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倒景(3)

 穏やかな秋の風が、金木犀の上品な香りを乗せてくる。フェンス添いに咲いている萎れたコスモスの花を眺めながら、私は三人の横顔を盗み見た。


 明るい髪揺らしながらシルバーピアスをしている、笑顔が眩しい男の子は陽向くん。その隣で上品に微笑んでいるのは梓真くん。私たちとはクラスが違う二人と来栖くんは、どのようなつながりで出逢ったのだろう。


「(あの、来栖く……)」


「——お待たせ。遅くなってごめん」


 どこで出逢ったのか。そう尋ねようとした私の声を遮ったのは、驚くほど綺麗な顔をしている男の子だった。


「いづき」


 いづき。そう呼ばれた男の子は手に持っているプリントをひらひらと揺らすと、こちらへ歩み寄ってくる。


「文化祭準備開始日だから、職員室が混み合っててね。これでも早い方だと思うんだけど……あれ?」


 彼はこの輪の中にいる私の姿を見つけると、ぱちぱちと瞬きをしながら私に近寄る。見てはいけないものの存在を確かめているような眼差しが面白くて、笑ってしまいそうになる。


「……梓の彼女?」


「違うよ」


「じゃあ陽向?」


「残念でしたー」


 彼は来栖くんを一度見たが、すぐに目を逸らした。だが何か閃いたのか、弾かれたように再びこちらを見ると、目を丸くさせながら来栖くんを見る。


「まさか直央の?」


「まさかって、どういう意味なの」


 来栖くんは肩を揺らしながら笑うと、いづきくんとやらの肩を叩いて、私を見つめた。


「彼女は僕のクラスメイトで、日比谷さんだよ」


「へえ、直央の。……って、クラスメイト?」


「そう、クラスメイト」


 いづきくんは琥珀色の瞳に私を映すと、自己紹介をし始めた。まさか来栖くんにこんなにも顔面偏差値が高い友達がいるとは思ってもみなかった私は、その意外な一面に心底驚いたものだ。


 来栖くんは綺麗な男の子だ。けれど、いづきくんや梓真くん、陽向くんも負けず劣らず綺麗な顔をしている。この四人が並ぶ姿を見ていると、何かのドラマや映画の撮影のワンシーンなのではないかと思ってしまう。


 彼らは世間話を交えながら文化祭の話をしていた。私には「はい」か「いいえ」で答えられる質問をしながら、優しく笑いかけてくれる。


 私は驚いていた。だって、由香と来栖くん以外でそんなふうに接してくれる人がいるとは思ってもみなかったんだもの。今日は驚きっぱなしだ。


「それで、本題なんだけど」


「うんうん、なになにー?」


 頃合いを見計らったように口を開いたのは来栖くんだ。彼は三人をぐるりと見回した後に私を見ると、にっこりと笑った。


「日比谷さんも、ここに入れてもらえないかな」


「(え…?)」


 一瞬、今何を言われたのか理解できなかった私は、ただ目を見張っていた。


「いいよ。直央の友達なんだろう?」


 困惑する私を余所に、いづきくんは二つ返事で私を受け入れると、優しく微笑み掛けてくれた。


「俺たちは文化祭に有志で出展する予定なんだ。だから、クラスの出し物には参加しない」


「卒業した俺の兄貴が始めたんだけどねー」


「(え、あのっ)」


 大まかなことは理解したけれど、声が出ない私が役に立つとは思えない。そう伝えようとしたのだけれど、来栖くんに肩を掴まれたことにより止められた。


「日比谷さん、出来ないと決めつけるんじゃなくて、出来ることを見つけるんだよ」


「(っ……)」


 来栖くんは私の目を見つめながらそう言うと、ぽんぽんと頭を優しく撫でた。


 決めつけるのではなく、出来ることを見つける。それは、私が声が出ないことを言い訳に逃げてきた現実と向き合うことだ。


 私は声が出ない障がいを持っていて、普通の子ではない。だからと言って、何もかもを諦める必要はないのだと来栖くんは言っている。


 正直、迷惑をかけてしまったらどうしようかと考えるだけで怖い。私のせいで他人に何かしてしまったら、と予想しただけで、未来を選ぶことができない。


 でも、それは目を背けて逃げているだけなのだ。わかっていたのに、わかっていないふりをしてきた私の過去を、彼は覗いたのだろうか。見透かしたのだろうか。


 現実というものが堪らなく怖くて手が震えたけれど、ぎゅっと握りしめて、顔を上げた。もう逃げるのはやめようと思ったのだ。どうしてなのかは分からないが。


「(……あの、よろしくお願いします)」


 そう唇を動かして、私は頭を下げた。


「こちらこそだよ、日比谷さん」


「そうそう! 断る理由なんてないし! あ、マナちゃんって呼んでもいい?」


「それはだめだよ」


「なんで直央が却下するんだよっ」


「ははっ、落ち着きなよ、陽向。梓を見習ってさ」


 ここは陽だまりのように温かくて柔らかな空間だった。季節は秋なのに、ここだけ春のようだ。


 世界にはこんなにもあたたかくて優しい人が居たのだ。私が目を向けなかっただけで、確かに存在していた。そんな人たちの元に、来栖くんは連れて来てくれた。


 その理由はまだ分からないけれど、このご縁を大事にしよう。そう誓った私は、秋の香りに目を細めながら、青い空を見上げた。


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