65話 毛の生えた歩く石鹸
2人は色んなお土産を買いホクホクとした気持ちで帰りのドライブを楽しんでいた
「楽しかったね! 今日は本当にありがとう!」
「こちらこそ。こんな良いもの貰ってしまって……俺誕生日でも無いのに」
そう言って眉を下げた。
「日頃の感謝の気持ちだよぉ。気にするな!」
そう言って親指を立てる。
ものすごく反り返った澪桜の親指
結城はフッと笑って親指を立てて澪桜の親指に重ねる。
「……おう。ありがとな、親友」
「……おう!!」
ニッコニコと澪桜は頬を綻ばせる。
その笑顔に呼応するように、結城も目を細めた。
だが、どこか落ち着きがない様子で。
「……この後に及んで、めっちゃかっこ悪い提案してもいい?」
「ん? なにそれ? なんだい??」
ペットボトルのミルクティーの蓋を締めながら澪桜が答える
「安達さんの……アンクレット。俺があげたい」
「……え? もう買っちゃったよ」
至極真っ当な返しだ。
それでも、結城は今は食い下がるしかない。
「ぐっ……そうなんだけどさ……俺に支払いさせてくれないかな」
「何でだい?? いいよ、別に。私も欲しかっただけだから」
はははと笑いながら何の気なしに澪桜は手を振る。
「俺があげる形にしたいんだよぉ……」
しょげる大型犬。
「……ふふ。わかったわかった。じゃあお願いするよ。
ありがとう、結城さん」
眉を下げて笑う澪桜。
それを見て余計に惨めになる結城は、行き場のない気持ちの矛先を変えた。
「クソッ!!! やっぱあの時店から出るんじゃなかった!!! あの野郎に煽られたせいでっ!! あんのカス店員がぁぁぁ!!」
いつもは、なりを潜めている毒舌がこんにちはする。
「? ……いい店員さんだったじゃないか? あんなオシャレに梱包してくれたし、元々東京に住んでたらしいんだけど、箱根に魅せられてからはご家族で住んでるんだって。42歳でお子さん2人いるらしいよ」
ギョッとする結城。
「いつの間にそんな話してたの!? てか、なんでそんな仲良くなってんの!?」
「いやぁ、出る前に良い品ばっか扱ってますねぇって話したらテンション上がったみたいで色々話してくれたんだよ。凄いよね! 見えない! 凄く若く見えた。しかも生活感ないのにパパ! ワイルドでミステリアスなパパ! カッコイイ!!」
ものすごく饒舌にあの店員を褒める。
こんなことはとても珍しい。
(安達さんは滅多に人を褒めたりしないのに……どうして?)
結城の嫉妬心に火がつく。
「っ!!! たっ……確かに42には見えなかったけど……だからって別にカッコ良くなかったでしょ!? 顔だって……ほら……普通だったし!!」
フンッと鼻を鳴らした。
(俺は!? 俺はどうなの!?)
あの店員と比べられている気がして腹が立つ。
「えー? かっこよかったよ。ワイルドというか……ほら、焚き火でグルグル回して焼いた骨付きのマンガ肉を両手で持ってガブッ!! と食べそうな感じ」
「マンガ肉て。そしてどんなシチュエーションだよそれ。……安達さんのカッコイイ基準が全く分からない」
「それとか……ファイアスターターでボっ!! と火をつけてナタとか持ってサバイバルしてそうな……そんな感じ! カッコイイじゃないか!!」
「ファイアスターターとナター!!何なのその限定的なシチュエーション!?変だよ!」
ムカつくのになんか面白い想像ばっかする澪桜に笑いそうになる。
「えーー?? そうかなぁ?? んーーー」
悩む彼女を見て
またモヤモヤし始めた。
周の心の中が澪桜の言動で激しく揺れ動く。
「そんなあの男が好みだったの?」
確かに……結城から見てもモテそうな男だった。
しかも42歳なんて見えなかったし、生活感も全く無かった。
ミステリアスな大人の色気を感じたのは……確かだ。
『ボーっとしてたら誰かに盗られちゃうよ?』
店員に言われた言葉をつい、反芻してしまう。
(そんな事言われなくても、俺が一番分かってんだよ)
沈黙する結城を気にするように、澪桜の声が優しく耳に届いた。
「……好みとかそんなんじゃないよ。どうしたんだい? 急に」
「……だって。ずっと褒めるから。あーゆータイプが好みなのかって」
ハッとした時にはもう口をついていた。
結城の本音。
澪桜は少し考えたあと、笑って言った。
「……男っぽいなとは思ったよ。ロン毛なのに。顔はよく覚えてないよ。でも雰囲気がカッコイイというか……男臭いというか。そんな感じ。個人の好みで言ったわけじゃないよ?」
慰めるように諭されて、気遣ってるのが伝わってきた結城は、つい唇を噛みしめてしまった。
澪桜の気遣いが、余計に結城を惨めにさせる。
一つ深い息を吐いた。
(ここまできたらもういい。俺は既にかっこ悪い! 最後の悪あがきだ! だからお願い、答えて安達さん)
「……俺は? 男臭くないの?」
「結城さんは……男臭くない!!!!」
即答で断言される。
思わずガクンと肩を落とした。
会心の一撃を食らう結城。
だがすぐ復活し、異議申し立て!
