50話 実家
ゲーセンに行った日から数日が経った。
何事もなく、1日1日が淡々と過ぎていく。
台所を見ると当たり前のように結城が後片付けをしていた。
どこに何があるのか、あっという間に完璧に覚えた結城は手際よく食器を収納していく。
澪桜は頬杖をつきながら結城の後ろ姿を眺めて目を細めた。
なんか、見慣れたなぁこの光景と、感慨に耽る。
目の前のコーヒーに手を伸ばし、口に運ぼうとした時。
ブーブー
スマホが鳴る。
「? 誰だろう」
画面を覗く澪桜。
気になって洗い物を早めに終わらせ近くに結城が寄ってきた。
何気なく澪桜は画面を覗く。
ついでに自然な素振りで結城も覗いた。
そんな資格はないと知りながらも気になって仕方ない。
(……誰だ? まさか……男?)
一人ザワつく結城。
だが、予想は外れる。澪桜が直ぐに答えを口にした。
「あ!! ……お母さんだ!」
(え!? お母さん!? ……っえ!? 俺居ても大丈夫!? いっ……急ぎで帰った方が!?)
結城は急に焦り出した。
だって俺は彼氏でも何でもない。それなのにこんな夜遅くまで澪桜さんの家に上がり込んでいる不届き者だ。
母親からしたら害虫でしかない。
これから長いお付き合いをさせて頂くはずなのに
このままでは心象最悪。
それだけは絶対避けなければ!! と必死で思考する。
だがそんなことお構いなしの澪桜は、
「なんだぁ???」
と言いながらスピーカーにする。
(えっ!? 俺、居るのに何してんの安達さん!?)
思わず結城は声を押し殺した。
『もしもし? 澪桜?? あんた元気しとーと??』
「!?!?」
結城はびっくりする。
(ほ……方言だ!! 方言だ!!!)
東京で生まれた結城からするとかなりカルチャーショック。
しかも一度も生で聞いた事のない九州の言葉はとても新鮮だった。
「うん、元気。お母さん達は? お父さんと亮太も元気?」
澪桜はニコニコと普通に答える。
『相変わらずよ。それよりアンタ、お父さんがなんか張り切って釣竿を倉庫から引っ張り出してから、アンタに送るっち言いよるんやけど、また何か言ったと!? もー止めるの必死やったけね!!』
早口で捲し立てる母親。結城のヒアリングが追いつかない。
「あーーー、それか。」
澪桜を見ると心当たりありげな顔。
そして……次の瞬間、結城は新しい性癖を獲得する。
「お父さんから電話あった時にさー、『おまえなんかいるもんないんか?』っち聞かれたけん、今無性に釣りしたいけんお父さんが使ってない竿送ってくれんやか?っち言ったんよ。多分それやない?」
「!?!?!?」
思わず2度見した。分かってる。地方の人だって聞いてたから頭では分かってる。だけど目の当たりにするとなんかこう……っっ
今まで感じたこともない感情が結城を支配した。
(ぐああああああああ!!! な……なんだ、この気持ち……やばい!! やばい!!!!)
胸を苦しそうに押さえる。澪桜の透き通る声と方言の織り成すシンフォニーが結城の心をどつき回す。それはもう、オーバーキル気味に。
(かっ……かわい! 可愛すぎる!! 直視できない!)
とか思いつつ、ガン見を決め込む結城。心の中は荒れ狂うストリームだ。
『あーやっぱり。お父さん5本くらい竿送ろうとしよるよ?あんたそんなんいると?』
母親が呆れて聞く。
「いやいや、そんなん要らんよ!! 3mくらいの短めの竿一本と4~4.5mくらいの普通の竿一本でいいよ。一人でやるのに。……あ、あとクーラーボックス! それは送っちゃらん? わざわざ買うまではないんよね、ちょっとやりたいだけやけん」
「!!!!!!」
さらにクリーンヒット、結城はもう耳が幸福すぎて瀕死。
『わかった。お父さんに言っとく。……ん? ああ、リールとルアーは? ……うん。……手巻きでいいんかって聞きよるよ?』
遠くから微かに聞こえる男性の声。
きっと父親だろう。
「……いいよ手巻きで。自動苦手なんよ。バラした時(※魚を逃がした時)融通効かんけん。あとルアーは要らん」
『わかったって、お父さんが。……あ、ついでにうまかラーメン送っちゃろうか?あんた好きやろ?』
「いいね! 食べたい! そうそう、最近仲良しの友達出来たんちゃ! 今横におるんやけどその人の分も送っちゃる? こっちからはお母さん達の食べたいもの送っちゃるよ」
(はあああああ!?)
