樹海の君
樹海。いつの頃からか、樹海と言えば……的なダウナーなスポットとされていますが、それを抜きにすれば良い所だと私は思います。 その中で出てくる樹海の景色は、私が以前に樹海へと訪れた時、実際に見て感じたものです。 まぁ、私が立ち入ったのは観光スポットでしたので整備されてただけかもしれませんが。
とてもセンシティブな内容ですので、極力ストレートな言葉は控えました。 序盤の主人公は末期のネガティブさですので少し重いかもしれませんが、少女を助けようと決心した後の主人公の変貌ぶりでチャラにしてあげて下さい。
即日で書き上げたとても短い話ですが、読んで頂けたら幸いです。
あんな事言ってしまうなんてきっとどうかしていたんだと思う。 だけど、仕方がなかった。 そう、あの時あの場所に居た君は儚げで、とても綺麗だったのだから。
大失恋をした。 相手は職場の同僚だった。 俺は気まずくて会社を退社し、無気力な生活を送った。 日が経っても気分は晴れず、むしろ段々と生きる気力を失っていきそして、気がつけば俺は樹海へと足を運んでいた。 人生を終わらせる場所でまず頭に浮かぶのがなぜこの場所なのだろうか。 なぜこの場所を選ぶのだろう。 きっと、広大な森林で見つかり難い為、あわよくば行方不明という事になって周りの人にどこかで自分が生きていると思わせたいからなのかもしれない。 少なくとも俺は、職場の同僚が自分を振った事が原因で命を落としたと思わせたくないという気持ちからだった。 少なくとも自分が発見されてしまうまでは、自分の事を彼女に忘れてもらう事ができるはずだ。
森の中はイメージとは違い、草木が然程生い茂ってはいなかった。 木の根が所々でむき出しになり、ごつごつとした岩肌で地形は入り組んでいるが、所々に日が射していて聞いていたように方向を見失うようには感じない。 俺は道から外れどんどんと奥へと進んでいく。 覚悟ができたとか、別にそういう事ではなかった。 ただ、このまま歩き続けて、歩き疲れて、やがて動けなくなってそのまま何も分からなくなって、何もかもを忘れて楽になれたらと。
とにかく沢山歩いたと思う。 もう、自分がどこに居るのか分らない。 山を下った先に大きな木が見える。 そろそろいいだろう、あそこにしよう……。
大きな木へと近づくと、何かがフワっと動いたような気がした。 草木が揺れたか、小動物でも居るのか。 別に何でもいいか。 もうどうでも。
更に近づき、目の前にその大きな木の根元がはっきり見える。 そして俺は見た。 一人の少女が木の幹にもたれかかっているのを。 場違いな感想かもしれないが、その情景がまるで絵画のようで、とにかく綺麗だった。 俺はその場で棒立ちになりそのまま少女に見惚れてしまった。 しばらくすると、少女はゆっくりと俺の方へ振り向いた。 その表情はどこか困っているように見える。 俺はどう声をかけていいか分からず、そのまま少女を見つめていた。
「こんにちは」
突然少女が口を開いた。 俺は咄嗟の事で少し動揺しつつ、
「こ、こんにちは……」
返事を返した。 少しだけ少女の表情が和らいだ気がした。 その表情に少しの違和感を覚える。 一人でここに居る人がする表情には見えなかった。 俺はゆっくりと少女の方へと近づいた。
「あの、大丈夫ですか?」
少女は俺にそう声をかける。
「ええ、あ、はい」
一人でここへ来る理由といえば普通なら察しがつくだろう。その相手に向けて心配の声を掛けてくるのは、どう考えても違う。 俺は思い切って少女に尋ねる。
「俺は全然平気ですよ。 君は?」
全然平気ではないが、俺は思わず嘘をついてしまった。 どうしてだろう、さっきまであんなに終わりたがっていたはずなのに。
「実は、何も覚えてなくて、気がついたらここに居たんです。 私、どうしたらいいか分からなくて、それでずっとここに居ました」
「そう、ですか……」
記憶がないみたいだ。 ここに来るまでに心が壊れてしまったのだろうか。
「えと、覚えていないって言うのはつまり、自分の名前とかも?」
「はい。分かりません……」
本当に記憶喪失というものらしい。 少女がここに居る理由、それでさえ忘れているというのであれば、今ならこの少女は助かるのかもしれない。
「もし良ければですけど、とりあえず人の居る所まで行きますか?」
自分が何をしようとしていたのか、この時すでにどうでもよくなっていた。 ただ、この少女はここで見捨てる訳にはいかないと、そう思えた。
「良いんですか? でも、私そこからどうしたらいいんでしょうか?」
「そうですね。 とりあえずここから出てから考えますか」
きっと家族や友人が捜索願を出しているだろう。 少女自身が思い出せなくてもひとまずは保護してもらえる。
「でも、私ここから動くのが怖くて……」
