96話 絶望へのカウントダウン
エントランスを抜けていく澪桜の背中を見送りながら
先程の澪桜の曇った表情と声色を聞き、一瞬感じた不安のせいで焦りに変わっていく。
(最後、明るく笑ってくれてたからきっと気のせいだ。大丈夫、まだ関係は保ててる。)
そう自分に言い聞かせ手元の重い弁当に目を向けた
愛しそうに撫でる
そして不甲斐ない自分にため息が出てしまう。
相変わらず俺は……
安達さんと距離を置いてる。
でも彼女を愛する気持ちは簡単には抑えられない。
大きくなり過ぎて制御が難しい。
早く……友達に戻らないと。
このままは絶対良くない。
それは頭で分かってるのに
焦れば焦るほど、上手くいかない。
俺の気持ちが落ち着くまで距離を置くつもりはあるのに、気付けば体が勝手に動く。
スマホを開けば
LINUを開いて文字を打ってしまう
"今日はどうでしたか?"
"体調くずしてないですか?"
"買い物とかありませんか?"
"安達さん、君に会いたい"
……打っては消してを繰り返す。
余計な事を書くと君が好きだってバレてしまいそうで。
もう文面を取り繕うことすら出来なくなってるから。
伝えたくて伝えたくて仕方ないから。
だけど君からのLINUは無視なんて出来ない。
したくない。
だからメッセージが来たら"はい"か"いいえ"だけでも必ず返した。
本当は電話だってしたい。
車の中で話だってしたい。だけど口を開けば愛を囁きそうになる。君を口説きそうになる。
嫌われたくなくて、会話すらまともにできなくなった。
それなのに君は……
変わらず毎日食事に誘ってくれる
俺は用事があると嘘をついていた。
行けばきっと何かしてしまう。
君に。
だから無理矢理我慢した。
君は少し悲しそうだった。
そんな君を見て胸が痛くなった。
……自分勝手だって分かってる。
こんなんじゃいつまでも俺はこの気持ちに蓋なんて出来ない。
むしろ……
離れたことで余計にでかくなってるぐらいだから。
そんな事を考えながら運転する。
気付くと職場に着いていた。
頭の中から安達さんが消えることは無い。
俺の心の深層まで深く君が広がっていく。
残業にはならないように的確に指示を出し淡々と仕事をこなしていく。
この矛盾だらけの自分勝手な気持ちをかき消すように。
現実から目を背けるように。
あっという間に夕方になり就業時間を終えてまたユリシスの前に到着した。
(……今日の弁当、やけに豪勢だったな。煮込みハンバーグにグラタン、野菜のバーニャカウダソース掛け、ラタトゥイユ……美味しかったって伝えるくらい……いいよな。)
弁当の事を思い出しただけで……
決意とは裏腹にどんどんと緩んでいく俺の自制。
君と話しがしたくて
連絡がとりたくて
声が聞きたくて
一緒に過ごしたくて仕方ない。
───買い出しくらい行ってもいいかな。……もう、こんなのやめてもいいかな。俺なにも蓋出来てないけど、君と過ごしていいかな。
襲わないって固く誓ったら親友に戻っていいかな。
……いや、やっぱだめだ。そんなの友達じゃない。
早くなんとか……戻らないと。
元の俺に───
エントランスから出て来る安達さんが見えた。
思わず笑顔になってしまう。
愛しくて……たまらない
目が合う
変わらない君の笑顔───
あれ……?様子が……
いつもと違う気がした。
泣きそうな顔……?
見間違いかと思ったら彼女は優しく笑った。
息を飲むほど綺麗な表情で……
「お疲れ様……結城さん」
俺の心を掴んで離さない君の微笑み
透き通る君の声。
その仕草
胸が高鳴った。
どうしようもない気持ちが一気に溢れる。
我慢しているせいで余計に。
───君を愛してる。
伝えられたら……どれだけ幸せなんだろう。
一生叶わない夢なのに。
心のどこかで未だに願ってしまう愚かな俺。
ねえ、安達さん。
俺は君が綺麗で眩しくて
辛いんだ。
こんな醜くて汚い俺がそばに居る事が申し訳なくなる。
でもごめん。
もう君を離せない。
誰にも渡さない。
だから……
どうにかして絶対に元の俺にもどるから。
すぐに親友に戻るから。
もう少しだけ俺のワガママに付き合ってほしい。
蓋なんて永遠に出来ない……本当はわかっているのに。
結城は矛盾する自分の気持ちに気付かないフリをした。
どこまでも自分勝手で卑怯な愚か者。
決してやってはいけなかった最悪の選択
この中途半端な行為が1番澪桜にとって残酷だとは気付きもせずに。
一呼吸置いて深く深く微笑む
「……お疲れ様です。安達さん」
甘く君を溶かすように
愛する気持ちを込めて囁いた
その笑顔で結城は澪桜をまた傷付けた───




