106話 スモークチェリー
土曜日10:00
パソコンのモニターの前で何やら調べ物をしながら電話で話をしている。
書斎にはカチカチとマウスのクリック音だけが響いていた
「……なるほど、ではそれでお願い致します。はい、それとエンゲージのペア用の0.01ctがあると嬉しいのですが。……はい。大丈夫です、それも見せて頂けますか?」
慌てた様子の電話先の声、そしてしばらくの保留音
それを聴きながらカーソルを動かしていく
画面に表示されているのは
エンゲージ、マリッジ、そして作家一覧
すると電話からまた声が戻ってきた。
薄く周の口角が上がる
「分かりました。……あ、いえ、画像は送って頂かなくても結構です、選ぶのは彼女なので。では15時に伺いますのでよろしくお願いします。」
通話を終了し髪をかきあげた
か……彼女……
だって♥
自分の発言を反芻する。
ぶわわわわわっとなんとも言えぬ高揚感が周を襲う
テンションが上がった周は思いっきり立ち上がる
ガン!!!!ガタタタ!!!
「いっ……!!!!!!」
デスクの角が小指にクリーンヒット
悶絶しようとしゃがみ込んだ勢いで今度はデコに会心の一撃
「ぐああああっ!!!」
朝から1人騒がしい男
ひとしきり痛みを味わった後、腕時計を見つめる
10:20か……
待ち合わせは11時半
ああ、もう少ししたら澪桜さんと待ち合わせ。
しかもこれはいつもと違う。
完全なる恋人としての、正真正銘のデート!!!
人生初のデートだぁぁぁ
一人その幸せを噛み締める
「ああ、神様……本当にありがとう……。俺生きてて良かった。」
普段全く信じてもいない神様に祈りを捧げた。
とても都合のいい男
今朝は朝6時から起きて念入りに準備をしたから問題なし!
車も洗車した!
磨き上げて皮膜コーティングもした!
澪桜さんの好きなガリガリするやつとハードグミも準備済
あとは……えっと。
自分を確認する。
アイスグレーの7分丈のカットソー。
下から白タンクをチラ見せする為に重ね着
そして黒いチノパン
無難オブザ無難。
散々迷っていたらいつもの格好になっていた。
澪桜さんと会う時はいつもこうなる。
少しでもかっこいいって思って欲しくて悩めば悩むほど正解が分からない。
今日は……特に。
ちょっとでいいからドキッとさせてみたい。
でもどうやってドキッとさせるのか分からないんだよなぁ……
昨日の感じだと……少しは刺さってる気がするけど。
俺の何が刺さってるのか正直わからないんだよな。
少し強請ると顔を赤くしてくれることだけは分かったけど……。
昨日の事を反芻し、気合を入れる
今日は絶対に完璧なデートを遂行して
澪桜さんにもっと俺を好きになってもらって……
本番は明日だ!!!!
ああ、緊張してきたっっ。
でも指輪、楽しみだなぁ。
澪桜さんどんなデザイン選んでくれるかな??
……もし嫌そうだったら諦めてまた別の機会に───
ブーブー
スマホが震える
すぐにスマホの画面を開く
澪桜からだった
「鎌倉楽しみだねぇ♪ガソリン代は任せなさい!!」
何気ない澪桜のLINUに幸せを感じて
クスッと笑う周
片手でフリックし素早く返信した
「ガソリン代とか気にしなくていいよ。それよりもう行っていい?俺も楽しみすぎて待ち合わせ時間まで待てないかも。」
甘えたように送る。
普段なら人に絶対送らないような内容。
過去の自分に見られたら殴られそうだ。
カッコ悪くて
でも不思議と彼女の前では何も取り繕わなくていられる。
それがとても心地いいんだ。
君をドキッとさせたい。
でもそれより自然体でいたい気持ちの方が大きい。
ポコン
「いいよ、もう準備できてるから待ってる。……じゃあ、スタパ寄ろうか?私が奢るよ」
それでも俺を気遣おうとしてくれる君。
そんな姿が健気で可愛い。
どうしてそんなに俺をドキドキさせてくれるの?
俺も返したい。
ベッドサイドのキャビネットを開けて
BALで再開した時に使った香水を久しぶりに
足首に付ける。
スモークとチェリーの香り。
「ありがとう。じゃあランチは俺の出番ね」
そう返信すると同時にドアを開けた
澪桜さんの元に1秒でも早く向かうために───
なんのブランドかは言及致しませんが……すごくいい香りの香水。
リネンやハンドソープ、木の香りや雨上がりの匂い。
どんな香りでも、好きな香りに包まれる瞬間は最高の癒しですよね。