澪桜言動に驚愕した。
今挨拶するべき!? 安達さん!! なんで言っちゃうの!? パニックになる結城の傍で、澪桜はのほほんと会話を続けている。
正解が分からなさすぎて慌てふためくしか出来ない。
(え!? どっ、どうしよう!? 俺、怒られるんじゃ……嫌われるんじゃ!?)
すると明るい澪桜の母の声がペラペラと会話を進めてしまう。結城の覚悟を置いてけぼりにして。
『そうなん!? 良かったやん! あんた…友達なかなか出来んそに! じゃあお礼も兼ねて送らんとねぇ。うまかラーメンなんかでいいと? あとお母さん達あのプレス何とかと、ごまたまごんがいい。こないだ送ってくれたやん?』
「……っち言いよるけど結城さん、どうする? なんかいる?」
(おいいいいいいい!!! きっ聞かないでっ!! 俺今パニックなんだから!!!)
『あ、隣におるっち言いよったね! ご挨拶せなね!
えーっと……初めまして。澪桜の母です。うちのバカ子がいつもお世話になっております。』
(ばっ……バカ子!?)
丁寧な挨拶をされた。
もう……結城に逃げ場なし。
上擦った声で必死に答える。
なるべく印象よく。
なるべく丁寧に。
「っ……は、初めまして。ご挨拶が遅れてしまいまして大変申し訳ございません。結城周と申します。こちらこそ、安達さんには普段からとても親切にして頂いておりまして」
スピーカーに向かって深々とお辞儀する。
……見えないのに。
背後で澪桜がクスクス笑っていた。
『きゃーーーー! え!? 男性の方!? 嘘やろアンタ!! お友達って男性やったと!?
ちょ……お父さん!! 澪桜のお友達! 男性やったんよ!?
しかもいい声!!! 礼儀正しいし……なんかすごく素敵な方よ!!!
おとーーーさん!!! ちょっとっ拗ねんの!!!』
『なん騒ぎよん? 電話誰?』
『澪桜よ! 久しぶりに電話したらなんと、お友達出来たらしいんよ! しかもいい声の男性!!! あはははははは!!』
母は澪桜と同じ笑い方。電話口が賑やかしい。違う若い男性の声も聞こえ始める。
『えっ!? 姉ちゃん彼氏できたと!? マジか! あの姉ちゃんが!? 嘘やろ!?』
『彼氏じゃないみたいよ。お友達! 失礼やけん彼氏とか言いなさんなよ!』
(いや、そこは間違えていてほしい、あわよくば……)
吐血しそうなほどダメージを負う結城はそこだけには食いつく。そしてさっきの亮太って弟だったんだ、と少しホッとした。
『どっちにしろすげえ! 俺も電話代わりたい代わりたい!!』
『ちょ、待ちなさいまずはそこのお父さんに変わらなやろ! いい加減しっちゃお父さん』
やいやいと電話の向こうででなにやら揉めている。仲のいい家族だと言うことだけは今の会話だけで物凄い伝わってきた。
(どっどうしよう。お父さんや弟さんにまで挨拶するなんて、緊張で死ねる……助けて安達さん)
澪桜の方に目を向け助けを求めた。
「……☆!」
また……例の変な顔のウインクだ。
助ける気ゼロ。
この後代わる代わる澪桜の家族と挨拶した。
結城のHPは簡単には教会でも回復出来ないほどに削られた。
だが、幸いにも澪桜の家族からは物凄い好印象だったという。




