78話 故郷が恋しい
「ぬあああ……ラーメン、ラーメンが……食べたいぃぃぃ」
家に帰り着いた途端、澪桜はちゃぶ台にぺたりと座り込んだ。
「かっ……かわ」
何かを言いかける結城。
咄嗟に両手で口を塞ぐ。
「んん? ……あ、そういえば結城さん、君はラーメンだと何味を食べるって言ってたっけ?」
「え? ……俺は醤油か味噌」
いつもの座椅子によっこいしょと言いながら胡座をかいて座る。
ワナワナと震え始めた澪桜は思いっきり仰け反った。
「そんなものラーメンじゃねぇぇぇぇぇえ!!! うどんだよォォォォォォ(※澪桜個人の意見です)」
ちゃぶ台に頭をグリグリと擦り付け否定した。
「そんな事ないよ! 美味しいよ!!! 安達さん食べた事ある? 東京の老舗のラーメン屋!」
少しの沈黙の後、口を尖らせたまま、澪桜は呟いた。
「……ない」
「ほーらー!!! 食べた事も無いのに、偏見で物事決めつけないの!」
結城に怒られる。
正論すぎるが、必死に食い下がった。
「だって食べたいんだよぉぉぉ。お母さんから電話かかってきたあの日からずっと……豚骨ラーメンがぁぁぁ。ドッロドロのクッサイやつ!!
喉の奥の私が必死に拒否するような危ないヤツ」
結城はそれを聞いてドン引きする。
「それ……産業廃棄物なんじゃない? 食べ物じゃないよ絶対。(※結城個人の感想です)」
すごい辛辣。
「失礼なぁぁ! 1度食べたら癖になるよ!? 戻れないよ!? 後戻り出来なくなるよ!? 致死的なあれだよ!?」
布教しまくる澪桜だが、プレゼンが下手過ぎる。
でもその必死さがおかしくて、周はクスクスと肩を揺らしながら微笑んだ。
「……そんなラーメン食べたいなら今から行こ? 連れてってあげる。でもそのくっさいのは嫌。美味しいのしか無理」
布教は失敗。
澪桜は妥協点を探し始めた。
「じ……じゃあさ、濃さを調整できるニュートラルなチェーン店的な豚骨ラーメンならどう??」
それを聞いて少し思案する結城。
「……それなら考えなくもないかな」
パァァァァっと明るくなる澪桜。
思わず結城は動揺して目を逸らした。
眩しい。可愛い。
可愛すぎるっっ!!
「やったぁぁぁぁ! じゃあ行こ! 二乱行こ」
「え? なに? 2ラン??」
二乱は老舗のチェーン店で九州でも割と有名どころ。
ディスカウントショップでもインスタント麺を売ってる程のスタンダードな店だ。
勢いよくガバッと立ち上がり結城の裾を引っ張った。
「ちょ、分かった、分かったから!」
スーツをグイグイ伸ばされながらリードに繋がれた犬状態で外に出た。
ウキウキと嬉しそうに歩く澪桜に寄り添ってついて行く。
付き合ってもない異性とニンニクの効いたラーメンなんてタブー以外の何物でもないが、二人にとっては平常運転。
日頃からニンニクが効いたものばっか作って食べてるから。
「ラーメンラーメン♪」
「そんな久しぶりなの?」
袖を引っ張られているのだか、なんだか手を繋いでる見たいで嬉しい結城は、頬を綻ばせながら聞いた。
「うん! お店で食べるの何年ぶりかなぁ」
顎を擦りながら記憶を探る澪桜。
結城は思わずギョッとする。
「え!? そんなに!?」
「なかなか行かないよ。ラーメン屋ってさ、私みたいな猫舌が行くにはハードルが高いんだよ。食べるの遅いしさ」
そう、澪桜は猫舌。
ラーメンなんて熱い食べ物早く食べられない。
しかも食べるのも遅い。
最近一緒に夕飯をともにしてきた結城は、心の底から納得した。
「確かにね。……カウンターしか無いとこ多いし、回転率高いから急かされる感あるしね」
「そうなんだよぉ! ぬるいラーメン作って欲しいよ!!」
「それは美味しくないでしょうよ」
「いや美味しいよ! ぬーメン!」
「なんだその売れなさそうな食べ物は」
冷静に突っ込みながら澪桜を車に乗せる。
「二乱二乱! にーらーんー」
ピッピッピッと
手馴れた手つきで結城の車のナビを扱う。
その様子に満足気に微笑みながらシートベルトを締めた。
この車を買ったのは3年前。
まだ知り合ってもない澪桜を乗せる前提で乗り心地と機能性を重視して選んだハイクラスのEV。
そして今彼女がナビを自分の車のように操作している。
それが結城にとって何よりの至福だった。
はたから見たら頭がおかしいかもしれない。
だがそのくらい結城は澪桜に人生を賭けていた。
「あった? どこ?」
「〇〇店。ここから10分だって!」
「了解! じゃあ行きますか。……初豚骨だなぁー。俺食えるかな」
楽しみのような不安のような
結城はそんな顔をする。
澪桜はニコニコしながら饒舌に答えた。
「大丈夫だよ! 豚骨ラーメンなんて君の顔には全く似合わないけど、私と味覚は似てるからきっと気に入るよ! 顔には似合わないけど!」
「なんかムカつく! 繰り返すな!」
「結城さんと豚骨ラーメン……ぶふっ! 明日山本さんに───」
「別に言わなくていい!! だからどうしたって話だろ!?」
そんなやり取りをしながら車は発進する。
滑らかな走りで、音もなく二人を運んで行った。




