君を愛してもいいのかな。そばにいていいのかな。もう、好きな気持ち我慢しなくていいのかな。」
「…もう我慢したり、私から離れたりしないでよ。そんなのやめてよ。嫌な事があったらすぐ言ってよ。些細なことでも隠したりしないで。……お願いだから。」
か弱い声。
結城が異変を感じて視線を上げると
澪桜が……泣いていた。
唇を震わせ耐えられなくなったように。
初めて見る泣き顔
「嫌われたって本気で思ってた。世界で一番大切だった君を……私が傷付けたって。不快にしたんだって。だからゆっくり離れていこうとしてるんだって。
だからこれ以上迷惑かけないように諦めようって自分に言い聞かせてた……。
でも……本当は明日が来るのが怖かった。君と会えなくなるのが怖かったっ……」
「ごめ……」
「そばにいて、どこにも行かないで。ずっと、一緒にいて欲しい。もう、一人になるのは……嫌だよ……寂しいよ」
弱々しく
本音を漏らし涙を拭う
澪桜の華奢な手を、
恐る恐るそっと触れた。
震える手で優しく包み込む。
泣かせてしまった後悔と、愛しさが結城の心を埋めつくした
結城の視界がまた
滲んでいく。
霞んでいく。
嗚咽が混じる。
「そばにいる……そばにいるよずっと。
もう二度と離れたりしない
もう二度と君を一人にしない。
絶対に、約束するよ。
安達さんが……許してくれるなら
永遠の愛を誓う。
俺の残りの人生を全て君に捧げるから……」
祈るように澪桜の手に額を乗せた