「二人で行けば心細くないですから、さ、行きましょう。 大丈夫ですよ、道ならなんとかなりますから」
この場の雰囲気がそうさせたのか、俺は大胆にも初対面である少女の手を取りそこから連れ出した。
「え、でも……」
少女はだんだん遠くなっていくさっきまで自分が居た場所を気にするかのように何度も振り返っていたが、やがて前を向き俺と並んで歩きだした。
この森から出ようと考えれば後は難しい事ではなかった。 あれだけ彷徨ったはずなのに、スマホのGPSで確認しながら歩いたら人が居る所に出るまで小一時間程度だった。 昔は方位磁針という道具が磁場で正常に働かずに迷子になっていたそうだが、今ではGPSがあるのでそういう事もない。
「さて、まずはひと段落かな」
とりあえずこの少女を保護してもらわないといけない。
「とはいえ、ここから町まで行かないと交番なんてないだろうし」
流石に人目につく所まで来たので少女とつないだ手を離そうとするが、少女は俺から手を離そうとしない。
「もう大丈夫ですよ」
「いえ、私すごく不安で……。 嫌じゃなかったらこのまま手をつないでてもいいですか?」
「ああ、俺は全然嫌じゃないです。 じゃあ、このままで」
何だろう。 出会った場所のせいなのか、大きな木の下で見た時の少女があまりにも綺麗だったからなのか、俺は完全に一目惚れをしてしまったようだ。 そんな彼女にこのまま手をつないでいてと、そう言われた事がとても頼られているようで全く嫌ではなかった。 むしろ、とても嬉しかった。
俺はひとまず彼女を自分の車の助手席に乗せ、町の方へ行く事にした。道中、彼女とは殆ど話をしなかった。 ただ、何故か彼女は交番へ行く事を良く思わなかった。 理由を聞いても曖昧な返答しかなく、どうすればいいか分からなくなった。
「これからどうしましょうか。 君のこときっと家族や友人も心配してると思いますよ」
「そうですよね。 ですけど、その家族や友人の事も覚えてなくて、会うのが怖くて……」
確かに、家族や友人の事以前に自分の事も覚えていないのだから。 不安なのは当然かもしれない。
「あの……もし迷惑じゃないのでしたら、貴方の家に連れて行ってもらえませんか? 私、今は貴方しか頼る人が居なくて、だから……」
「俺の家、ですか……」
どういう事だろう。 俺にだって全く下心が無い訳がない、流石にそのくらいは彼女も分かるはずだが、初対面で自分から俺の家に行きたいなどと言うなんて、余程心細いのだろうか。 頼る人が他に居ないなどと言われて断れるはずもなく、俺はそのまま自分の家へ彼女を連れて帰った。
「だいぶ散らかってますけどとりあえず、どうぞ」
「お邪魔します。 無理を言ってごめんなさい、本当に大丈夫でしたか?」
「一人暮らしですし、別に他に気をつかう事もないのでゆっくり休んでください」
「ありがとうございます」
彼女は気が抜けたようで、少し安心したような表情になった。
「途中で休憩もなしに車で移動して疲れませんでしたか?」
「いえ、私はただ横に座っていただけですし……それよりも貴方の方こそずっと運転してて疲れていませんか?」
「そうですね、少し疲れたかもしれないです。 少し休んできてもいいですか?」
「はい。 私にはお構いなく休んでください」
俺は、彼女には申し訳ないがリビングのソファで休んでもらうように伝え、自分は寝室で休むことにした。 とはいえ、今日の朝までの事を思い出すと全く休む気にならなかった。 俺は今日で人生を終わるつもりであそこへ行ったはずだが、それなのに今こうして家へと帰って来ている。 間違いなく今朝の時点では生きることを諦めていたのに。 もし、あそこで彼女と出会わなければどうなっていただろう……。 これは運命だったのだろうか。 あそこで彼女と出会ったのも決められていた運命で、もしかしたらこの先彼女と人生をやり直したりは出来ないだろうか……。 勝手な妄想が頭をよぎる。 そして俺はそのまま眠りについた。
翌朝の事、寝起きに何気なくスマホでニュースを見ていた俺は、一つの記事を見て一瞬息が止まった。
『先週から行方不明だった少女が樹海で遺体となり発見』
その記事の内容はこうだ。『先週から行方不明となり捜索願が出されていた○○県の19歳の少女が、昨日の午後4時頃遺体となり発見された。 当初、その場所では陸上自衛隊の山岳地訓練が行われており、当時訓練をしていた隊員が高い木の上に吊るされていた少女を発見、救助をするも既に意識はなかった。 死因はロープで首を絞めた事による窒息死で死後数日が経過しており、他にもいくつもの痣や外傷がある事から警察では他殺とみて取り調べを進めている』
「大きな木……」
俺は寝室から飛び出しリビングに入った。そこには確かに彼女の姿があった。
「おはようございます。 あの、どうかしましたか?」
