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202話 ブライダルカウンターと二人の新婦

 


「あれ? 澪桜さん、セイロにしなくて良かったの?」



「んふふふ〜。私はセイロよりひつまぶしが好き。食べ方変えられるのが楽しいからね!」



「なるほど」



 幸せそうに茶碗に盛って頬張る澪桜を、いつも通り眺めながら周もセイロに箸をつけた。


 さすが日曜日、昼前に来たのだが既に満席だ。


 和で統一された店内は全て掘りごたつ式になっていて居心地がいい。

 よく聞く和風にアレンジされた最近の曲が有線から流れる中、親子連れの客や年配夫婦などが和気あいあいと食事を楽しんでいた。


「周さん! また噛む回数が少なくなっているぞ」


 そんな風に澪桜からお叱りを受けながら周はあっという間に完食し、周りを眺める。

 窓から見える庭園が綺麗で少し見入っていたが、手持ち無沙汰になった周はお茶を入れながら、ふと目の前の美人に目を向ける。


 必死に食べ進め、今はお茶漬けを楽しんでいた。

 でもおひつにはまだ半分以上ある。



(多分これ、全部食うの無理だろうな)



 この予感は大体当たる。もう付き合って4か月ほど。

 ある程度澪桜の行動が読めるようになってきた。



 案の定食べきれなかった澪桜の残りを完食して、二人は趣のある店を後にした。


「おなかいっぱい! 周さん、また車に乗るの?」



「いや? このまま歩きだよ。こっちについて来て」


 手を繋いで並んで歩く。

 歩幅を澪桜に合わせて目を細める。

 柔らかそうな頬が高い気温のせいで桜色に染まっていた。


 日に日に現実味を帯び始める結婚という二文字。

 指輪は先に伸びてしまったが、前もって決める事がある。



 薄く唇の端を上げたまま周は指を絡め直した。


 たどり着いたのは銀座駅近くの商業ビル。


 迷路のような通路を歩きたどり着いたのは6階のとあるテナント。

 誰もいない受付カウンターは、アイボリーと無垢をベースにしたオリエンタル調で揃えられていた。


 壁にある小洒落たな雰囲気の小さい英字には


 “Maison de Mariage”

 と書かれている。

 英語に弱い(歌えるけど耳コピ)澪桜は書かれてる通りに声に出す。



「……メイソン・デ……ま……まりあ」


「メゾン・ド・マリアージュ。メイソンて。フリーメイソンか!」


 チリーンと、カウンターに置かれたベルを鳴らす。

 奥から落ち着いた雰囲気の女性スタッフが出てきて、深々と頭を下げた。



「いらっしゃいませ。お名前を頂戴しても宜しいでしょうか?」


「結城と申します」


 カウンターのパソコンで名前を確認したあと、女性スタッフは笑顔で斜め後ろにある、通路の自動ドアのセンサーに軽く触れた。


「……はい、お待ちしておりました。結城様、どうぞこちらの方に」


 音もなくゆっくりと開くドア。

 中は思ったより広く、開放的な空間だった。

 カウンターと同じく、オリエンタル調に整えられたソファとガラスのテーブル。


 窓際は太陽光を受けて白く抜ける様に眩しい。

 2組ほどカップルが座っているようだが、それぞれ壁で仕切られている。


 周と澪桜は一番左側の窓際に案内された。


 何が何だかよく分からないまま周にエスコートされて座る澪桜。傍に飾られてあった観葉植物が可愛くて気を取られた。


(これは! オジギソウじゃないか! あまりやっては可哀想だけど……1回だけ)


 軽くソッと触れる。

 観葉植物が申し訳なさそうに項垂れた。


「うひゃぁ♡」


 その反応が可愛すぎて思わず声が漏れる。

 周にも見て欲しくて目を向けたら、少しだけ頬を綻ばせながら『コラッ』とデコピンされた。


 スタッフオンリーの扉から出てきた女性が、何やら書類とタブレットを持ってきて、目の前で準備を始めた。

 別スタッフが飲み物のメニューを見せてくる。

 周が飲み物を頼んだ所で本題が始まった。


「では改めまして、ご結婚おめでとうございます。結城様、新婦の安達様。この度担当させていただきます鈴木と申します。こちらがLINU IDとなりますので、後ほど友達登録をよろしくお願いいたします。今後のトラブルやご要望などは全て私が間に入って行いますのでご安心ください」



