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社会不適合者の恋愛論  作者: 澄泉
第1章
86/118

86話 夢



ゴクッ……

喉仏が動く


澪桜は鼻歌を歌いながら……鋭い視線で結城を見つめる

こんなに直視されたのは初めてだった。

視線が泳ぐ


「緊張しなくていいよ。いつも通り話してて?」


(いやっ!!無理だから!!安達さんの目線がっっっこんなの緊張しない方がおかしいよ!)


「なっ……何話すっ?」


しどろもどろになりながらも必死に答えた

ガチガチの結城を見て堪らず笑い出す澪桜

思わず声が裏返った


「あはははははははは!!!そんなんじゃいつまで経っても描き始められないよ!?生まれて初めて写真機で撮影された人か!?生気を吸い取られるぅぅぅ」


バンバンとちゃぶ台を叩きながら悶え苦しむようなリアクションをする澪桜

結城の顔がどんどん完熟トマトになっていく。


「だって!!こんな人に見つめられる事ないもん!俺は明治時代の人間じゃない!」


真っ赤になりつつもそこはちゃんとツッコむ。


「嘘つけ!しょっちゅうあるだろ!?この顔面凶器が!」


「ないよ!!顔面凶器て俺はプロレスラーか!!失礼!この人めっちゃ失礼!!!」


「……フフフン♪事実を言ったまでさぁ〜」


やいやい言ってるうちに緊張が解れてくる結城

ふと、目の前の楽しそうに揺れる澪桜に聞いてみた


「ねぇ、安達さんていつから絵を描くようになったの?」


「……本格的には……中学の頃からかな。自分にも出来ることが1つあったんだって気付いたのが確かその頃。

団体競技も、楽器も、語学も人並み以下だった私、唯一の特技。

数学は好きだけど公式の理屈が分からないと先に進めないし、化学も生物も好きだけど脱線する。……だからね。」


サラッと軽く自分を下げる癖

それが切ない。

君は今までどんな人生を歩んできたんだろう。

俺は君をこんなに尊敬してるのに


そう思いながら柔らかな声で話を続ける


「そっか。……安達さんが今まで描いてきた中で最高傑作だなって思える絵ってあるの?」


ふと、気になった

こんなに精密に描ける彼女の最高傑作ってどんなものなのだろうと。


目を瞑り微笑んで

しばらくしてから話し出した


「……私が高校3年の時、授業で『夢』というタイトルの絵を描けと言われてね。私は抽象画、印象画は描けない。3学期全てを使って油絵にする話だったんだけど

なかなか進められなくて。そんな時に……夢を見たんだ」


「……夢?」


「広大な草原、心地よい風が肌を包む。色鮮やかな空。少しずつ夕闇が広がっていく……赤紫から濃い青へと。そんななか、1本の楓の木が丘に生えてるんだ。

自分は美しい。そう理解してるように。黄色から深紅まで色を染めた葉っぱをこれでもかってくらい付けて揺らしているの。

ヒラヒラと風に舞い私の頬を優しく霞む」


夢の話とは……思えないほど

詳しく鮮明に語る澪桜に

目を奪われる


切なそうに澪桜は続けた


「この世の物とは思えないほど美しくて……息を飲むとはこの事だと感じたよ。目に映る景色全ての色が……相容れないのに美しくて、儚い。

すると遠くでアラームが聞こえた。これは夢だって自覚したら勿体なくて、目を覚ましたくなくて。

永遠にここに居たいとすら願った。

だからね……必死で覚えたんだ。目に焼き付けた。その時の夢の景色を」


「それを……描いたの?」


「そう。下描きの段階で、先生から香港の美術館に寄贈する打診が来ていた。……美大に進む為の推薦も書いてくれる、そう言われたよ。……でも、私はそれを断った」


「どうして?」


「その絵だけは、失いたくなかった。私だけの世界。

一生でたった一度だけの美しい夢。

それを寄贈したらきっと後悔する。だからキャンバスは持ち帰り、授業では違う物を提出したんだよ。もうどんな絵だったかは覚えてないけどね。」


「……そうだったんだね。君はすごいよ。その歳でそんな選択、なかなか出来ることじゃない。」


「……そんなことないよ。卒業までに仕上げたくて、毎晩実家の自室で窓全開にして凍えながら着色した。油絵だからね。なかなか乾かないんだ

そして、私が着色できたのはその1枚だけ。

きっとあの時、打診を受け後から自分用にレプリカを描いたとしても多分着色は出来なかった。だから受けなくて良かったと心から思ってるよ」


「すごいね。……どのくらいかかったの?」


「3ヶ月。私が上京する時に間に合ったのは奇跡だったよ」


「それ、今もある?」


「あるよ。湿度に注意して保管してある」


「……誰かに見せたことはあるの?」


「いや、あれは私だけの物。誰にも見せた事はないよ。……家族すら見てない」


澪桜は静かに答えた。

結城は何故かそれ以上……触れてはいけない気がした。


「……とても素晴らしい絵なんだろうね。想像がつかないよ」


踏み込み過ぎないように……肯定だけした。


すると澪桜は目を開き……何かを思うように優しく口を開く


「君には……そうだね……。いつか見せる時が来るかもしれない」


結城は止まる

それは拒否ではなく

未来の……可能性。

俺だけに許される可能性。


『君だけは特別』

確実に今そう言われた。

気がしたんじゃない。

これは確定だ……


それを確信した途端、体にまた電気が走った


色んな……欲が顔を出す


嬉しくて……

切なくて

愛してるって伝えたくて


安達さんの頬に触れてみたくて

その華奢い腰を引き寄せてみたくて

あの声をまた聞きたくて。


君を乱して……よがらせてみたい───

俺だけが見られる君の美しい姿。


独占欲が……顔を出す


親友でいないといけないのに。

愛が体と心を蝕み……俺の理性ではもう制御出来なくなってきてる……


必死で全てを飲み込み

結城は澪桜にそっと優しく微笑んだ

これ以上無いほどの愛を君に向けて。


「…………うん。その日が来るの楽しみにしてるよ」


心からそう思った。

見せてくれなくてもいい。

でもずっとそばにいよう。


君が愛しくて堪らないんだ。

そう幸せを噛み締めながら。



澪桜の空気が……変わる。

クルクルっとシャーペンを回し

一気にスケッチブックに目線を落とし描き始める。

そこからは……一切結城を見なくなった。



異様な雰囲気に結城は息を飲む


「……え?もう、見なくていいの?」


「もう大丈夫だよ。楽にしてて。席を立ってもいいし、スマホ見ててもいいよ。ただ、少しだけ時間を頂戴。クロッキーではなく、もう少し精密にするから。……まぁ、結城さん暇になっちゃうからそんな待たせられないし、とりあえず2時間てとこかな。いい?時間大丈夫?」


「全然いいよ!というか……すごいね。見ないで描けるんだ」


「……いい構図は今、頂いたからね。」


そう言いながらもシャーペンは止まらない。


シャッシャと響く音。

楽しそうに絵を描く澪桜

それを愛しそうに見つめる結城。


穏やかで

永遠とも思える二人だけの静かな時が過ぎていった。



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