「いや、何でもないんです。 あのまま朝まで寝てしまって、それで、君が心配になって」
「ありがとうございます。 優しいんですね」
「あの……実はネットでついさっき上がったニュースなんですが、偶然かもしれないんですけど」
そう言って彼女にその記事を見せる。 すると彼女は悲しそうな表情をしてこう話した。
「ごめんなさい。 私は、貴方に嘘をつきました」
「え? どういう事……ですか」
「私、本当は死んでるんです。 本当は記憶もあります。あそこにあった大きな木に吊るされていたのも私で、あそこから離れたくなかったのはそれが理由です」
「でも、君はこうしてここに生きてるし、俺には見えてるし、それに手だってつなげたじゃないですか。 何で……」
「どうしてでしょうね。 私にもそれは分かりません。 貴方はあの場所に縛りつけられた私をあそこから連れ出したという訳ですね。 多分、私自縛霊と言われる存在だと思ったのですが、何故でしょうね? 貴方の手を取ったらこうしてあの場所から解き放たれることができました。 きっと貴方が見つけてくれなかったらあのままずっとあそこに縛られていたかもしれないです」
「ごめん、そんな話信じられないですよ」
「そうですよね。 でも、ほら見て下さい。 実体が無いのでこうして光に当たっても影がないですよ」
彼女は朝日の当たるベランダへ出る、が、確かに彼女の影が存在しない。
「う、そ……」
「貴方があの場所へ行ったのって、多分人生を終わりにしようと思ったからですよね」
「……まぁ、そうです」
「私は貴方がどんな辛い目に遭ってあそこに来たのか理由は分かりませんけれど、でも、貴方をあそこで終わらせる事は駄目な事だって、あの時貴方と目が合った時に思ったんです。 私は残念ながら亡くなっていますが」
「ごめん。 そうだよね、君は自分から命を落としたかった訳じゃないのに……。 俺は、君からしたら凄くひどい事しようとしてた」
「私って多分貴方より結構年下なのに何か説教みたいになってて、ごめんなさい。 だけど、貴方はあそこで困ってる私を見てこうして手を差し伸べてくれました」
「あれは、むしろ君をあそこで終わりにしちゃいけないって思ったから……」
「結果的に貴方を昨日で終わりにしない事に成功しました。 それで、この先は私の分まで長生きして欲しいかな?って思います」
「ああ、君はズルいよ」
「死ぬ気になればきっと何とかなりますよ! 私は死んでるんですけどね」
「そっか、俺は君を助けようとして結果的に俺が助けられたのか。 何か死のうとしてた昨日までの俺が急にバカに見えてきたよ……」
「そうですよ。 死んじゃったら勿体ないじゃないですか。 さて、自縛霊だった私を貴方が解き放ってくれたお陰で私はあの世という所に行けそうです、急ですがそろそろみたいです」
そう言うと彼女の身体が少しづつ透けていく。
「こんな事言うと変な奴かもしれないけどあの時、初めて君を見た時、君は凄く綺麗だったよ」
「愛の告白ですか? 残念です。 私も貴方にあそこから連れ出してもらった時、積極的な所ちょっといいなって思っちゃいました!」
「え?ほんとに??」
そう言い残し、彼女は始めから居なかったかのように消えてしまった。
「何か、またフラれた気分だけど……今回は嫌じゃなかったからいいか」
一度は諦めた人生だったけど、世の中にはあの子みたいに自分から望まず命を落とす人も居ると思うと、死ぬ気で頑張らなきゃって思えた。さて、とりあえず、数か月ダラダラ過ごしたツケを清算しないとな……。あと、さっさと次の仕事みつけないと。 (完)
ここまで読んで下さった方に感謝です。 この短い話の中には、生きることを諦めてしまう方へのメッセージを込めました。 きっと、余計なお世話だとか、お前に何が分かるんだよ、と思われる方もいらっしゃるかと思います。 正直、私自身は人生を諦めようと思った事はないのですが、私の身内が過去に残念ながら自ら命を落としました。 例えどんなに人から嫌われていようと、亡くなってしまえば必ず悲しむ人が居ます。 貴方がこうして今ここに生きているというのは、それだけで凄い事なんです。
と、まぁ、前置きが長くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。 恋愛って難しいですよね。 主人公も会社の同僚の事が死ぬほど好きだったのでしょう。 失恋というのは辛いものですが、きっといつかは忘れられます。 主人公も少女に助けられた事で前を向いて生きて行けると良いのですが。
途中、主人公が少女の事を彼女と表記するようになるのですが、気がつかれましたでしょうか? これは、主人公の少女に対しての心の変化を表現しています。 この主人公はどうやら惚れやすいようです。
以上、後書きでした。




