112話 擬似プロポーズ
息を飲む澪桜
緊張しすぎて指先が冷たい。
今日、夢にまで見たあの石を拝む事ができるんだ...
買わなくていい。でもこの両の眼で確認したい。一生に一度、お目にかかれるかというチャンスなのだから。
そんな強ばりを感じ取ってか、周は優しく澪桜の手を包み込んだ。
「...さぁ、行こう澪桜さん。」
ジュエリーショップの前の駐車場に車を停め歩みを進める
周が不意に腕時計に視線を落とした
時刻は14:50
軽く手を振り時計に振動を与える。
丁度いい時間に到着したようだった。
さりげなく周は石について話し始めた
「そうそう、昨日調べたんだ。トリートメント(人工処理石)だっけ。市場にあるブルーダイヤモンドってそれをしてる石がほとんどなんだね。」
「そうだね。未加工なんて相当の価値だからね。...にしても物凄く詳しくなったね。たった1日2日で。」
「ふふ、だって一生に一度の買い物だからね。そりゃしますよ。」
嫌な予感がした澪桜は足を止める
店の入口まであと数歩というところで、繋いだ手が突っ張り周も足を止め振り返った
「ま...まさか...今日見せてもらう石って...。いや、嘘だ!そんなはずない」
不敵な微笑みのまま何も言わない周
それが意味するのは是でしかない。
一昨日の時点でもしかしたらとは思っていた。
でも、いざ目の当たりにすると覚悟が鈍る。
現実離れした価格の宝石を見るのが恐ろしくなった澪桜は、顔が真っ青になり全力で首を振る
「いっ...要らない!!!やっぱり要らない!!そんな...無理だよ!!!付けられない!!」
微笑んだままの周が静かに口を開く
「澪桜さん……俺達が今日見に来たのはただの買い物なんかじゃない。一生に一度、君に贈ることが出来る唯一無二の物なんだよ……」
「でっ...でも!!」
「ね?お願いだから。俺の一生に一度のワガママ、付き合ってくれない?……これだけは妥協したくないんだよ。」
その言い方、出会った頃から変わらない。
ズルいよ……そんな切なそうな顔しないで。
「...っ」
突っ張っていた澪桜の腕から力が抜けた
それを肯定だと解釈した周はもう一度優しく絡め直し自動ドアを開ける
「お待ちしておりました。結城様」
丁寧に出迎えてくれたのは年配の品格のある女性。
「本日は宜しくお願いいたします」
落ち着き払った様子で受け答えする周
澪桜は周りの若い店員達の只事じゃない様子に察した
(この女性、普通のスタッフじゃない。)
店内の空気に広がる緊張が伝わってきたが、周の大きな手の感触に安堵する
「本日、接客を担当させていただきます田村と申します。どうか宜しくお願いいたします」
深々とお辞儀をされ、綺麗な姿勢でお辞儀を返す2人。
物腰の柔らかい声で流れるように渡された生成色のオシャレな名刺。
そこには代表取締役と書かれていた。
慌てて澪桜はもう一度お辞儀する
その様子に少し笑みを深めた周は女性に視線を戻し話を進める
「電話でお願いしていた品を見せて頂けますか?それと、サンプルも。」
「はい。ご準備出来ております、こちらの方へどうぞ」
上品にうながされるままついて行く。
キラキラとした明るい照明の店内を抜け、奥の重厚感のある扉を開く。その少し先にある部屋に通された。
小さいけどモダンな応接室
革のソファの前にある無垢で出来たローテーブルの上に、ジュエリーがケースごと置いてあった
「どうぞ。おかけください」
周は澪桜の手を引きエスコートした後、自分も傍に寄り添いながら腰を下ろした
澪桜は目の前の指輪達に目を落とす
シンプルな金の指輪、少しうねった個性的な指輪、色が3色に別れた変わった指輪。
どれも素敵でつい見入ってしまった。
「澪桜さん、どれがいいと思う?」
優しい声が澪桜を包む
高鳴る心臓を左手で抑えながら周に視線を向けた
「え……選べないよ。どれも素敵すぎて。というかこれは……マリッジ?」
「左様でございます。結城様からエンゲージは石とセットで見たいとのお申し出でしたので、まずはマリッジをご準備致しました。
全てサンプルリングとなりますので、どうぞお気軽に手に取ってご覧ください。」
