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社会不適合者の恋愛論  作者: 澄泉
第1章
94/117

94話 息吹



別れを決意した後、1人今まで感じたこともないほどの喪失感に襲われた。

不安で怖くて仕方ない。

自分の持つ彼へのその執着心が申し訳なくて

そんなもの、迷惑でしかないのに捨てられない自分が情けなくてずっと心の中で謝る


誰もいないたった1人の部屋中


いつも傍にいてくれた彼に。

彼が座っていた座椅子に向かって


結城さん。

好きになってごめんね。


何度も何度も想像してみる。

これから始まる長くて虚しいたった1人の人生を。


やっぱり……怖い。辛い。……淋しい。



ふと戸棚を見る

無意識に立ち上がり

戸棚のスケッチブックを手にした


ゆっくりと震える手で開く


あの日の結城が微笑んでいた。

ラフといえる薄いタッチで

とても儚く見えた


澪桜は優しく結城をなぞる


……そうだ、完成させよう。


“彼”が傍にいてくれたら……

生きていける……そんな気がした。


おもむろに時計を見た


19時……

お弁当作りを先にすれば出来る。

急いでおかずを作っていく。

手際よく


最後の……結城へのお弁当。

ぎっしりと心を込めて。


それに滅菌シートを乗せ冷蔵庫に入れた。


先に風呂に入り

寝る支度をしてから

21時、澪桜はあるポーチを取り出した。

年季の入った黒い布製のポーチ。

そしてスケッチブックに向き合う。


ポーチを開け、中身を全て取り出した。

中には2H~8Bまでの鉛筆が入っていた。

ひとつずつ丁寧にカッターで削り

左手の指に挟んでいく。


「……さあ、描くか。」


そう言って目を閉じた。

澪桜は一度目に焼き付けた景色は忘れない。


ゆっくりと深呼吸し

あの日の結城を呼び覚ます


まるで精密機器のように

物凄いスピードで鉛筆を滑らせていく

薄い色から順番に少しずつ。


尋常ではない集中力で淡々と進めていく。

まるでロジックを埋めるように。


あの日書いたのは澪桜からしたらただの”落書き”に過ぎない。

だから……10年振りに本気を出す。

"彼"と共に生きるため。

私だけの高校以来の最高傑作を……創り出す


何も食べず

何も飲まず

ただただ、鉛筆の滑る音だけが鳴り響く室内。


どんどんと浮かび上がる

肌のグラデーションが

髪の質感が

服の素材が

カーテンと光のコントラストが。


より鮮明に

より鮮やかに

あの日の結城周が……生まれ変わる


ふー……と一息をついた。

物凄い集中力で描いたため時間を忘れていた。

時計を見ると……


もう時刻は 朝6時半

鉛筆を滑らせていた手が筆圧で凹んでいた。

手とスケッチブックの間に挟ませていた紙を捨て


押し入れから

ホワイトと、フィキサチーフ(※鉛筆画を定着させるスプレー)を持ってくる。


陰影を付け描きあげた絵に

ホワイトで光を足していく

髪の毛、肌、背景

最後に……虹彩に光を入れた。


乾燥させた後フィキサチーフで絵を固定する。

どんどん鮮明になるデッサン。

結城に……命が宿る


朝の少しだけヒンヤリとした空気の中

澪桜の模写が完成した。

写真ではなく

澪桜の肉眼で見た景色。情景、温度をそのままの解像度で───


殺風景な部屋に

1人佇む男性。

そよそよと春の優しい風に揺れるカーテン

それに透ける昼下がりの西陽を浴びて

色素が薄く柔らかな髪が揺れキラキラと輝く

整った眉毛

長く量の多いまつ毛

切れ長なのに二重で幅の広い優しげな印象の瞳

光を受けて宝石のように輝く虹彩

筋の通ったシャープな鼻

薄く柔らかに弧を描く唇。


澪桜の為に微笑む彼はまるで

息をしているように鮮明で……余りにも美しい。


まるで目の前にいるかのような錯覚に陥る……

今にも動き出しそうで

呼びかけてくれそうで。

絵の中の彼と目が合った───

思わず呼吸を忘れる

胸が切なくて……苦しくて


ポタ


手の甲に水滴が落ちた

声にならない。

息が乱れ

涙が溢れる


「っ……周さん。」


名前を読んでしまう。

初めて呼ぶ下の名前。

優しく微笑む彼に縋るように

甘えるように。

嗚咽が走る


やっと、覚悟ができたよ。

ありがとう周さん。

あなたが勇気をくれるから

私はきっと生きていける。


あなたが微笑みかけてくれたら、なんだって乗り越えられる。

あなたさえ居れば何も怖くない。

だから一人で生きていこう。

……いや、君と……周さんと二人で生きていこう。


大丈夫、彼はどこにも行かない

ずっと傍にいてくれるから。

だから───


明日、”結城さん”に謝って理由を聞こう。

嫌われた理由が分かれば後悔が出来る。

後悔して、懺悔しながら生きていきたい。


罪という名で一生あなたに縛られて生きていきたい……

静かに涙を流し決意した。


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