75話 結城周という男
株式会社ユリシス
応接室
そこに脚を組んで座る、いかにも神経質そうな眼鏡の男性
緩めのオールバックに固定されたウエットヘア
全て計算されているかのような毛束感。
彼が動く度に、尖った柑橘系の香水が漂う
(……ぐっ……匂いが……ライムとシダーウッドが強すぎる)
鼻の効く澪桜は相手に悟られない程度に顔を歪めながらお茶を出した
「それで……林さんは?」
男性が口を開く
「申し訳ございません。外出中でして……代わりに副担当の私が承ります。」
男性は口角を上げ顔を不気味に歪める
「それはそれは。では安達さん、先日の取引内容の確認なのですが……折り入ってご相談が───」
前置きもなく、話を進めていく
澪桜は都度メモを取り確認していく。
もちろん取りこぼしの無いようにボイスメモも。
それから2時間半
男性はやっと帰っていく
「おっと……長居してしまいまして申し訳ございませんでした。安達さん、これからも御社と契約を継続していく為に、柔軟なご対応と誠意ある判断をどうかよろしくお願いいたしますね。」
この男の会社は……ユリシスより大手の会社。
今回の林という男が取ってきた大手柄。うちの会社にとっても重要なものとなりうる契約だった。
その為課長からも例えアポなしで来たとしてもタダで返すような失礼な真似だけはするな。機嫌を害するなと口を酸っぱくしていわれていた。
「上のものと打ち合わせ、御社のご希望になるべく添えるよう尽力させて頂きます。こちらこそ引き続きよろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げる
キツイ柑橘の香り
鼻が……もげそうだ。
ハンッと澪桜を見下したように鼻で笑う男性はゆっくりと応接室を出ていく
するとゆっくり、こちらに振り返った
「……安達さん、僕は優良株でね。引き止めておくにこ越したことはありませんよ?
……その点をよく考慮されてください。貴女にとっても悪い話じゃないはずです。」
意味深に笑う男性
笑顔が……納豆のように粘り気がある。
全く意味が分からない。
澪桜は顔を引き攣らせながらも一応笑う
「……?……はい?」
失礼があってはならないので無難に返した
エレベーターまで見送りお辞儀をした後
デスクに戻ろうとした。
すると山本がやって来た
「……西園寺さん、なんて?」
「……いつもの通りです。契約内容の確認と提案だと聞きましたが……回りくどく長々と話した後、変えたのはたったの4文字。しかも契約内容ほぼ関係ないものでした。……あれは……多分価格交渉ではありませんか?まだ本契約にはなっておりませんから。」
澪桜が可能性を示唆した
山本は頭をかきながら答える
「……かもな。だって契約取り付けてから何回目だあの人来たの」
「……もう4回目です。」
「……しかも毎回担当の林が居ない時に限ってな。……はぁめんどくせぇ」
ため息をつく山本
澪桜は視線を向ける
「林さんにあちらの会社に出向くよう伝えた方がいいのではないですか?」
「……それが出向いてるらしいぞ?あいつ。しかもアポ取って」
呆気にとられる
「はあああああ?どうゆう事です?」
「分からねぇよ。だから困ってるんだ。というかなんで毎回お前が一人で対応してんの?」
「……課長に言われました。失礼の無いようにと。」
「なんだそれ。今どき女使って何やってるあの人は……」
イライラした顔をする
「次から俺に取り次げ。埒が明かないからな。いいか?西園寺さん来たら内線で俺に繋ぐように受付に言っとけ。それでも課長になんか言われたら俺のせいにしていい。」
「……分かりました。なんか今日すごく上司っぽいですね!見直しそうです!無理ですが!」
辛辣な事をキラキラとした目で言った
「……お前本当……両目潰すぞ」
山本はニヤッと笑いながら血管を浮き立たせた
就業時間が終わる
腕を伸ばしながらデスクに戻り片付け始める
すると今日初めて松井と目が合う。
お互いスケジュールが合わず今日は1日すれ違いだった。
「あーー!なにそれ!?可愛い!」
寄ってくる松井
澪桜は目を泳がせながら頭を搔く
「さすが目ざといね……沙也加ちゃんは」
「これ……どうしたんですか!?まさか……」
澪桜の胸元に揺れる美しいダイヤモンドの一点留ネックレス。
サイズはフォーマルにピッタリな控えめな大きさ。
ただ輝きが桁違いだった。
松井の感は鋭い……いや、目ざとい
(すごい。これ一体いくらするの!?)
