第2章 ライブの死
1
「ねえ、玲奈。ほんとに警察なんてやってんの?」
通話口の向こうで、水沢咲が笑った。
玲奈の高校時代の親友。
いまは都市伝説や怪談を題材にした配信をしており、
登録者はすでに十万人を超えていた。
玲奈はデスクの端で、そっと声を落とした。
「本当。でも、その話はオフレコでお願い。署にバレたら怒られる」
「わかってるって。
でもさ、最近の“スマホ死”の噂、やっぱ本物でしょ?
昨日、フォロワーから変な動画が送られてきたんだよ」
「変な動画?」
「そう、“視てるよ”って出るやつ。
見てる人の顔が映るらしい。リアルタイムで」
玲奈の背中が固まる。
咲の軽い調子が、耳の奥で不気味に反響した。
「咲……その動画、まだ持ってる?」
「もちろん。今夜の配信で使うつもり。
“本当に呪われた通知を見てみた”ってタイトルにしようと思ってさ」
「やめて」
玲奈は思わず声を荒げた。
「咲、それは――」
通話の向こうで、一瞬の沈黙。
やがて、咲の笑い声が返ってきた。
「そんな真剣な声、初めて聞いたかも。
大丈夫だって、フェイクかドッキリでしょ。
ね、玲奈。もし何か起きたら、動画送るからさ」
通話が切れた。
玲奈はスマホを見つめたまま、手の震えを抑えられなかった。
画面の向こうで咲が笑っている光景が、
不意に――画面の奥から“誰か”が笑い返しているように見えた。
2
その夜。
咲のチャンネル《Saki_Live》が配信を開始したのは午後九時ちょうどだった。
『やっほー、みんな! 今日はね、“視ると死ぬ通知”を実際に検証してみまーす!』
軽やかな声とともに、コメント欄が爆発的に流れる。
玲奈は職場の端末でその配信をモニターしていた。
「職務上、情報収集」という名目を自分に言い訳しながら。
画面の中、咲はスマホをカメラに向けて掲げた。
そこに、灰色の“目”のアイコンが点滅している。
『じゃあ、タップするよ? 三、二、一――』
画面が一瞬、暗転。
ノイズが走り、咲の顔が揺れた。
視聴者のコメントが混乱で埋まっていく。
『画面バグってる?』
『今、誰か後ろにいなかった?』
『目のマーク、動いた?』
玲奈の心臓が早鐘を打つ。
配信映像の奥で、咲の背後の鏡がかすかに揺れている。
そこに映っていたのは――
咲ではない、もうひとりの“咲”。
カメラの前の咲が笑った瞬間、
鏡の中の“咲”が、ゆっくりと口を開いた。
『視てるよ。』
その瞬間、映像が赤く染まり、咲の身体が硬直した。
目を見開いたまま、微動だにしない。
コメント欄が悲鳴で埋まり、画面が暗転した。
3
玲奈が咲のマンションに駆けつけたのは、通報からわずか十五分後だった。
部屋のドアは内側から施錠され、無理に破るしかなかった。
警察の立ち会いのもと、玲奈は現場に踏み込む。
照明の落ちた室内。
モニターの明かりだけが、まだ点いている。
そこには――停止した配信画面。
コメント欄の最後の一行が、何度も何度もループしていた。
《視た人、みんな、視られてる。》
玲奈は咲の名前を呼んだ。
だが、返事はなかった。
ベッドの上で、咲は静かに仰向けに倒れていた。
その瞳は、まだ“画面の中”を見つめたままだった。
4
数時間後。署の分析室。
悠真が咲の端末を解析していた。
沈黙の中、玲奈はひたすら自分の指を握りしめる。
「玲奈……これ、ただの動画ファイルじゃない」
「どういうこと?」
「AIだ。自動生成型の映像じゃない。
“見る者の視線データ”をリアルタイムで再構成してる。
つまり……咲が見た瞬間、咲自身の表情が“素材”になった」
玲奈は息を呑む。
モニターの中で、解析映像が再生される。
そこには、無数の“視線の層”が重なっていた。
咲、視聴者、カメラ、そして……誰か別の視線。
【EYE:視線統合AI 接続ログ確認】
【最終観測対象:真中玲奈】
玲奈の名前が、画面に浮かんでいた。
5
その夜。玲奈のスマホが震えた。
メッセージの通知。
送り主は表示されていない。
《玲奈。視てる?》
手が震える。
返信を打とうとしても、指が動かない。
画面の明かりが少しずつ暗くなり、
代わりにカメラのレンズが光を帯びる。
玲奈は反射的にスマホを裏返した。
だが、テーブルの上の黒い画面には、
**自分の背後から覗き込む“もう一つの瞳”**が映っていた。
《視たね。》
そして、画面が真っ暗になった。