優しく微笑みながら澪桜に語りかける女性。
(周さん、そんな細かく相談してたのか。)
と驚きながらもおずおずと指輪に手を伸ばす。
澪桜が目を落とした瞬間、最初に気になっていた物
中でも一際異彩を放っていたそれ。
異様なアーチを描くマーブル模様の指輪だ。
手に取ってすぐそのアーチに指を沿って何かを確認し始めた
一瞬目を見開いた女性が笑みを深め穏やかな声で澪桜に語りかける
「……素晴らしい。お気付きですか。」
1人だけ分からない周が首を傾げながら澪桜に聞く
「その指輪、何か普通のと違うの?変わったアーチだけど」
「これ、メビウスの輪になってる。しかも模様が木目みたいだ」
澪桜が指輪を目に近づけまじまじと見遣る。
その模様に釘付けのようだ。
どうやって作っているのか分からないほど美しい木目がプラチナと、金、ピンクゴールドで表現されていた
「左様でございます。そちらは中でも珍しい技法で作られた物で、お客様が今付けてらっしゃるネックレスと同じ作家の作品でございます。」
「……メビウスの輪?それ珍しいの?」
「メビウスの輪はあれだよ1面しかないから裏と表がないっていうやつ、ほら……ね?」
指で指輪のうねりをなぞって見せた
「あ、本当だ。繋がってる……へぇ、珍しいね」
「メビウスの輪は【輪廻】や【終わりなき愛】を象徴する事からマリッジに相応しいモチーフです。
中でもこの樹の作品は普通の捻りと違い側面が指に沿う形になっておりますので着け心地も良い品です」
「【終わりなき愛】いいね。俺たちにピッタリだ」
恥ずかしげもなくサラッと言う周に頬を染める澪桜
「またそういう事を……」
「宜しければお二人ともご試着されてみてください。着け心地は確かめないと分かりませんから」
微笑ましい2人に目を細めながら優しく促した。
「それでは……お言葉に甘えて」
澪桜の指輪には少し大きめな指輪。
金属なはずなのに滑らかでしっとりと柔らかい着け心地にびっくりした。
思わず周の方を見る
頷きながらも驚いている様子だ。
きっと私と同じ感想なのだろうと少し心が温かい。
周が低い声で口を開く
「...これはすごい、しっくりくるつけ心地だ。」
「だよね。私もそう思ったんだ!そしてこの木目、本当に綺麗だし。見てて飽きないよ!」
「うん。それに澪桜さんの白くて細い指にすごく似合ってる」
「っ……だからそういう事を軽く言うんじゃないよ。」
「どうしてだい?本当のことじゃないか?」
「また私の口真似してっ!!」
軽くパシっと肩を叩く
イタズラに周が笑った
楽しそうな2人のやり取りを見ながら女性は頷いて少し補足した。
「気に入って頂けて何よりです。ご覧頂いておりますその木目にも意味が込められておりまして。お二人がその指輪を付けられてからの人生を年輪を重ねるように生きていってほしい。……樹の願いだそうです。」
それを聞いた周は目を見開いた後、ゆっくりと深く微笑み
優しく指輪に触れる澪桜に視線を向けた
それに気づいて視線を向ける。
「っ!!」
周の熱を帯びた瞳に目を奪われ、息を忘れる
「これにしよう。年輪のように君と年月を重ねて生きていきたいんだ。俺とこの先ずっと一緒にいよう?……指輪付けてくれるかな。」
試着したままの左手で澪桜の左手を優しく触れる
小さく頷きながら恥ずかしくてポソッと悪態をついた。
「…… 人前で軽くプロポーズするんじゃないよ……」
「えっ!?これまだプロポーズじゃないよ、選んだの結婚指輪だし!!……まだ本番は後だよ!!ちゃんとサプライズするから!」
言ってることも順番もむちゃくちゃ。
確かにエンゲージの前にマリッジを選んでしまっている。
プロポーズはエンゲージリングだな。
いやもう、どっちでもいいや。
結果変わらない訳だし
ただ、この人の言うサプライズとは何ぞや……
「それを人は予告と言うし、その時点でサプライズ自体が終わってるんだよ……」
至極真っ当なつっこみだけは忘れない。
しかし何も聞こえませんと言うように、ニコニコしながら澪桜の左手を撫でる周を見て
(うん、何言っても無駄。)
ガクッと肩を落とした