 そう、澪桜が連れてこられたのは何を隠そうブライダルカウンター。

 今更気付いた澪桜は耳を真っ赤にする。

 初めて他人から言われた言葉の衝撃が凄すぎて。



 “新婦”



 親にも紹介したし、まだ提出してないけど、記載済みの婚姻届もある。

 現実味を帯びてきたとは思っていたが……いよいよだと心臓も鼓動を早めていく。


 跳ねる心臓を押さえながら、無意識に視線を周へ向けた。


 落ち着いた様子でスタッフと穏やかに会話をしている。

 見慣れたはずの……綺麗な横顔。

 一瞬目が合って、周はまたスタッフに視線を戻す。


 静かにソファで並んでいた手を重ねて指を絡めてきた。



(本当に結婚……するんだ。この人と)



 そう澪桜が実感している間もスタッフと周は着実に話を進めていく。


 どんな式場にしたいか、どんなイメージを持っているか。何人程呼ぶ予定か、拘りたい部分はどこか。


 食い気味に質問を繰り返す周は、事前に二人で決めないといけない部分を貰ったパンフレットのメモ欄に記載していく。

 次回来た時により話を詰められるように。



「澪桜さんは、どんな挙式に憧れる?」



 不意に優しい声が落ちた。


 澪桜は少し考えた後、返事をする。



「……ガーデンウエディングか、海辺での挙式」



 澪桜の言葉にスタッフは深く笑みを零し、頷く。



「新婦様に似合いそうですね。天候にも左右されてしまいますがとても良い案だと思います!……では、次回のご予約までに、ここまでお二人で話を詰めて頂いて……」



「なるほど。予算なども考慮しておいた方がいいですよね?それからプランナーさんとの相性なんかもあるでしょうし……」


「そうですね。どんな感じの人がいいなどご要望あれば……一人オススメのプランナーが居ますけどね。ガラス割らないならあとは何してもOK。がモットーの」



「ふふふ。だいぶ寛容が過ぎますねその方。僕らはガラスは割らないですけど」



「そこは貸切のガーデンウエディングも出来る式場でして。小さい空間ですが、アットホームが好きな方にはオススメで。……こんな感じの式場です」



「へぇ、いい感じですね。澪桜さん、ほら見てみて?」



 周から手渡され、目を落とす。

 木漏れ日が優しく光る畦道の真ん中に外国人モデルがボタニカルなドレスを纏い、コットンのブーケを持って振り返る表紙のパンフレット。中を開くと森の中に隠れるように佇む教会が掲載されていた。



「わあ、こじんまりとした式場。なんか白雪姫の家みたいで可愛いね」



「では、せっかくですし。そちらのパンフレット、お持ち帰りください。他にも海辺の挙式が出来る式場とガーデンウエディングの式場、数社のパンフレットも持ってきますので、良かったらお家で合わせてご確認ください」



 他にも式場選びやこれから結婚に向けての段取りなどをスタッフから事細かに聞く周の隣でコーヒーを飲みながら眺めていた。

 ある程度段取りが決まり、周が納得したように書き込んだパンフレットを手に持つ。


 最後に目が合った担当のスタッフが冗談めかして澪桜に言った。



「新郎様の方がかなり前向きで、素晴らしいですね。珍しいと思います。……頼り甲斐のある方ですね」


 澪桜は得意気な周に目を向けて、呆れたように笑う。


「いや、張り切りすぎてこの人が新婦みたいでしょ? ここだけの話、新婦なんですよ実は」



 と返したら図星だったのか、スタッフさんが吹き出した。だいぶツボだったのか、すみませんといいながらも肩を揺らして笑っている。



「もう!! やめてよ!! 適当なこと言ってまた俺を辱めようとするの!!」



「だってー。本当のことじゃないかー」


「何が!?」


 いよいよ結婚式の為に動き出すのかという気合いと、未来を思う幸せと、次からこういう所に黙って連れてくるのはやめろという周に対するクレームと。


 ごちゃまぜな気持ちのまま、澪桜は茹でダコになった周に揺さぶられていた。



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