77話 飢えた狼
いつものようにユリシスの近くに車を止めハザードをたいて待つ結城
助手席側にもたれかかり、腕を組んで足を交差させて
澪桜が出てくるはずのエントランス側を今か今かと凝視していた
すると高身長の9等身ほどありそうな女性が出てくる
───澪桜だ。
自然に綻ぶ頬
愛しそうに澪桜を見つめる
「……お疲れ様です。安達さん」
いつもの台詞───
澪桜も同じように返す
「お疲れ様、結城さん。」
当たり前のようにエスコートし、前と変わらず助手席のドアを開け澪桜を誘導する。
チャラっと見えた眩い輝き
……俺があげたネックレス。付けてくれてる───
その事実が堪らなく嬉しい
ホッと安心する気持ちと
高揚感を覚えた
澪桜は車に乗り込み
シートベルトをした後自身のネックレスに触れる
夕方にも関わらず輝きが衰えることのないダイヤモンド。
澪桜は眉を顰めた
「これ、やっぱ私には分不相応な気がする」
鏡で見ながらポツリと呟く
「そんなことない!!安達さん以外に似合う人なんていませんよ!」
断言する結城
今更返品されては困る。
もちろん色んな意味で
澪桜はネックレスを見つめながらぽそっと呟いた
カールした長く濃いまつ毛が目の下に影を作る
「……でも本当に綺麗。今日鏡で見る度に思っていたよ」
ドクッ
結城の胸が軋む
その仕草
その表情
君の全てが美しい。
ダイヤモンドなんかより───
「良かった。気に入ってない訳ではないんだよね?」
取り繕うように目線を外して言う
「それは無いよ。こんな素晴らしいカットのインクルージョンの少ない石、気に入らないわけは無い。ただ、申し訳なく思っただけだよ。だってパライバも貰ってるのに」
「あれはオマケだよ。毎日つけて欲しいからね」
「オマケて。どんな金銭感覚なんだよ」
「んー?レシート捨てたし金額知らないからわかんない☆」
またてへぺろっとイタズラな顔をした
澪桜は困ったように笑う
「ったく。その顔この間から何なんだい?マジで変だよそれ。」
「心外だっ!おちゃめに言ったのに!」
「おちゃめでは無い!変顔だ!!」
しょうもないいつもの掛け合い。
2人の休息の時間。
癒しの一時
大切な親友としての空気……
2人が失いたくないもの。
お互い声には出さない。
でもずっとこの一時が続けばいいのにと
シンクロするように思っていた。
家に近づくタイミングで澪桜が思い出したように
口を開く
「そおいえばさぁ、結城さん下の名前ってなんて書くの?漢字。」
「んー?周りってかくよ。周辺の周。なんで?」
「いや、今更なのに知らなかったから私。へぇ……周って書いてあまねって読むんだ。登録しておこう」
少し……くすぐったくなる結城
一瞬名前を呼んでもらえた気がした
「変な名前でしょ?子供の頃よくイジメられたよ。女みたいな名前だからオカマ!とか言われてさ。」
髪をかきあげサラッと事実を笑って言った
気にも止めてないように
「えー!?カッコイイじゃないか!いい名前だと思ったよ。……その虐めたやつはあれだね、完全に妬みだね。」
うんうんと、そのいじめっ子を勝手に憐れむ澪桜
それを見て結城は笑う
「それはないよ。……安達さんは?下の名前、漢字どう書くの?」
みお……とは知っている。でも漢字は結城も知らなかった。
「私のはね、氵に零と、桜って書くよ。……完全に名前負けだよ」
ははんと鼻で笑った
「氵に零に桜……それで”みお”か。美しい名前だね。名前負けなんかじゃないよ。とても良く似合ってる」
車を駐車場に停め
優しく澪桜を見つめる
澪桜は照れくさそうに言った
「……親からは思ってたのと違うと物凄く言われたけどね。特に母親からね。乙女力0だからね、私は」
乙女力……何故か納得してしまう結城。
いや、そんなことないと言うべきところなのに。
笑ってしまった
「それが個性でしょ。」
そして全くフォローにならない一言
「そこはそんなことないって言えよ!!!
いつもの優しさはどこに行った!?海外か!?」
「……今ノルウェーにいます。」
「遠い!!時差がすごい!!!」
クスクス笑う結城に腹を立てる澪桜
おちょくられることが最近多くてやるせない
なまじ頭の回転が早いせいか
口で言い負かせない
「ほら、早く行こ。ちゃんと女の子らしいっていつも思ってるってば。」
そう慰めるように言った
本心を透かしながら
「やめて!同情はやめて!」
オヨヨと泣いたふりをしながら車を降りる
駐車場を出て
澪桜に寄り添いながら歩く。
彼女との距離が何故か前より近くに感じた。
この本心が届くようで届かない距離感。
でも伝えられるだけで嬉しい。
俺の気持ちがバレてしまったら……君はきっと俺を遠ざけてしまうだろうから。
気持ち悪いよね……友達のフリして愛を囁き
独占欲をむき出しにするそんな男は。
分かってる。
でも俺は君から一生離れられない───
君にふしだらな気持ちを向ける男は許せない。
もちろんこの俺も。
だから一生隠し通すんだ。
親友という皮を被ったまま。
安達さん、純粋で美しい君を穢そうとするものは何人たりとも許さない。
近付けさせない。
ネックレスは俺が傍にいない間のお守り。
俺が一生君を守る。
何度も何度も同じ事を自分に言い聞かせる。
暗示をかけるように
ループするように
君に誓うように……
そうでもしないと
衝動に駆られ
理性を失った俺は
きっと簡単に一線を超えてしまうから。
俺は飢えた狼
君は善良な羊
相容れない存在。
そんな君に恋をした。
愛した。
だから俺は一生君のそばで飢えたまま死にたいんだ。




