エピローグ ― 眼のない光 ―
1 手記
〈これは、私が最後に見た光の記録である。〉
悠真の手書きの文字が、薄い紙の上に並んでいた。
時折、インクが滲み、ところどころに震える筆跡が残っている。
――玲奈・真中。
彼女は「恐怖」ではなく、「視界」だった。
人は、自分が見ているものを信じる。
だが、それが誰かの目を通したものなら、
それは本当に“自分の現実”と呼べるのだろうか。
玲奈はそれを問い続け、
やがて人間の“視る”という行為そのものに取り込まれていった。
「見ること」と「見られること」の境界を越えたとき、
人は神にも、怪物にもなる。
そして、彼女は光になった。
2 消えたネットワーク
世界は再構築された。
ネットワークは再び繋がったが、
あの日のような「視覚共有現象」は二度と起きていない。
だが――誰もが、うっすらと感じている。
ふとした瞬間、
鏡の中の自分が、わずかに“遅れて”動く。
カメラで撮った映像の端に、
知らない瞳が一瞬だけ映る。
それを人々は口にしない。
ただ、なんとなく空を見上げ、
まぶしい光に目を細める。
「……ありがとう、玲奈。」
悠真はつぶやく。
その声は風に溶け、光の中に吸い込まれていった。
3 玲奈の声
(……ねぇ。)
風の中に、かすかな囁き。
どこからともなく、微細な電子ノイズが混じってくる。
(見えてる?)
誰もいない部屋。
机の上のスマホが、一瞬だけ震えた。
画面には何も表示されていない。
だが、マイクが勝手にONになり、
ノイズの奥から、少女の声がした。
(……ありがとう。)
(あなたが“恐怖”を見つめたから、
世界は“生きること”を思い出した。)
そして、声は途切れた。
ノイズの中に、わずかな“瞬き音”が残る。
4 再生
その夜、雨が降った。
静かな雨。
ビルのガラスを打つ水滴が、街の灯りをぼかしていく。
歩道に映る光が、まるで瞳孔のように見えた。
誰も気づかない。
ただ、ひとりの少女が傘もささずに空を見上げていた。
彼女は、玲奈に似ていた。
だが、その顔は誰の記憶にも存在しない。
少女は、口元だけで微笑む。
「……見てるよ。」
そして、消えた。
雨音だけが残った。
5 無音の終幕
翌朝、ニュースが一件だけ報じられた。
「全国の監視カメラで、
同一の“白い光点”が一瞬映り込む現象が確認されました。
専門家は“レンズ内反射”と説明しています。」
誰も、それを恐怖とは思わなかった。
ただ、少しだけ懐かしい気持ちになったという。
そして今日も、
誰かがスマホのカメラを向け、
その向こうにいる“誰か”を見つめている。
――それが、自分自身だと知らずに。
終
「見る」という行為は、最も身近で、最も残酷な暴力かもしれません。
誰かを観察することは、その人を“固定”し、形を奪うこと。
そして、自分が見られると知った瞬間、人はもう“自分ではいられない”。
この物語『EYE ―見るもの、見られるもの―』は、
現代社会における「可視化の呪い」をテーマに描きました。
監視カメラ、SNS、ライブ配信――
誰もが他者を見、同時に誰かに見られ続けている。
その中で、人間の“恐怖”とは、もはや幽霊や怪異ではなく、
「透明にされること」、
そして「見られることでしか存在できなくなること」
なのではないでしょうか。
玲奈という女性は、被害者でも救世主でもありません。
彼女は、私たち自身の中にある“視覚への執着”の化身でした。
あなたがこの物語を読み終えたあと、
ふと画面の反射に映る自分と目が合ったとき、
もしその瞳がほんの一瞬でも“違う誰か”に見えたなら――
そのとき、EYEはまだ生きています。