「いや、男臭いでしょ!? 仕事終わりとか!! 汗かいてるし!!! ……く……臭いよ!? 顔もテカテカしてるはず!!!」
必死に食い下がるが
澪桜には効果が今ひとつのようだ。
「いや、無いね! 歩く石鹸みたいな人に臭さはない!! いつもいい匂い!」
褒めてるのか貶されてるのか分からない表現だ。
……けど、いい匂いはちょっと嬉しい。
「……っ! あ……歩く石鹸て何!? ほら!!! これ!!」
足を見せる。
「あ、そういえばすね毛生えてた!」
「だろ!? ほら! 俺だって男らしいだろ!?」
ちょっとだけ慣れない乱暴な言葉で返す。
だがこれも、澪桜に響かない。
「……いやぁ……見えないし。触らないと分からない」
「ぐうううう!!! じゃあこれは!?」
バッと左腕を捲った。
血管の浮き出た白い腕。
「ほら? どう?? 筋肉だってあるだろ?? さ……触ってみろよ硬いから!」
頑張って口調ももう少し男っぽくしてみる。
(わざとらしいのは分かってる。それでも安達さんに男を意識させたい。少しでもいいから)
澪桜は首を傾げ、呆れたように呟く。
「……この前見たよ。ちゃんと男の人だったんだなぁって感心したよ。でもまぁ、一応失敬して」
そう言って結城の腕に触れ始めた。遠慮なく結城の腕を鷲掴みにし、細い両手で確かめていく。
とても雑な触れ方。
グニグニワサワサ
グニグニワサワサ
「っ!!」
今更になって顔が赤くなっていく結城。
自業自得。
だがもう遅い。意識が触れられている所に全集中。
「おぉー!! 本当だ!! 硬いね!! 思っていた7倍は硬かった!! そして太い!」
(澪桜さんの声で……ふ、太くて硬いなんて……)
澪桜の言葉に何故か反応し、勝手に悶絶するアホな男。
そのせいで一瞬フリーズしてしまった。
「……? おーい、結城さん??」
ハッと我に返り急いで取り繕う。
「っ……でっでしょ!? ほら、あいつより男らしいし男臭い! 俺の方が!!」
必死に上擦った声で結城は結論付けた。
既に男らしさ皆無、変態むき出しだが、本人は気付かない。
「……そんな張り合わなくても」
そう言って澪桜は笑う。
「だって。……安達さんが悪いんじゃん」
腕を捲ったままコーヒーを飲んだ。
引き続き男らしさアピールし続ける為に。
それを見てクスッと笑いながら澪桜は口を開く。
「……結城さんの事は最初から男性だって思ってるよ? まず身長は私よりだいぶ高い、喉仏がしっかりあるし、肩幅も広い。横を向いたら胸板は意外と厚いし、掌や足だって私より大きい。それに私より力があって重い物も平気で持てる」
「……本当?」
澪桜の優しい声に溶けていく嫉妬心。
結城は胸が急にいっぱいになり、喉の辺りが苦しくなった。
本当はそんな資格もないのに
我慢出来なかった。
あんな男がまた現れたら、言い寄られたら……安達さんが離れていくんじゃないかって
不安で耐えられなかった。
……かっこ悪い。
告白すら出来ないダサくて臆病な俺。
それでも好きなんだ。
君の傍にいたい。
「本当。それに性格だって、男らしいよ? まぁ、抜けてるとこ多いけどね」
澪桜はニシシっと笑った。
嬉しいような、悔しいような。
キュンとする心を誤魔化すように、呟く。
「っ……俺、髭伸ばそうかな。ワイルドになるかな」
顎を触る。
大して生えたことなんてないのに。
「……やめときなよ……変だよ。石鹸に毛が生えてたら不衛生だよ」
ものすごく嫌な表現で拒否された。
「その石鹸から離れてみようか!? 1回さぁ!!!」
「…………あ、そういえば……私あの店員さんに嘘ついちゃった」
唐突に澪桜が話を切り替えてくる。
思った事を思ったタイミングで言うのが彼女の癖。
「? ……嘘?」
「27歳ですって言っちゃった……」
結城は話が掴めなくて首を傾げた。
カチカチカチと、車内に広がる機械音。
ウインカーを上げる。
「……何で? 27歳でしょ」
「いや私は今、結城さんと同い年だよ。28歳」
横断歩道を左折する為
行き交う人達を待つ。
カチカチ音だけが響く。
続く沈黙。
「……え!? ちょ……ちょっと待って!? ……それってまさか……」
嫌な予感がした、それも特大の。
結城がずっと楽しみにしていた日。
口実も無くプレゼントが渡せる一年間でたった一度の唯一無二な日。
「5月11日、誕生日だったんだよ! あはははは! 忘れてた!」
「そんな嘘だよぉぉぉぉ!!!!!!! 嘘だと言ってくれよぉぉぉぉ!!!!!!!」
5月11日は先週の日曜日。
澪桜と会わなかった唯一の日だった。
日曜日まで会うのは迷惑かと思って遠慮したのが仇となる。
「ホントだよ! あはははは! 気付いたら終わってた!」
「最悪だ……最悪だよ……」
結城の念仏のような独り言だけが何時までも続いていたという。




