前書き
物語はいつだってハッピーエンドになるわけじゃない。
平和をもたらした英雄が
やっとの思いでたどり着いた結末の先。
出迎えてくれた最愛の人の兇刃によって倒れてしまう。
そんな終止符の形もあるかもしれない。
でもそれもまた、終わりの形だ。
もっと残酷なのは、終わりすらもたらされない事。
筆をとった者は最初は意気揚々と文字を紡いでいくが
やがて止まってしまうことがある。
構想が尽きたか、興味を失ったか……命の灯が消えるか。
いずれにせよ
残された物語は未完のまま
来るはずのない明日を待つことになる。
登場人物たちは己の運命を歩むことすら許されない。
彼らの残響が、悲鳴が、絶望は計り知れない。
「この木は大きくなれるだろうか」
東の森に住む老人は言った。
「お母さんを待ってるの」
港町の少女は言った。
「救わねばならない」
剣を手にした英雄が言った。
「終わらせてくれ」
墓場の亡霊は嘆いた。
私は聞いた。
私は知ってしまった。
物語に残された彼らの想いを。
だからこそ、筆を入れるのだ。
棄てられた未完の物語に終止符を打つために。
私は未完のストーリーテラー。
さあ、いまこそ続けよう。
物語を。
「あら、お早い帰宅ですこと。書類は片付いたので?」
マーサは早口でそう言うと、私の靴についた雪を払った。
その手を私はマフラーで包み込む。
「聞いてくれ。巡査が亡くなってたんだ」
―――未完の物語『ウィットビーの魔女』より




