26話 バイバイ
ゆっくり公園を出る二人。
すっかり空は朱みを帯び始めていた。
歩く影は長く細く伸びる。
「楽しかった。あっという間にこんな時間ですね。すみません長居させてしまって」
結城が申し訳なさそうに謝った。
「いやいや、私もすごく楽しかった。会ってお話するの3回目なのにこんなに自然に話せるなんてびっくりでしたよ!」
「俺も……同じ事思ってましたよ」
何かを思うようにゆっくり呟く。
公園を出て、澪桜の方に顔を向けた。夕日に照らされて彼女の色白い頬がほのかに色付く。
「今日はありがとうございました。安達さん、気をつけて帰ってくださいね」
柔らかく微笑む結城。
夕焼けに染まり色素の薄さがより映えて見える。やっぱり綺麗な人なんだなぁ……と澪桜は改めて思った。
公園の前で二人は挨拶を交わす。
現在時刻は17時半を過ぎるところだった。
「こちらこそ、スタパご馳走様でした! 本当に美味しかった。にしても遅くなってしまったね。座りっぱなしで疲れてない? 大丈夫かな?」
敬語が少し減り、砕けた接し方をするようになった澪桜に自然と口角が上がる。
「良かった、また一緒に飲みましょうね。次は何がいいかな?……俺は全く疲れてないですよ。安達さんは? 腰とか痛くなってないですか?」
つい澪桜の心配をしてしまう。
言葉を連ねてしまう。
足が……動かない。
(もう少しだけ……話したい……もう少しだけ)
結城が必死に話を伸ばそうとしてる事に気付かずに、澪桜は微笑んだ。
「あたしも大丈夫。結城さんって本当に優しいね。なんかお母さんみたい」
がーーーーーーん
思いもよらない澪桜の返しに思わず口が開いてしまった。
(褒められるのは嬉しいし、もっと仲良くなりたいけど……お母さんて!)
ずるりとカーディガンがずれる。
ショック過ぎて。
その反応に澪桜は自分の口を押さえた。
「……おっと、間違えた、お母さんはダメか」
しまった結城さんは男の人だった、とくすくす笑う。
だがそれだと互換が無いなぁと呟きながら考える。
「……これ以上俺の男としての尊厳奪わないで」
ヨレヨレになる結城のリアクションが面白くて、澪桜は腹を抱えて笑い出してしまった。
「あはは!! ごめんよ! 親しみを込めたけど例え間違えた!! 何か相違互換探しておくね! いひひひひっ」
(すごく怖いから!! 安達さんの相違互換怖すぎるから!)
心の中で叫ぶ
でも笑ってる澪桜が可愛くて、目が離せない。
少しの雑談の後、そろそろ潮時かと眉を下げた結城は少しだけ名残惜り惜しそうにした。
澪桜の笑顔に後ろ髪を引かれながらも別れの言葉を口にする。
なるべく、未練たらしく見えないように。
次も会いたいって少しでも思って貰えるように。
「じゃあ、3日11時に!」
「あ、3日のお昼だけどお弁当箱も無いし片手で食べるものしか作って来られないから……その……あんま期待しないでね?」
澪桜は結城に期待値のハードルを下げさせようとした。
だって……ものすごい期待されている気がするから。だが効果は今ひとつ。
「俺、一人暮らししてから手作りって食べた事ないからそれだけで嬉しい!
作って貰えるだけでも有難いのに、期待しないのはちょっと無理ですねぇ」
澪桜の保険をかけようとする言葉を優しく全否定し、物凄く楽しそうに揺れる。
呆れたように結城に言葉を返した。
「……不味くても知らないよ? お口に合わないかも」
「有り得ませんね! 何となく! 安達さんは料理上手!」
息を吐くように更に否定。
何を根拠に……そう思い思わず笑ってしまう。
「……ったく。不味くても文句言わないでよね?じゃあ、気を付けて。次は大丈夫だから! 次こそは私遅刻しないので!!」
そう宣言し、敬礼のポーズをとって背筋を伸ばした澪桜は本日最後の挨拶をした。
澪桜の姿を瞳に宿し、ゆっくり目を細めた結城の優しい声が響く。
「ふふ。気にしなくていいってば。はい! 安達さんも気を付けて、それじゃあ」
そう言って結城は足取り軽く帰っていく。
颯爽と歩く後ろ姿も様になるなぁと後ろから眺めていたら、15mほど離れた地点で結城が振り返った。
不思議に思いながらも見続けていると……長い腕が真っ直ぐ天を仰ぐように伸びた。
───澪桜は目を見開く。
「安達さん、バイバーイ!! またねー!!」
満面の笑みで、まるで子供のようにブンブンと大きく振った。モデルのような雰囲気をぶち壊して。
なんか……あれ?
澪桜は息をするのも忘れるほどその光景に見入ってしまった。
ほんの一瞬。
夕日に溶ける彼の姿が
彼の笑顔が
とても印象的で―――
あまりにも無邪気で……純粋で。
出会ったあの日から
ずっと向けられていた微笑み。
日の下で見る彼は
思っていたよりずっと
真っ白な人だと思った。
……羨ましい程に。
自然と頬が緩み
無意識に声をかけていた。
「気を付けてね! 事故しないようにね!」
結城に応えるように
大きく手を振り返す。
「分かったー! また電話するねー!」
ギリギリまで振り返り、澪桜の言葉に返事をした結城は笑顔のまま帰って行った。
あっという間の時間だったなと、彼の背中を眺めながら掲げた手をゆっくりと戻す。
余韻を感じるように。
「3日のお昼、おにぎらずと……他にも作ってあげますか。片手で食べれそうなやつ」
澪桜は柔らかく微笑みながら、消えていく結城の姿に語りかけた。
いい友達ができたな、と心の中で噛み締めて。




