第64話 神とは
こんばんはー!
ねえねえ、きみは昔から神や悪魔は人をはじめとした贄を求めるのは
知識として知っていると思うんだけど、どう?
ボクはさ、いつも不思議だったんだよね。
高次元の凄い存在だっていうのに、なんで生贄がいるのかな? って。
それに、なんで依り代に降りるんだと思う?
そんな凄い存在ならさ、雑魚扱いなボクらにも普通に姿見せて欲しくない?
今夜はそんなテーマはどうだろう?
◇◆◇◆◇◆◇
神や悪魔の降臨と依り代の関係について話すのであれば
「そもそも神や悪魔、高次元の存在を信じるか」から論じることになると思う。
ここで、「いない」と思っているならば
依り代への降臨はただの催眠状態、妄想の産物でしかないことになる。
とはいえ、ここで「いない」にしてしまうと面白くないと思っている。
「いる」からこそ様々な可能性と推測が広がって論じる意味が出てくる。
なので、僕は「居ると信じている」のスタンスだ。
より正確に言うならば、「居て欲しいと信じている」かもしれない。
実際科学の論証だけでは証明しきれていないものも多く
説明のつかない現象も多い。
そういう意味でも、「なにかがいる」んだろうなってどこかで思っている。
でも、それと降霊や依り代はイコールではない。
黒猫が言った通り、ダウンサイズが難しいと言うのは多少理解は示せるが
同時に納得はしがたい。
人間の認識範囲で高次元の存在が把握できないと言うなら
その小さな、取るに足らない存在に憑依するというのに違和感を感じる。
その依り代になったヒトは何故キャパオーバーで壊れたり死なないのかも気になる。
まあ、そんな結論から僕は高次元の存在は居てもおかしくないと思っているけど
憑依や依り代による降霊はガセだと思う。
そもそもキャパオーバーしている認識できない存在を引きずり下ろす考えは面白いけどね。
でも、どうせこっちに引きずり下ろすなら
もっとこっちに都合の良い形を取らせたいよね?
本当に依り代による降霊って中途半端で使えない。
非論理的で非合理過ぎるんだ。浪漫は多少あるけれど、結局有効活用も出来ない。
隷属させて拘束して使い倒せたなら、全面的に贄を捧げることも意味があったのにね!
◇◆◇◆◇◆◇
どこまでも現実主義で実利主義、なのに浪漫主義。
きみは本当に面白いなぁ~。
ボク?
ボクはね、もっと矛盾に満ちているよ?
ボクにとっての高位存在とは
気まぐれで、圧倒的で、意味不明で、理解できないものなんだ。
だから、彼らの気まぐれの結果なら
その全てはありえると思っているさ。
さあ、今宵はこちらでお終い。
また次のお話しを楽しみにね!
読んでいただきありがとうございます!




