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倒景(5)

 私が来栖くんを殺してしまうかもしれない。その言葉の意味は、なんなのだろう。現実味のない言葉はどう受け止めたらいいのだろう。


 秋に溶けて消えたら、この胸の痛みから解放されるのかな。来栖くんと逢うたびに感じている痛みも忘れられるのかな。


 そう、秋風に問いかけた時。


「——日比谷さん」


 まるで初めからそこに存在していたかのように、来栖くんは現れた。


「(……来栖くん)」


 来栖くんは寂しそうに笑っていた。ただそこに存在しているだけのように、静かに佇んでいる。


「……帰りが、遅いから。何かあったのかと思って」


「(……もう、戻るよ。何もないよ)」


 私はあの不可解な言葉を頭から追い払いながら、忘れようと努めながら、来栖くんに笑い返したのだけれど。


 彼の横を通り過ぎる瞬間、彼に腕を掴まれ、否応なしに振り向くことになってしまった。


「……それ、どういうこと?」


 光を受けて灰色を放っている瞳に、いつかの日のように泣きそうな顔をしている私が映っている。


「(そ、それって、なに……?)」


 それって、何のことだろう。もしや読まれてしまったのだろうか。


 来栖くんはもう片方の手で私を腰から引き寄せると、顔を覗き込んできた。


 いつもの私なら、胸を勝手に高鳴らせて、ドキドキするのだろうけれど。


「(は、放してっ……!)」


「日比谷さん」


 今の私は、そんなふうにはなれない。


 私の心を覗き込もうとしていた来栖くんから離れなければならない。そうしなければ、知られてしまう。


 あの少年に言われた不可解な言葉を、知られてしまう。


「——……それ、どういう意味?」


 あっと思った時にはもう、遅かった。


「僕が、殺される? ……それ、誰に言われたの?」


 目の前には、訝しげな顔をしている来栖くんがいる。


 吐息がかかってしまいそうな距離に、思わず息の仕方を忘れそうになった。


「(これは、ちがっ……)」


「何が違うの? 日比谷さん」


 頬に冷たい手が添えられた。相も変わらず冷たいその温度に、泣き出してしまいそうになる。


「ねえ、日比谷さん」


 責めるような声音に、私は彼に何かをしてしまったのかと勘違いしてしまう。彼に責められるような何かを、私はしただろうか。


 私はただ、あの少年に言われた言葉の意味を考えていただけなのに。


「……日比谷さん」


 目の奥で堪えていたものが、耐え切れずに溢れ出した。頬を伝って下に滑り落ちたそれは、無色透明な雫だ。


「……ごめん、日比谷さん」


「(ちがっ……私が勝手に……)」


「だとしても、僕が悪かった」


 来栖くんはいつかの日のように屈むと、私の目尻に指を添わせ、優しく涙を拭きとっていった。


「僕が、悪い」


 そう言うと、来栖くんは私を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。


 どことなく懐かしい香りと温もりが、私から涙を奪っていく。


「——あなたを助けるために、この秋を繰り返している僕が悪い」


 二度目の告白は、酷く甘美な響きで。私の耳に焼き付けるように放たれた。


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