36話 フリカッセ
「ごめん、8時くらいになりそうだ。ご飯出来るの。もっと早く作り始めるべきだった」
そう言って澪桜は袖を捲った。
今の時刻は6:45。
「いっいえ! 俺が無駄話ばっかしてたせいですから……すみません。いいんでしょうか本当に……俺までご馳走になって……」
結城はおずおずと遠慮気味に少しだけ近づく
料理してるところが見てみたくて。
何か手伝いたくて。
「いや、あたしは全然いいんだけど、今からじゃ大したもの作れないなぁ……と。そこだけ勘弁ね!」
またオッサンみたいな動きをしつつも、黒いエプロンを付け、髪をまとめるその仕草がすごくカッコイイ。
思わずときめいてしまう結城。
「……俺何か手伝えますか? 料理出来ないけど」
袖を捲る結城。
色白だが澪桜より太く筋肉質で血管の浮き出た腕が露になる。
(おお。……意外にちゃんと男の人だ。……意外に)
見慣れない男性らしい腕になぜか感動した。
「……じゃあ玉ねぎ剥いてもらおうかな。あと、セロリと白菜洗ってくれるかい? ……と、にんじんと……じゃがいもも」
そう言って野菜室からポンポン野菜を出していく。
「はい!」
(うわ……初めて見る安達さんの調理姿。ヤバい……俺、物凄くドキドキしてる)
少しでも役に立つために言われた事を一つ一つこなす。
一生懸命に。
澪桜は手際よく結城が洗った野菜を次々と包丁で切っていく。
鼻歌を歌い、タタタタタタンと軽快なリズムを奏でながら。
結城はその姿に見惚れた。
(すごい。プロみたいだ)
「……結城さんは、鶏のシチューとか大丈夫かい? タイムってハーブ使うけど食べれるかな?」
肉を切りながら目線を結城に向けて澪桜は聞く。
(手元見てなくて大丈夫なの!?)
少し驚いたあと、答えた。
「……タイム? ああ、留学してた時よく料理に入ってましたね」
シチューなのに? と不思議に思う結城。
固形ルーにアレンジでもするのかと納得した。
見ると尋常ではない量の野菜がザルに盛られている。体感4~5人前はありそうだ……。
(え……? これ全部入れる気?)
「なら良かった。じゃあチャチャッと作っていきますか。……結城さんはあそこのバゲット! あれをスライスしてくれる? バゲットと一緒に食べよう!」
澪桜は楽しそうにニカっと笑って言った。
そこからは物凄く早かった。パパパーっと具材達を炒め、小麦粉、バターを加えて、牛乳で伸ばし、ハーブを入れて
最後塩コショウで整える。
あっという間にシチューになっていく。タイムの爽やかな香りを漂わせながら。
「よし。あとは30分程弱火で煮込むだけ」
澪桜は鍋に蓋をして、ふい〜と腰をトントン叩く。
魔法のような光景に結城は唖然とした。
「……シチューって……固形ルー使うやつじゃなかったんだ」
「うん。最近コレにハマっててさ! 結城さんの口にも合えばいいけど。……ちょっと待っててね。もうちょいで出来るからね」
そう言って使った器具やボールを手際よく洗っていく。
結城はシンクを隣で拭く。
「いや、絶対美味いやつ。口に合わない気がしない」
「……君のそのよく分からん確信はどこから来るんだい?」
澪桜は呆れて笑った。
少し立ったまま談笑すること30分。
料理が完成する。
「……そろそろいいかな?」
澪桜が蓋を開けた。
フワッと立ち上る湯気と共に、濃厚な鶏肉とクリーム、そこにタイムやローリエがアクセントになった食欲を唆る香りが部屋中に広がる。
「……すごい……めちゃくちゃいい匂い」
初めて間近で見る澪桜が作った、出来たての温かい本格的な一品。
この感動はおにぎらずの比ではない。
「これね、実はフリカッセって言うんだって。……あたしはずっとシチューだと思って作ってたんだけど。こないだネットで知ったんだ! オシャンティーな名前の料理だったって!」
話しながら盛り付けちゃぶ台に並べていく。
「フリカッセ……」
目の前のとても美味しそうな手料理。
澪桜が教えてくれた料理の名前を反芻した。
こんな温かい家庭料理を食べるのはいつぶりだろう。
胸が高鳴る。
「さ! 結城さんに切ってもらったバゲット持ってきたよ! 食べよ食べよ!」
澪桜も空腹だったのか、早口で捲し立てながらそそくさとちゃぶ台に座る。そのちょこんとした座り方が可愛くて。
結城は思わず目を細めた。
その視線に気付いた澪桜はお茶を入れながら微笑む。
「ふふふ。結城さん用にこれでもかってくらい野菜マシマシにしといたから! 体が喜ぶよー??」
自慢げに結城に言った。
(そういえばあれだけの野菜……よく鍋に入りきれたな)
目の前の料理を見ても、そんなに大量に野菜が入ってる感じがしないのが不思議だ。
「俺の為にすみません。……それはそれは味わって食べないといけませんね」
目の前の料理を大切そうに眺めて、結城は幸せそうに微笑んだ。
「大袈裟だねぇ……んじゃ! いただきますっ!」
綺麗な所作で手を合わせる澪桜。
「……頂きます」
澪桜に続いて結城も手を合わせた。
ちゃぶ台に……フリカッセとバゲット。不思議な食卓。
ゆっくりとスプーンで一口掬い、口に運ぶ。
噛んだ途端、ホロ……と柔らかく崩れる鶏肉。
とろける野菜。
口いっぱいに広がるタイムとローリエの香り。そしてミルクとバターの濃厚な口当たり。
「……美味しい」
思わず呟いた。
心がほぐれていくような温かく幸せな味わい。
感動して……それ以上の語彙が出てこなかった。
澪桜は微笑む結城を見て満足そうに頷く。
「……良かった。気に入って貰えて」
彼女の柔らかな声が結城の胸を焦がす。
君の……
優しい微笑みに
優しい味のフリカッセ。
俺の身体を気遣い
俺の為に作ってくれた
初めての料理。
何もかもが幸せで。
堪らなく愛おしい。
「俺、こんな美味しいご飯初めて食べたよ」
ぽそっと本音が漏れる。
俺にとって特別な晩御飯
またゆっくりと、スプーンを口に運んだ。
「あはは、またそんな大袈裟な。でも良かったよ味覚が似てるならこれからも安心して食べて貰えそうだね」
「……うん。俺もすごく楽しみ。今日はこんな美味しい夜ご飯作ってくれてありがとう、安達さん。……野菜たっぷりだしね」
「でしょ!? ひひひ! 結城さんが健康に近付いていくね!」
冗談っぽく笑った。ころころと変わる表情から目が離せない。
「……そうだね」
静かに、幸せを噛み締めるように食事を続けた。
"これからも"か……
嬉しい……
君の未来に俺が居る。
それがどうしようもなく嬉しい。
ねえ、安達さん。
ちょっとだけ欲を出していいかな。
これから仕事以外の時間の君を
……独占させてくれるかな?
毎日迎えに行って
帰りも一緒に帰って……。
晩御飯が終わって帰るまでの時間
君は俺だけのもの───
そう思うくらい……許してくれるかな。




