91話 幻影
今日は1日、過密スケジュールだった。
午前中だけで3本の会議、午後は2本。
新しく抱えるプロジェクトは12件。
各企画の采配をしなくてはならない
自身も案件をこなさなくてはならない。
上に納得させなくてはならない事案もある
社員と取引先のトラブルによるクレームも対応しなくてはならない
今後そのようなことのないように育成する必要もある。
やることは山積みだった。
こめかみを指で抑える
「ふーーーー。」
次の会議で使う書類に確認がてら軽く目を通し
少しだけ窓を眺めた
薄ら雲のかかる晴天。
安達さんと美術館に行った日の空に似ている
少し穏やかな気持ちになった。
そっと資料に目線を戻す
手にはペン。
何となく回してみる。
人差し指と中指の間でしか回せなかった。
(安達さんは器用に指から指に移動させていたな)
ふと……ペンを見る目線が柔らかくなる
澪桜を想い先程の弁当を思い出す
俺が好きなおかずばかり入れてくれていた。
きんぴら
甘めの卵焼き
ほうれん草の胡麻和え
レンコンのはさみ揚げ。
黒米ごはん。
美味しくて
安達さんの味付けが
いつもの味が幸せで。
ずっと噛み締めていたかった。
ついでって言ってたから
きっと同じものを食べたんだろうな。
それだけで繋がってる気がして嬉しかった。
気付けば俺の生活の殆どが
安達さんとの思い出で溢れかえってる。
スラックスを少し上げ足首に目を落とす
アンクレットが鈍く光る
俺の宝物。
早くこの気持ちに蓋をして、また前の生活に戻ろう。
安達さん、またいっぱい話をしようね。
君にに話したいことが沢山あるんだよ。
一緒に行きたい場所も見つけたんだ。
君が好きそうなアジア雑貨屋さん。
君が喜びそうな盆栽の催事フェア。
隕石が購入できる宇宙博物館。
二人で泊まりがけで遊びに行こう。
有給を取るよ。
たくさん残ってるから。
夏はバカンスだって申請すれば取る事が出来る。
だから、色んなところに行こう。
いっぱい二人で思い出を作ろう。
歳をとった時に笑って思い出話に花を咲かせられるくらい、
二人で同じ時を生きよう。
腕時計に目を落とした
徐ろに書類を持ち立ち上がる。
そろそろ次の会議の時間、颯爽とフロアを歩いていく
「マネージャー、すみません。」
会議室に向かう途中で呼び止められた。
「はい。」
振り返って微笑む──────
目を見開いた
ハーフアップの濡鴉色の髪。
愛しい……安達さん……?
結城の視線が一気に柔らかくなり、これ以上ない程に甘い表情に変わった
「っ!!!えっと……ファイルの確認を……」
しどろもどろになる女性社員
手元のファイルを結城に差し出す
我に返り
視線を落とした
「あ、……ああ、はい。確認しますね」
目を通し
頷いて返した
「そのまま進めて頂いて結構ですよ。ありがとう」
「はいっ!!」
顔を真っ赤にして小走りで戻る後ろ姿。
つい、目で追ってしまった。
(バカか。安達さんがここにいるわけないだろ)
自分がどれだけ重症か理解して
鼻で嗤った
情けない。
こんなに愛してるのに
告白すら出来ないなんて。
自分が卑怯でかっこ悪すぎて吐き気がした。
会議室に入る
無機質な部屋に
微かに香る芳香剤
プロジェクターに映し出されるグラフと進行役の声
もし俺がこの仕事を辞めたら。
安達さんの会社に入れたら
ずっと一緒にいられるのかな。
朝も、昼も、夜も。
資金なら資産運用をもっと本格的にすれば問題ないだろう。
なんなら安達さんを連れて故郷に行ってもいい。
彼女といられるならどこでだって生きていける。
「ここの推移ですが───」
進んでいく会議
滞りなく順調に。
提案を出し、的確に指示する結城
一気に現実に引き戻された。
馬鹿な妄想。
有り得ない夢
でもきっと楽しい。
幸せだろうな。
君とずっと一緒に過ごす未来は
そう思いながら書類に目を落とした。
帰ったら……安達さんに貰った石鹸。
開けてみよう。
マイソールサンダル。
君のお気に入りの石鹸。
まだ大丈夫、きっと君の香りに包まれてる間にだけは心が落ち着くはずだから。