おずおずと返事する澪桜
「……誕生日プレゼントに貰った……」
すると花を咲かせたように輝く松井の表情
……びっくりするほど……可愛い。
こりゃ男の人だったら一溜りもないわ。
私なら落ちる
うんうんと1人納得する澪桜にグイグイ聞いてくる。
「とうとう……付き合うことになったんですね!?」
それを聞き、首を振る
「だから、友達なんだって。友達としてプレゼント貰っただけ。結城さんは私をそんなふうに見てないよ。」
そう言って帰る支度をする
唖然とする松井を他所に
「え……!?それはっ嘘ですよ!!だって───」
松井は必死に伝えようとした。
真実を
「松井。」
バッと声がした方向を向く
山本だった。
静かに首を振る
「じゃ、もう下で待ってるっぽいから先に失礼するね。お疲れ様」
そう言ってそそくさとデスクを後にした。
澪桜はいつも通り。
何も変わらない
颯爽と帰っていく澪桜を見送り……悔しそうな顔をする松井に近づく。
山本も帰る支度を済ませた後だった。
松井は歯がゆそうにデスクを片付ける。
「……なんなんですか……結城さんって!」
「……なにが。」
「……なんでっ……澪桜先輩に告白しないんですか!?」
山本はため息をつく
「……それは周の自由だろ」
その通りだ。でも……
「あんなっ……高価なプレゼント渡して……毎日迎えに来て……甘い雰囲気全面に出してっ……
優しい声で囁いて……
澪桜先輩を逃げられないほど包み込んでおいて……なにが友達ですか!?
……卑怯ですよ。最低ですよ!!女を……澪桜先輩をなんだと思ってるんですか!?」
泣きそうな声が聞こえる。
松井は俯いたままデスクを片付けているから分からない。
山本は敢えて目線を外す
「……親友なんだってよ。」
「……だからっそれ!なんなんですか!?男なら男らしくさっさと告白すればいい!
……結城さんに言ってください!!告白すらするつもりないなら澪桜先輩から手を引けって!!!」
鞄を握る手に……力が入る
何かを澪桜と重ねているように感情が籠る
「すまん。それは無理だな」
あっさりと断られた
「どうしてですかっ……!?」
涙を貯めた瞳で初めて見上げた
戸惑う山本
「……泣くなよ」
「泣いてません!!」
ティッシュで目元を押さえた
「気持ちは分かるよ。でもな、周も必死なんだよ。あいつにとっては初恋。いや、人生で最初で最後の恋。簡単に告白出来てりゃ世話ねぇよ」
「……なんで?……振られたってまた何度も告白すればっ」
山本は以前結城と電話した時の事を思い出す。
気付かぬまま澪桜を愛してしまっていた結城を───
「普通はな。でもあいつには無理だろう。もし万が一安達から拒否されたら……あいつの世界は、人生は終わる。
周は必ず壊れてしまう。
……俺ぁ親友が壊れるとこなんか見たくねぇのよ。
だから安達には悪いけど何も言えねぇ。」
「男ってなんでそんな卑怯なんですか?」
「男女関係なく……そうゆうもんなの。確証も無しに告白なんか簡単に出来ねぇよ。誰だってな」
そう言ってタバコを出す
ここは禁煙
思い直してまたポケットに戻した
「自分勝手ですよ。そんなの」
「……そうだよ。でもそれで自分をギリギリ保ってる。あいつはね」
「私、結城さん……嫌いです。」
「……クックッ……あいつ喜ぶよ。そんな女なかなかいねぇから」
頭をポンッと優しく頭に手を乗せた。
「……セクハラです。係長」
「あああああああ。やりにきぃ。」
山本の嘆きが響く




